才媛は一日にして成らず
(15)指導、もしくは自己満足
長期休暇が終わり、後期の授業が開始されてから間を置かず、シレイアとローダスはアリステアの説得を試みた。
「アリステア様。今年度も後半に入りましたし、ここで今後の計画というか方針をきちんと立てておくべきではないかと思うのですが」
待ち合わせているグラディクトが、その教室にまだ現れないのを幸い、モナの扮装をしたシレイアは、神妙な面持ちで声をかけた。対するアリステアは、一瞬キョトンとした顔になったものの、すぐに笑顔で力強く頷く。
「計画ならあるわよ? すぐに音楽祭の企画が発表されるはずだから、それに向けて準備しないとね! グラディクト様が私のために企画してくれたんだから、精一杯頑張るわ!」
シレイアは(そうじゃないでしょう!?)とイラっとしたものの、それは面には出さずに優しく言い聞かせる。
「音楽祭に取り組むのは勿論ですが、日々の勉学についての見直しをしてみませんか? 予習復習の仕方やノートの取り方を変えてみるだけでも、勉強の効率はかなり上がるものですよ?」
「私達が助言して、つまづいている箇所があれば理解できるまで、きちんと内容をお教えしますので」
シレイアに続いて、アシュレイの扮装をしたローダスも申し出た。それを聞いたアリステアが、意外そうな顔つきになる。
「え? モナさん達は、勉強を頑張れって言っているの?」
「はい。その通りです」
「やはりある程度の成績を取っておかないと、少々差し障りがありますから」
二人は内心では(少々ではなくて、相当問題だけど)とは思っていたが、笑顔を保ちながら言い聞かせた。しかしアリステアは、平然と言い返してくる。
「でもグラディクト様は、そんなこと言わなかったわ。『アリステアに適切な指導ができない教授のせいだから気にするな』って言っていたもの」
「それはアリステア様を傷つけまいとする、殿下の温情が多分に込められた言葉ですから」
「殿下も、内心では心配されていると推察いたします」
二人は(あの殿下は、何も考えていないだけだろう)と思ったものの、しおらしくグラディクトも内心では懸念していると吹き込もうとした。するとここで、話が予想外の展開になる。
「そうなの。グラディクト様が、『これからは私が勉強を見るから、いくらでも相談に乗ってくれ』と言ってくださったの! なんてお優しいグラディクト様! 二人とも、そう思わない ︎」
「はあ……、誠にお優しいお言葉……」
「王太子殿下自らご指導とは……、さぞかし勉学が進むことでしょうね」
「そうなの! 昨日もね、自習室でグラディクト様に、宿題を全部教えてもらったの」
「そうでしたか。それは良かったですね」
「宿題を全部……」
上機嫌に報告してくるアリステアに、二人は曖昧に笑って頷いた。しかしシレイアは彼女の台詞に引っ掛かりを覚え、詳細について尋ねてみる。
「アリステア様。ちなみに宿題を教えてもらったというのは、どのようにですか?」
「どのようにって……、数学の宿題はグラディクト様が全部解いてみせてくれたのを、私がノートに書き写して、文法の宿題はグラディクト様が条件に合う詩を作って話してくれたのを文章に起こして、歴史の宿題はグラディクト様が資料を探して、項目を調べてくれたのを書き写したわ。それがどうかしたの?」
(それは勉強を教えたんじゃなくて、単に答えを教えただけよね ︎)
邪気の無い笑顔を振り撒きながら、アリステアがその時の状況を事細かに語った。それを聞いたシレイアは呆れ果て、ローダスが無言のまま片手で顔を覆う。
「だから二人とも、私の勉強について心配しなくて大丈夫よ! 私にはグラディクト様がついているんだから!」
(これは駄目だわ。何を言っても通じない気がする)
もはや勉強でも指導でもないのを全く理解していない彼女に、この場で何をどう言い聞かせても無駄だと悟った二人は、引き攣り気味の笑顔で謝罪した。
「分かりました。無用の心配でしたね……」
「失礼いたしました」
「ううん、心配してくれてありがとう。モナさんとアシュレイさんは、やっぱり私達の味方よね」
その直後、アリステアに別れを告げ、グラディクトがやって来る前にその場から退散したシレイアとローダスは、廊下を歩きながら小声で囁き合った。
「シレイア、どうする?」
「どうもこうも、あの殿下がきちんと指導してくれるなら問題ないわよ。でもさっきの話、聞いたでしょう? 要は彼女の宿題を全部自分で解いてみせただけで、彼女はそれを丸写ししただけ。そんなので身につくと思う?」
グラディクトの名前が出た瞬間から嫌な予感がしていたが、まさか本当にそんなやり方をしているとは思っていなかったシレイアは、心底うんざりした表情で嫌そうに口にした。ローダスもそれに同意して頷きつつ、更に辛辣な言葉を口にする。
「なるわけないよな……。去年在籍した教養科の問題なんて、よほど学力に問題がなければ解けるし、一度調べたことがあるなら、どの資料のどこを見れば良いかも分かっているはず。殿下はそれを彼女の前で解いたり颯爽と調べ上げて、彼女に『凄いです!』と褒められて、悦に入っているだけだ。間違っても指導とは言えないさ」
「かと言って、『私達がアリステア様の指導を引き受けます』なんて殿下に申し出ても、『私がすると言っているんだ、引っ込んでいろ!』と怒鳴りつけられるのがオチよね」
「二人とも、それを全く問題に思っていないのが、最大の問題だよな。取り敢えず、暫く様子見だな。成績が一向に上向かなければ、流石にまずいと思い始めるだろう」
「手遅れにならないうちに気がついてくれるよう、祈るのみね」
渋面になりながら二人は当面の方針を決定したが、彼女達の願いも空しく、グラディクトが己のやり方に問題があると気づく事も、アリステアの学力が上向く事もなかった。その結果、定期試験の度にグラディクトが成績用紙を用立てて成績を改竄し続け、二人が密かに頭を抱える事態になるのだった。
「アリステア様。今年度も後半に入りましたし、ここで今後の計画というか方針をきちんと立てておくべきではないかと思うのですが」
待ち合わせているグラディクトが、その教室にまだ現れないのを幸い、モナの扮装をしたシレイアは、神妙な面持ちで声をかけた。対するアリステアは、一瞬キョトンとした顔になったものの、すぐに笑顔で力強く頷く。
「計画ならあるわよ? すぐに音楽祭の企画が発表されるはずだから、それに向けて準備しないとね! グラディクト様が私のために企画してくれたんだから、精一杯頑張るわ!」
シレイアは(そうじゃないでしょう!?)とイラっとしたものの、それは面には出さずに優しく言い聞かせる。
「音楽祭に取り組むのは勿論ですが、日々の勉学についての見直しをしてみませんか? 予習復習の仕方やノートの取り方を変えてみるだけでも、勉強の効率はかなり上がるものですよ?」
「私達が助言して、つまづいている箇所があれば理解できるまで、きちんと内容をお教えしますので」
シレイアに続いて、アシュレイの扮装をしたローダスも申し出た。それを聞いたアリステアが、意外そうな顔つきになる。
「え? モナさん達は、勉強を頑張れって言っているの?」
「はい。その通りです」
「やはりある程度の成績を取っておかないと、少々差し障りがありますから」
二人は内心では(少々ではなくて、相当問題だけど)とは思っていたが、笑顔を保ちながら言い聞かせた。しかしアリステアは、平然と言い返してくる。
「でもグラディクト様は、そんなこと言わなかったわ。『アリステアに適切な指導ができない教授のせいだから気にするな』って言っていたもの」
「それはアリステア様を傷つけまいとする、殿下の温情が多分に込められた言葉ですから」
「殿下も、内心では心配されていると推察いたします」
二人は(あの殿下は、何も考えていないだけだろう)と思ったものの、しおらしくグラディクトも内心では懸念していると吹き込もうとした。するとここで、話が予想外の展開になる。
「そうなの。グラディクト様が、『これからは私が勉強を見るから、いくらでも相談に乗ってくれ』と言ってくださったの! なんてお優しいグラディクト様! 二人とも、そう思わない ︎」
「はあ……、誠にお優しいお言葉……」
「王太子殿下自らご指導とは……、さぞかし勉学が進むことでしょうね」
「そうなの! 昨日もね、自習室でグラディクト様に、宿題を全部教えてもらったの」
「そうでしたか。それは良かったですね」
「宿題を全部……」
上機嫌に報告してくるアリステアに、二人は曖昧に笑って頷いた。しかしシレイアは彼女の台詞に引っ掛かりを覚え、詳細について尋ねてみる。
「アリステア様。ちなみに宿題を教えてもらったというのは、どのようにですか?」
「どのようにって……、数学の宿題はグラディクト様が全部解いてみせてくれたのを、私がノートに書き写して、文法の宿題はグラディクト様が条件に合う詩を作って話してくれたのを文章に起こして、歴史の宿題はグラディクト様が資料を探して、項目を調べてくれたのを書き写したわ。それがどうかしたの?」
(それは勉強を教えたんじゃなくて、単に答えを教えただけよね ︎)
邪気の無い笑顔を振り撒きながら、アリステアがその時の状況を事細かに語った。それを聞いたシレイアは呆れ果て、ローダスが無言のまま片手で顔を覆う。
「だから二人とも、私の勉強について心配しなくて大丈夫よ! 私にはグラディクト様がついているんだから!」
(これは駄目だわ。何を言っても通じない気がする)
もはや勉強でも指導でもないのを全く理解していない彼女に、この場で何をどう言い聞かせても無駄だと悟った二人は、引き攣り気味の笑顔で謝罪した。
「分かりました。無用の心配でしたね……」
「失礼いたしました」
「ううん、心配してくれてありがとう。モナさんとアシュレイさんは、やっぱり私達の味方よね」
その直後、アリステアに別れを告げ、グラディクトがやって来る前にその場から退散したシレイアとローダスは、廊下を歩きながら小声で囁き合った。
「シレイア、どうする?」
「どうもこうも、あの殿下がきちんと指導してくれるなら問題ないわよ。でもさっきの話、聞いたでしょう? 要は彼女の宿題を全部自分で解いてみせただけで、彼女はそれを丸写ししただけ。そんなので身につくと思う?」
グラディクトの名前が出た瞬間から嫌な予感がしていたが、まさか本当にそんなやり方をしているとは思っていなかったシレイアは、心底うんざりした表情で嫌そうに口にした。ローダスもそれに同意して頷きつつ、更に辛辣な言葉を口にする。
「なるわけないよな……。去年在籍した教養科の問題なんて、よほど学力に問題がなければ解けるし、一度調べたことがあるなら、どの資料のどこを見れば良いかも分かっているはず。殿下はそれを彼女の前で解いたり颯爽と調べ上げて、彼女に『凄いです!』と褒められて、悦に入っているだけだ。間違っても指導とは言えないさ」
「かと言って、『私達がアリステア様の指導を引き受けます』なんて殿下に申し出ても、『私がすると言っているんだ、引っ込んでいろ!』と怒鳴りつけられるのがオチよね」
「二人とも、それを全く問題に思っていないのが、最大の問題だよな。取り敢えず、暫く様子見だな。成績が一向に上向かなければ、流石にまずいと思い始めるだろう」
「手遅れにならないうちに気がついてくれるよう、祈るのみね」
渋面になりながら二人は当面の方針を決定したが、彼女達の願いも空しく、グラディクトが己のやり方に問題があると気づく事も、アリステアの学力が上向く事もなかった。その結果、定期試験の度にグラディクトが成績用紙を用立てて成績を改竄し続け、二人が密かに頭を抱える事態になるのだった。
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