才媛は一日にして成らず
(12)母からの叱責
長期休暇に突入し、シレイアは予定通り実家に戻った。久々に家族揃っての夕食の席で、シレイアは少し前から気になっていた事について、早速話題に出してみる。
「ねえ、お父さん。財産信託制度の運営担当の大司教って、ケリー大司教様だったと思うけど。どんな人なの? 私、直にお会いした事がないけど」
その問いかけに、ノランが意外そうな顔になってから、笑顔で説明してくる。
「シレイアは会ったことはなかったか? 彼は誠実だし責任感は強いし、困っている者に親身になって寄り添える人物だよ。それに意志が強く、周りから信頼を寄せられている人物だ」
「勿論、そうでなければ責任者を任せられる筈がないのは分かっているけど……。そうなると、変に野心とか上昇志向が強い人ではないのよね?」
シレイアが慎重に確認を入れてみると、ノランは困惑気味に問い返してきた。
「当たり前じゃないか。シレイア、いきなり何を言い出すんだ?」
「そうよ。ケリー大司教様に対して失礼でしょう」
ここで表情を険しくしたステラが、すかさず窘めてくる。それにシレイアは、神妙に頭を下げた。
「ごめんなさい。最近、財産信託制度について、ちょっと気になる話を聞いたものだから」
(もしかしたら、アリステアの後見人をしているらしいケリー大司様が、彼女に玉の輿に乗るように指示して王太子殿下に近付けさせている可能性があるかもと思ったんだけど。やっぱり、そんな可能性は無いわよね……。あくまでも彼女の意思っぽいわ)
どうやらケリー大司教が裏で糸を引いている可能性は限りなく低いと判断したシレイアは、取り敢えず安心した。しかし娘の台詞で何やら心配になったらしいノランが、詳細について尋ねてくる。
「財産信託制度が本格運用を始めてから三年は経過しているし、これまで何か重大なトラブルが生じたとも聞いていないが、どんな気になる話を聞いたんだ?」
それにシレイアは、若干狼狽しながら曖昧に言葉を濁す。
「え、ええと……。人伝だったし真偽のほども不明だけど、本来貧しい庶民とかある程度裕福な商人とかではなくて、貴族がその保護対象者になっている場合があるらしいって話だったの。一体どういう事情なのかなぁと、ちょっと好奇心が湧いて。それで総主教会側から、わざわざ貴族にそういう話を持ちかけたわけではないのかと、ちょっと心配になった事もあって」
「シレイア。そんな不確かな話を真に受けた上、誠心誠意自らの任務に励んでいらっしゃる方々について、邪推するのはお止めなさい」
「はい、すみません……」
ステラが益々呆れ顔になって、娘に対して苦言を呈す。ノランも難しい顔になり、溜め息を吐いて話を続けた。
「確かに当初の想定とは異なり、貴族に複数の対象者がいるらしいのは事実だ。しかし当事者の体面の問題もあるし、当然、守秘義務も存在する。ケリー大司教を始めとする関係者は情報管理を徹底している筈だが、人の口には戸を立てられないという実例だな」
「耳に入るのは仕方がないにしても、それを邪推したり面白おかしく触れ回るのは論外です。話題にすること自体、人格を疑われます。シレイア、今後は気を付けなさい」
「分かっています。注意します」
せっかくの家族揃っての食事が、それ以降は微妙な空気になってしまい、シレイアは話題に出したのを心底後悔した。
「はぁ……、なんか久しぶりに、お母さんに本気で怒られた気がする。まあ、当然と言えば当然だけどね」
食べ終えて自室に引き上げたシレイアは、ベッドに寝転がりながら反省した。そしてアリステアに対して、ちょっとした八つ当たりをしてしまう。
「それにしても……、彼女の境遇には同情するけど、入学早々婚約者がいる王太子殿下に接近するってどうなのよ? しかも公爵令嬢であるエセリア様を蔑ろにするだけならまだしも、平気で成績表を誤魔化してお世話になっているケリー大司教様に見せる気だなんて。ミランの話だと授業態度も褒められたものではないそうだし、様々な手配や手続きをして入学させてくれたケリー大司教様に、申し訳ないと思わないのかしら?」
ぶつぶつと独り言を漏らしてから、シレイアは結論付けた。
「なんかもう、この事だけでも彼女を好きになれそうにないわ」
彼女のその判断は、容易に覆りそうもなかった。
※※※
長期休暇に入って数日後。洗濯を手伝っていたシレイアのところに、ステラがやってきて声をかけた。
「シレイア、あなた五日後の予定は一日空いている?」
唐突な問いかけに、シレイアは何事かと手を止めて母を見上げる。
「ええ、その日は特に予定は無いけど、どうして?」
「あなたが興味があるなら、ケリー大司教様の時間がありそうだから、三十分くらい会えると思うの。財産信託制度について詳細を伺いたいと言えば、時間を取って貰えると思うわ」
その提案に、シレイアは勢いよく立ち上がりながら快諾した。
「本当!? 是非お会いしたいわ!」
「それなら大司教様に、そうお伝えしておくわね」
「あ、できればローダスも一緒に話を聞けるかしら?」
「それなら二人で行きなさい。話を通しておくわ。時間帯は、後で教えるわね」
「うん、ありがとう」
嬉しそうに頷くシレイアを見て、ステラも満足そうにその場を離れた。そしてシレイアは、上機嫌に洗濯を再開する。
「予想外に、直にケリー大司教様に会えるチャンス! 元々財産信託制度に興味があったし、この機会に色々質問してみよう。さすがにアリステアの事を直接聞けないと思うけど、さりげなくでも聞き出せたら儲けものよね」
そんな算段を立てながら、シレイアは鼻歌を歌いつつ洗濯を終わらせた。
「ねえ、お父さん。財産信託制度の運営担当の大司教って、ケリー大司教様だったと思うけど。どんな人なの? 私、直にお会いした事がないけど」
その問いかけに、ノランが意外そうな顔になってから、笑顔で説明してくる。
「シレイアは会ったことはなかったか? 彼は誠実だし責任感は強いし、困っている者に親身になって寄り添える人物だよ。それに意志が強く、周りから信頼を寄せられている人物だ」
「勿論、そうでなければ責任者を任せられる筈がないのは分かっているけど……。そうなると、変に野心とか上昇志向が強い人ではないのよね?」
シレイアが慎重に確認を入れてみると、ノランは困惑気味に問い返してきた。
「当たり前じゃないか。シレイア、いきなり何を言い出すんだ?」
「そうよ。ケリー大司教様に対して失礼でしょう」
ここで表情を険しくしたステラが、すかさず窘めてくる。それにシレイアは、神妙に頭を下げた。
「ごめんなさい。最近、財産信託制度について、ちょっと気になる話を聞いたものだから」
(もしかしたら、アリステアの後見人をしているらしいケリー大司様が、彼女に玉の輿に乗るように指示して王太子殿下に近付けさせている可能性があるかもと思ったんだけど。やっぱり、そんな可能性は無いわよね……。あくまでも彼女の意思っぽいわ)
どうやらケリー大司教が裏で糸を引いている可能性は限りなく低いと判断したシレイアは、取り敢えず安心した。しかし娘の台詞で何やら心配になったらしいノランが、詳細について尋ねてくる。
「財産信託制度が本格運用を始めてから三年は経過しているし、これまで何か重大なトラブルが生じたとも聞いていないが、どんな気になる話を聞いたんだ?」
それにシレイアは、若干狼狽しながら曖昧に言葉を濁す。
「え、ええと……。人伝だったし真偽のほども不明だけど、本来貧しい庶民とかある程度裕福な商人とかではなくて、貴族がその保護対象者になっている場合があるらしいって話だったの。一体どういう事情なのかなぁと、ちょっと好奇心が湧いて。それで総主教会側から、わざわざ貴族にそういう話を持ちかけたわけではないのかと、ちょっと心配になった事もあって」
「シレイア。そんな不確かな話を真に受けた上、誠心誠意自らの任務に励んでいらっしゃる方々について、邪推するのはお止めなさい」
「はい、すみません……」
ステラが益々呆れ顔になって、娘に対して苦言を呈す。ノランも難しい顔になり、溜め息を吐いて話を続けた。
「確かに当初の想定とは異なり、貴族に複数の対象者がいるらしいのは事実だ。しかし当事者の体面の問題もあるし、当然、守秘義務も存在する。ケリー大司教を始めとする関係者は情報管理を徹底している筈だが、人の口には戸を立てられないという実例だな」
「耳に入るのは仕方がないにしても、それを邪推したり面白おかしく触れ回るのは論外です。話題にすること自体、人格を疑われます。シレイア、今後は気を付けなさい」
「分かっています。注意します」
せっかくの家族揃っての食事が、それ以降は微妙な空気になってしまい、シレイアは話題に出したのを心底後悔した。
「はぁ……、なんか久しぶりに、お母さんに本気で怒られた気がする。まあ、当然と言えば当然だけどね」
食べ終えて自室に引き上げたシレイアは、ベッドに寝転がりながら反省した。そしてアリステアに対して、ちょっとした八つ当たりをしてしまう。
「それにしても……、彼女の境遇には同情するけど、入学早々婚約者がいる王太子殿下に接近するってどうなのよ? しかも公爵令嬢であるエセリア様を蔑ろにするだけならまだしも、平気で成績表を誤魔化してお世話になっているケリー大司教様に見せる気だなんて。ミランの話だと授業態度も褒められたものではないそうだし、様々な手配や手続きをして入学させてくれたケリー大司教様に、申し訳ないと思わないのかしら?」
ぶつぶつと独り言を漏らしてから、シレイアは結論付けた。
「なんかもう、この事だけでも彼女を好きになれそうにないわ」
彼女のその判断は、容易に覆りそうもなかった。
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長期休暇に入って数日後。洗濯を手伝っていたシレイアのところに、ステラがやってきて声をかけた。
「シレイア、あなた五日後の予定は一日空いている?」
唐突な問いかけに、シレイアは何事かと手を止めて母を見上げる。
「ええ、その日は特に予定は無いけど、どうして?」
「あなたが興味があるなら、ケリー大司教様の時間がありそうだから、三十分くらい会えると思うの。財産信託制度について詳細を伺いたいと言えば、時間を取って貰えると思うわ」
その提案に、シレイアは勢いよく立ち上がりながら快諾した。
「本当!? 是非お会いしたいわ!」
「それなら大司教様に、そうお伝えしておくわね」
「あ、できればローダスも一緒に話を聞けるかしら?」
「それなら二人で行きなさい。話を通しておくわ。時間帯は、後で教えるわね」
「うん、ありがとう」
嬉しそうに頷くシレイアを見て、ステラも満足そうにその場を離れた。そしてシレイアは、上機嫌に洗濯を再開する。
「予想外に、直にケリー大司教様に会えるチャンス! 元々財産信託制度に興味があったし、この機会に色々質問してみよう。さすがにアリステアの事を直接聞けないと思うけど、さりげなくでも聞き出せたら儲けものよね」
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