才媛は一日にして成らず
(17)予想の斜め上
三人が音楽室の一つに出向くと、アリステアはピアノの練習中だった。グラディクトはその邪魔をするような無粋な真似はせず、一曲引き終わるまで機嫌よさげにドアの前で待つ。少ししてピアノの音が途切れると同時に、彼はノックしてからドアを押し開けて入室した。
「アリステア、少し良いか?」
「あ、殿下。いらしていたんですね。すみません、気がつかなくて」
「いや、それだけ真剣に練習していたということだからな。邪魔して悪い」
「殿下を邪魔だなんて思いませんから。寧ろ聞いていただいて嬉しいです」
二人がそんなやり取りをしている間に、シレイアとローダスも入室し、おとなしく壁際で様子を窺った。すると早速、グラディクトが話を切り出す。
「早速だが、アリステア。音楽祭で演奏する曲は、五曲にしてはどうだろうか?」
唐突にそんな提案をされたアリステアは、当然戸惑った顔になった。
「え? 五曲、ですか?」
「そうすればアリステアの魅力を、より確実に学園中に知らしめることができると思う。どうだ?」
「ええと……」
力強く訴えられたアリステアは、考え込む素振りを見せた。そこでシレイアとローダスが、ここぞとばかりに畳みかける。
「ですが……。急にそう仰られても、アリステア様もお困りになりますよね? 元々一人一曲での演奏と規定されていますし」
「他の方から何事かと思われかねませんし、練習不足の曲で不本意な演奏をされるのもお嫌でしょう。やはり一曲のみの方が良いのではないでしょうか」
こう言えば、間違っても五曲演奏するなどと言わないだろうと思った二人だったが、アリステアの返事はその予想を見事に裏切った。
「いいえ、大丈夫です! せっかくグラディクト様が配慮してくださいましたし、得意な曲はちょうど五曲ありますから、満遍なく練習しておきますね!」
「そうか、それなら良かった。頑張ってくれ」
「はい! 今まで以上に頑張ります!」
「モナ、アシュレイ。やはりアリステアは、全く負担に感じていなかったぞ。お前達は少々慎重すぎるな。軽率な者よりは良いが」
「はあ……、失礼いたしました」
「頑張ってください、アリステア様」
(全然、良くないわよ!! あんた達、他の人間には一人一組につき一曲って伝えてあるのを、忘れたの!? 学内中に魅力を知らしめるどころか非常識さをアピールして、そんなに非難を浴びたいわけ!?)
満面の笑みで言葉を交わす能天気カップルを見て、シレイアは頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。それを察したのか隣に立つローダスが、彼女の腕を軽く掴んで意識を向けさせる。それでシレイアは、なんとか平常心を取り戻した。
「それからここに来ながら考えたのだが、アリステアの演奏順は最後にしよう。そうすれば気兼ねなく演奏に集中できるだろう」
「そうですね。後の人達がいると遠慮しそうですから、そうすれば気兼ねなく演奏できそうです」
「それで、アリステアの直前の発表者は、エセリアとマリーリカの組にしよう。自分の演奏に自信が持てず、組んで出ようとする程度の技量だ。その直後だったらアリステアの演奏が、より際立って聴こえるに違いない」
「それなら嬉しいです。そうしていただけますか?」
「ああ、私に任せておいてくれ」
(冗談じゃないわ!! 一人だけ五曲も演奏するつもりで、どこが気兼ね、どこが遠慮するって言うのよ!? この二人、本当に頭がおかしいわよね!? 本気で言っているから、余計にたちが悪いわ!!)
もはや言いたい放題の二人に、シレイアは内心で悪態を吐いた。しかし諦め顔のローダスが自分の腕を掴んで離さないため、辛うじて二人に対して罵声を浴びせるような真似をせずに済んだのだった。
その後、別れの挨拶をしてその場を辞去した二人は、重い足取りで廊下を歩き出した。
「シレイア……」
「何も言わないで。言いたいことは分かっているから」
「普通、人格者っていうのは、自分より劣っていると思う人間を平気で引き立て役にしようとは考えないよな? しかも自分より劣っていると考えているのが全くの的外れで、傍から見ていて痛々しいにも程があるんだが」
「聞くだけで疲労感が襲って来るから、もう本当に止めてくれないかしら!?」
本気で苛つきながらシレイアが文句を口にしたが、ローダスは沈鬱な表情のまま話を続ける。
「当日までに、必要以上にあの二人が反感を買わないようにする方策を、何か考えておく必要があるよな。下手をすると早々に、エセリア様の計画が頓挫するぞ」
その指摘にシレイアは瞬時に真顔になり、重々しく頷きながら同意した。
「取り敢えず、そうするしかないわよね……。なんだか最近、思っていたのとは違う方向に、頭を使っている気がするんだけど」
「それを言ったら終わりだ。余計な事は考えない事にしよう」
「そうね……。私達の心の平穏のためにもそうするわ」
心底嫌そうな表情になったシレイアは、そこで呻くように当面の決意を口にした。
「アリステア、少し良いか?」
「あ、殿下。いらしていたんですね。すみません、気がつかなくて」
「いや、それだけ真剣に練習していたということだからな。邪魔して悪い」
「殿下を邪魔だなんて思いませんから。寧ろ聞いていただいて嬉しいです」
二人がそんなやり取りをしている間に、シレイアとローダスも入室し、おとなしく壁際で様子を窺った。すると早速、グラディクトが話を切り出す。
「早速だが、アリステア。音楽祭で演奏する曲は、五曲にしてはどうだろうか?」
唐突にそんな提案をされたアリステアは、当然戸惑った顔になった。
「え? 五曲、ですか?」
「そうすればアリステアの魅力を、より確実に学園中に知らしめることができると思う。どうだ?」
「ええと……」
力強く訴えられたアリステアは、考え込む素振りを見せた。そこでシレイアとローダスが、ここぞとばかりに畳みかける。
「ですが……。急にそう仰られても、アリステア様もお困りになりますよね? 元々一人一曲での演奏と規定されていますし」
「他の方から何事かと思われかねませんし、練習不足の曲で不本意な演奏をされるのもお嫌でしょう。やはり一曲のみの方が良いのではないでしょうか」
こう言えば、間違っても五曲演奏するなどと言わないだろうと思った二人だったが、アリステアの返事はその予想を見事に裏切った。
「いいえ、大丈夫です! せっかくグラディクト様が配慮してくださいましたし、得意な曲はちょうど五曲ありますから、満遍なく練習しておきますね!」
「そうか、それなら良かった。頑張ってくれ」
「はい! 今まで以上に頑張ります!」
「モナ、アシュレイ。やはりアリステアは、全く負担に感じていなかったぞ。お前達は少々慎重すぎるな。軽率な者よりは良いが」
「はあ……、失礼いたしました」
「頑張ってください、アリステア様」
(全然、良くないわよ!! あんた達、他の人間には一人一組につき一曲って伝えてあるのを、忘れたの!? 学内中に魅力を知らしめるどころか非常識さをアピールして、そんなに非難を浴びたいわけ!?)
満面の笑みで言葉を交わす能天気カップルを見て、シレイアは頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。それを察したのか隣に立つローダスが、彼女の腕を軽く掴んで意識を向けさせる。それでシレイアは、なんとか平常心を取り戻した。
「それからここに来ながら考えたのだが、アリステアの演奏順は最後にしよう。そうすれば気兼ねなく演奏に集中できるだろう」
「そうですね。後の人達がいると遠慮しそうですから、そうすれば気兼ねなく演奏できそうです」
「それで、アリステアの直前の発表者は、エセリアとマリーリカの組にしよう。自分の演奏に自信が持てず、組んで出ようとする程度の技量だ。その直後だったらアリステアの演奏が、より際立って聴こえるに違いない」
「それなら嬉しいです。そうしていただけますか?」
「ああ、私に任せておいてくれ」
(冗談じゃないわ!! 一人だけ五曲も演奏するつもりで、どこが気兼ね、どこが遠慮するって言うのよ!? この二人、本当に頭がおかしいわよね!? 本気で言っているから、余計にたちが悪いわ!!)
もはや言いたい放題の二人に、シレイアは内心で悪態を吐いた。しかし諦め顔のローダスが自分の腕を掴んで離さないため、辛うじて二人に対して罵声を浴びせるような真似をせずに済んだのだった。
その後、別れの挨拶をしてその場を辞去した二人は、重い足取りで廊下を歩き出した。
「シレイア……」
「何も言わないで。言いたいことは分かっているから」
「普通、人格者っていうのは、自分より劣っていると思う人間を平気で引き立て役にしようとは考えないよな? しかも自分より劣っていると考えているのが全くの的外れで、傍から見ていて痛々しいにも程があるんだが」
「聞くだけで疲労感が襲って来るから、もう本当に止めてくれないかしら!?」
本気で苛つきながらシレイアが文句を口にしたが、ローダスは沈鬱な表情のまま話を続ける。
「当日までに、必要以上にあの二人が反感を買わないようにする方策を、何か考えておく必要があるよな。下手をすると早々に、エセリア様の計画が頓挫するぞ」
その指摘にシレイアは瞬時に真顔になり、重々しく頷きながら同意した。
「取り敢えず、そうするしかないわよね……。なんだか最近、思っていたのとは違う方向に、頭を使っている気がするんだけど」
「それを言ったら終わりだ。余計な事は考えない事にしよう」
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