才媛は一日にして成らず
(21)共作の真相
剣術大会の日程が徐々に近づき、シレイアはサビーネと共に実行委員として、そちらの準備に忙殺される日々を送っていた。一方で絵画展の開催日も迫り、シレイアは新画材での出品作品がどうなったのか、時折心配していたが、ある日、その懸念が見事に払拭される出来事があった。
(昨日見せていただいた、マリーリカ様の作品には本当に驚いたわ。あのワーレス商会開発の新画材を用いれば、どんな絵だって話題になるとは思ったものの……。あの出来栄えだったら、文句なく会場の話題をさらえるのは確実だもの。アリステアがどんな絵を出品しても、問題にならないわよね。名義貸しとか盗作疑惑とかの話も上らないでしょうし、変な意味であの二人を目立たせない目的は果たせそうだわ)
エセリアが作製していたのかと思いきや、新画材を譲り受けたマリーリカが描き上げた見事な逸品を目の当たりにしたシレイアは、心底安堵して足取り軽く歩いていた。
(でも一応、事前にどんな絵を出すつもりなのか、確認しておきたいのよね。そろそろ完成していてもおかしくない頃だけど、どうかしら? さすがに変に怪しまれたくなくて、アトリエのほうには様子を見に行っていないし)
作品の提出期限が迫っており、アリステアの名義で出展する絵がどのような物なのかを確認してみようと、シレイアはモナの姿でグラディクトの下に出向いた。
「殿下。アリステア様の絵の進捗具合はいかがでしょうか?」
挨拶に続いて、シレイアはさりげなく絵の作製状況について尋ねてみた。するとグラディクトは、余裕の笑みでそれに応じる。
「問題ない。エドガーが毎日放課後に指導しているからな。締め切り前に、見事に私の肖像画を仕上げてくれるぞ」
「それなら良かったです。アリステア様は入学前には殆ど絵を描かれていなかったと伺いましたので、心配しておりましたもので」
「そんな懸念は無用だ。アリステアは何事にも誠実に、ひたむきに取り組むからな。そんな謙虚な者には、神も慈悲を授けてくださる」
「……そうでございますね」
(何が『誠実に』『ひたむきに』よ!! 謙虚な人間は婚約者がいる人間にすり寄ったりしないし、恩人に対して平気で嘘を吐いたりしないわよっ!! あああ、この俺様王子を思いっきり殴り倒したい!)
堂々と告げてきたグラディクトに対し、盛大に言い返したい気持ちをぐっと堪えたシレイアは、辛うじて追従の言葉を口にした。そこで両手で額を抱えたアリステアが、満面の笑みで入室してくる。
「グラディクト様!」
「アリステア、どう……。ああ、作品が完成したのか」
「はい! あ、モナさんも見てください!」
アリステアはそう言いながら、二人に向かって絵が入った額を差し出した。それを見たグラディクトが、満足そうに告げる。
「これは……、なかなかの出来栄えだな。やはりエドガーの指導が良かったな」
「はい。さすがに初心者の私一人で描き上げるのが難しかったので、要所要所で随分助けて貰いました。ですから、私とエドガー様の共作として出そうと思っています」
一見殊勝な彼女の物言いも、シレイアにしてみれば茶番以外の何物でもなかった。しかしグラディクトは、彼女を大げさに褒め称える。
「本当にアリステアは謙虚だな。別にエドガーの名前を出さなくても良いのに……。だがそうしないと気が済まないと言うのなら、エドガーとの共作として提出すればよい。エドガーにとっても光栄だろう」
「そうですよね! エドガーさんも喜んでくれますよね!」
(これ……、私も入学前は美術方面の知識や技量は無かったけど、どう見ても素人がひと月やそこら指導を受けたくらいで描ける物ではないわよね? どう考えてもエドガーが殆ど描いたとしか思えないんだけど。それなのにこの言いぐさ……)
ほぼ間違いなく、大部分をエドガー単独で仕上げたであろう作品を、恩着せがましく「共同作品として出す」なとど放言している二人を、シレイアは呆れ果てながら見やった。すると反応がないのを訝しく思ったのか、二人がシレイアに視線を向けてくる。
「モナさん、どうですか?」
「モナ。アリステアが感想を求めているぞ?」
(本当にウザいわね、このバカップルがっ!)
アリステアは期待に満ち溢れた表情で、グラディクトは些か気分を害したように意見を求めてきた。対するシレイアは内心で苛ついたものの、神妙に心にもない感想を述べる。
「申し訳ありません。予想以上の出来栄えに感激し、しばし言葉を失っておりました。この絵からはグラディクト殿下の聡明さと王太子たる威厳、加えて殿下に対する作者の敬愛の気持ちがにじみ出ているように感じます。高名な画家が描いた肖像画には技量の面で劣るかもしれませんが、グラディクト殿下を表現するのに、この絵に勝るものなど存在しないのではないでしょうか?」
(こんな口からでまかせを並べ立てて、神様から罰を受けそうだわ。今夜の就寝前の祈りは念入りに、懺悔も付け加えておこう)
総主教会大司教である父からの教えは幼少期から沁みついており、シレイアは密かに二人に対してではなく、主神に対して罪悪感を覚えた。そんな彼女の内心など分かる筈もない二人は、揃って笑顔で満足げに頷く。
「ありがとうございます! そう言って貰えて嬉しいです!」
「モナの言う通りだな。この作品は、今度の絵画展に出品するのに相応しい」
「あの、今から担当の教授に、絵を提出してきても良いですか?」
「それなら私も一緒に行こう。モナは下がって良いぞ」
「はい、それでは失礼します」
「モナさん、また来てくださいね!」
(私はあんた達の家来でもなんでもないわよっ!! あぁぁっ、毎回腹が立つ!!)
シレイアはグラディクトの物言いにむかっ腹を立てながらも、なんとか笑顔で二人を見送った。そして怒りが収まらないまま廊下を歩き出すと、アシュレイの扮装をしたローダスに出くわす。
「あ、ローダス。例の部屋に二人はいないわよ? 絵が完成したとかで、揃って提出しに行ったわ」
「そうか。入れ違いになったか」
「入れ違いって事は、今まで美術担当の教授のところにいたの?」
「ああ。少しでも情報収集ができたらと思ってな。やはりエドガーが殆ど完成させた殿下の肖像画に、アリステアが多少絵の具を乗せた程度の物らしいぞ。しかも乗せる場所も、エドガーが指示していたらしい」
「それはそうでしょうね。彼にしてみればそれなりに時間と労力をかけて仕上げた作品を、最後の最後で台無しにされたくはないでしょうし」
既に予想していた内容を裏付けされて、シレイアは納得して頷いた。と同時に、情報の入手先について疑問を覚える。
「でも今の話、本人に聞いたの?」
「いいや。事情を知った上でアトリエの一つをエドガーに貸していた教授が、その一部始終をこっそり覗き見ていて、同僚の教授に『嘆かわしい』と愚痴っていたんだ。それを偶々、通りかかった俺が盗み聞きしたんだが」
「予想を肯定されるのって普通なら嬉しい筈なのに、今回は徒労感しかないわ。さっきその肖像画を見せて貰ったばかりだけど、さすがにエドガーに同情したわよ。なかなかの出来栄えだったから余計にね」
シレイアが本音を口にすると、ローダスが溜め息まじりに応じる。
「そうか……。彼女、相当面の皮が厚いとみえるな」
「もう恥知らずってレベルじゃないかもね! 本当にたちが悪いわ!」
「そう怒るな。今度の絵画展で大して話題にならなかったら、さすがに少しは我が身を省みるんじゃないか?」
「あれが?」
「多分……」
疑念に満ちた視線を受けたローダスは、自信なさげに彼女から目を逸らしたのだった。
(昨日見せていただいた、マリーリカ様の作品には本当に驚いたわ。あのワーレス商会開発の新画材を用いれば、どんな絵だって話題になるとは思ったものの……。あの出来栄えだったら、文句なく会場の話題をさらえるのは確実だもの。アリステアがどんな絵を出品しても、問題にならないわよね。名義貸しとか盗作疑惑とかの話も上らないでしょうし、変な意味であの二人を目立たせない目的は果たせそうだわ)
エセリアが作製していたのかと思いきや、新画材を譲り受けたマリーリカが描き上げた見事な逸品を目の当たりにしたシレイアは、心底安堵して足取り軽く歩いていた。
(でも一応、事前にどんな絵を出すつもりなのか、確認しておきたいのよね。そろそろ完成していてもおかしくない頃だけど、どうかしら? さすがに変に怪しまれたくなくて、アトリエのほうには様子を見に行っていないし)
作品の提出期限が迫っており、アリステアの名義で出展する絵がどのような物なのかを確認してみようと、シレイアはモナの姿でグラディクトの下に出向いた。
「殿下。アリステア様の絵の進捗具合はいかがでしょうか?」
挨拶に続いて、シレイアはさりげなく絵の作製状況について尋ねてみた。するとグラディクトは、余裕の笑みでそれに応じる。
「問題ない。エドガーが毎日放課後に指導しているからな。締め切り前に、見事に私の肖像画を仕上げてくれるぞ」
「それなら良かったです。アリステア様は入学前には殆ど絵を描かれていなかったと伺いましたので、心配しておりましたもので」
「そんな懸念は無用だ。アリステアは何事にも誠実に、ひたむきに取り組むからな。そんな謙虚な者には、神も慈悲を授けてくださる」
「……そうでございますね」
(何が『誠実に』『ひたむきに』よ!! 謙虚な人間は婚約者がいる人間にすり寄ったりしないし、恩人に対して平気で嘘を吐いたりしないわよっ!! あああ、この俺様王子を思いっきり殴り倒したい!)
堂々と告げてきたグラディクトに対し、盛大に言い返したい気持ちをぐっと堪えたシレイアは、辛うじて追従の言葉を口にした。そこで両手で額を抱えたアリステアが、満面の笑みで入室してくる。
「グラディクト様!」
「アリステア、どう……。ああ、作品が完成したのか」
「はい! あ、モナさんも見てください!」
アリステアはそう言いながら、二人に向かって絵が入った額を差し出した。それを見たグラディクトが、満足そうに告げる。
「これは……、なかなかの出来栄えだな。やはりエドガーの指導が良かったな」
「はい。さすがに初心者の私一人で描き上げるのが難しかったので、要所要所で随分助けて貰いました。ですから、私とエドガー様の共作として出そうと思っています」
一見殊勝な彼女の物言いも、シレイアにしてみれば茶番以外の何物でもなかった。しかしグラディクトは、彼女を大げさに褒め称える。
「本当にアリステアは謙虚だな。別にエドガーの名前を出さなくても良いのに……。だがそうしないと気が済まないと言うのなら、エドガーとの共作として提出すればよい。エドガーにとっても光栄だろう」
「そうですよね! エドガーさんも喜んでくれますよね!」
(これ……、私も入学前は美術方面の知識や技量は無かったけど、どう見ても素人がひと月やそこら指導を受けたくらいで描ける物ではないわよね? どう考えてもエドガーが殆ど描いたとしか思えないんだけど。それなのにこの言いぐさ……)
ほぼ間違いなく、大部分をエドガー単独で仕上げたであろう作品を、恩着せがましく「共同作品として出す」なとど放言している二人を、シレイアは呆れ果てながら見やった。すると反応がないのを訝しく思ったのか、二人がシレイアに視線を向けてくる。
「モナさん、どうですか?」
「モナ。アリステアが感想を求めているぞ?」
(本当にウザいわね、このバカップルがっ!)
アリステアは期待に満ち溢れた表情で、グラディクトは些か気分を害したように意見を求めてきた。対するシレイアは内心で苛ついたものの、神妙に心にもない感想を述べる。
「申し訳ありません。予想以上の出来栄えに感激し、しばし言葉を失っておりました。この絵からはグラディクト殿下の聡明さと王太子たる威厳、加えて殿下に対する作者の敬愛の気持ちがにじみ出ているように感じます。高名な画家が描いた肖像画には技量の面で劣るかもしれませんが、グラディクト殿下を表現するのに、この絵に勝るものなど存在しないのではないでしょうか?」
(こんな口からでまかせを並べ立てて、神様から罰を受けそうだわ。今夜の就寝前の祈りは念入りに、懺悔も付け加えておこう)
総主教会大司教である父からの教えは幼少期から沁みついており、シレイアは密かに二人に対してではなく、主神に対して罪悪感を覚えた。そんな彼女の内心など分かる筈もない二人は、揃って笑顔で満足げに頷く。
「ありがとうございます! そう言って貰えて嬉しいです!」
「モナの言う通りだな。この作品は、今度の絵画展に出品するのに相応しい」
「あの、今から担当の教授に、絵を提出してきても良いですか?」
「それなら私も一緒に行こう。モナは下がって良いぞ」
「はい、それでは失礼します」
「モナさん、また来てくださいね!」
(私はあんた達の家来でもなんでもないわよっ!! あぁぁっ、毎回腹が立つ!!)
シレイアはグラディクトの物言いにむかっ腹を立てながらも、なんとか笑顔で二人を見送った。そして怒りが収まらないまま廊下を歩き出すと、アシュレイの扮装をしたローダスに出くわす。
「あ、ローダス。例の部屋に二人はいないわよ? 絵が完成したとかで、揃って提出しに行ったわ」
「そうか。入れ違いになったか」
「入れ違いって事は、今まで美術担当の教授のところにいたの?」
「ああ。少しでも情報収集ができたらと思ってな。やはりエドガーが殆ど完成させた殿下の肖像画に、アリステアが多少絵の具を乗せた程度の物らしいぞ。しかも乗せる場所も、エドガーが指示していたらしい」
「それはそうでしょうね。彼にしてみればそれなりに時間と労力をかけて仕上げた作品を、最後の最後で台無しにされたくはないでしょうし」
既に予想していた内容を裏付けされて、シレイアは納得して頷いた。と同時に、情報の入手先について疑問を覚える。
「でも今の話、本人に聞いたの?」
「いいや。事情を知った上でアトリエの一つをエドガーに貸していた教授が、その一部始終をこっそり覗き見ていて、同僚の教授に『嘆かわしい』と愚痴っていたんだ。それを偶々、通りかかった俺が盗み聞きしたんだが」
「予想を肯定されるのって普通なら嬉しい筈なのに、今回は徒労感しかないわ。さっきその肖像画を見せて貰ったばかりだけど、さすがにエドガーに同情したわよ。なかなかの出来栄えだったから余計にね」
シレイアが本音を口にすると、ローダスが溜め息まじりに応じる。
「そうか……。彼女、相当面の皮が厚いとみえるな」
「もう恥知らずってレベルじゃないかもね! 本当にたちが悪いわ!」
「そう怒るな。今度の絵画展で大して話題にならなかったら、さすがに少しは我が身を省みるんじゃないか?」
「あれが?」
「多分……」
疑念に満ちた視線を受けたローダスは、自信なさげに彼女から目を逸らしたのだった。
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