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才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(14)幻の補習計画


「大まかにはこちらの説明書に記載されている通りだが、勿論国教会単独で運営できる制度ではなく、王家とも諮って王宮の法務局や民政局とも連携を取りつつ、問題があればその都度改善、改定している。その一覧表がこちらだ。君達はクレランス学園官吏科所属と聞いているのでね。通り一遍の説明ではなく、発足当時からの不備や問題点をどう克服してきたかの、経過説明の方が良いのではないかと思う。ついでに先入観のない柔らかい頭で、現制度の問題点や改善点をあぶり出して貰いたい。どうかな?」
「はい! そちらの方が面白そうです!」
「是非、討論させてください!」
 正直な話、国教会が運営している制度について二人が頭に入れていないはずがなく、ケリーに面談する理由として財産信託制度を持ち出したものの、聞き流して終わりになるだろうと考えていた。しかし予想外のケリーの提案に、二人は目を輝かせて食いつく。そんな若者達の反応に笑みを深めながら、ケリーは詳細について語り出した。



「失礼します。ケリー大司教。そろそろ会議のお時間です」
「ああ、もうそんな時間か。ありがとう、今行くよ」
 三人が財産信託制度について、重箱の隅をつつくような指摘と討論を繰り広げて1時間ほどして、ケリーを呼びに司祭見習いらしい若い男がやってきた。それを機に、ケリーは書類をまとめて腰を上げる。

「二人とも、今日は楽しかったよ。たちまち時間が過ぎてしまったな。来てくれてありがとう。それに貴重な意見も貰えたしね。できるだけ活かすようにしてみるよ」
 口にしてくれた別れの言葉に、社交辞令が多分に含まれていると理解しながら、シレイアとローダスは真剣な面持ちで礼を述べた。

「こちらこそ貴重な時間をいただき、ありがとうございました」
「私達も、大変勉強になりました」
「私は官吏になったら外交局所属希望なのですが、この制度は他国に誇れる制度だと思います。実際に外交を担う事になったら、盛大にアピールしようと思います」
「私は民政局配属希望ですが、今日の話を聞いてその思いを強めました。絶対に官吏になってみせます。そして少しずつですが、絶対にお給金から寄付させていただきますね」
 二人の決意表明にも取れる力強い声に、ケリーが笑みを深める。

「それは嬉しいが、寄付は本当に無理のない程度で構わないからね。二人とも官吏登用試験、頑張ってください」
「はい、頑張ります!」
「絶対に受かってみせます!」
 最後は互いに満面の笑みで握手を交わし、ケリーが退出していった。それに続いて部屋を出た二人が、勝手知ったる建物の中を歩き出しながら、しみじみとした口調で言い合う。

「なんか……、凄い収穫だったわね」
「ああ……。予想以上だったよな」
「短時間だったけどケリー大司教様との議論が白熱して、まだ興奮が収まらない感じ」
「ああ。あの人、もの凄く頭が良い人だよな。それに気配りも目配りもそつなくできるタイプと見た。短時間接しただけでも、それくらい分かるぞ」
 ローダスの真顔での指摘に、シレイアが嬉々として同意した。

「そうよね!? さすがは地方から推薦されて、総主教会所属になっただけあると思わない?」
「本当にそうだよな……。あんな人格者が、右も左も分からない小娘を洗脳して王太子を籠絡させて、自身の立身出世に繋げようと画策しているかも……、なんて疑念を一瞬でも覚えた自分を、心底恥ずかしく思った」
 ローダスが突然沈鬱な表情で、そんな事を言い出す。それを聞いたシレイアも、彼と同様の顔つきになって項垂れた。

「言わないでよ……。正にそれと同じことを考えて、自己嫌悪に陥りそうなんだから……」
「俺、どうしてあの時、殿下とアリステアに『成績表の用紙を事務係官に融通させて、改竄した成績を保護者に見せればよい』とか口走ったんだろう……。自分で自分が信じられないぞ……」
 心底後悔しているらしいローダスの呟きに、シレイアが同意をしつつ彼を宥める。

「本当にそうよね……。かといって、とても本当の事を伝えられないわ。きっとケリー大司教様は、アリステアが自分の未来を切り開くために、学園内で懸命に努力していると信じきっているもの。本当の事を告げたらショックを受けるのは確実だし、気の毒過ぎるわ」
「まさか勉強もろくにせず王太子に纏わりついているなんて、ケリー大司教様は夢にも思っていないだろうしな……」
 そこでシレイアは、深い溜め息を吐いたローダスに向かって、ちょっとした提案をしてみた。

「ねえ、ローダス。新学期が始まったらもう少し勉強に力を入れて、せめて平均くらい取れるようにしましょうと、アリステアに勧めてみない?」
 それを聞いたローダスは、真顔で考え込む。

「確かにな……。それなら成績表を改ざんするまではいかないし、本来の物をケリー大司教様に見てもらえるだろう」
「あの王太子が効率よく勉強を教えられるとは思えないし、もういっそのこと私達で面倒を見ない?」
「そうだな。彼女の成績が多少上がっても、エセリア様の婚約破棄計画には関係ないし。それじゃあ、教科を分担するか?」
「そうね。長期休暇中に考えておきましょう。去年使った教材とかも確認しておいた方が良いわよね」
 そんなこんなでケリーに対する深い同情と多少の後ろめたさから、シレイアとローダスの間で、アリステアに対する勉学指導計画が速やかに組み上げられていった。


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