才媛は一日にして成らず
(10)平穏なひと時
クレランス学園での二年目前半もほぼ終え、シレイアはこれまで以上に気合を入れて定期試験に挑んだ。それが終了し、あとは長期休暇に突入するのを待つばかりとなった頃。シレイアは廊下を並んで歩きながら、ローダスに話しかけた。
「ローダス、今回の定期試験の手応えはどうだった?」
「まあまあだな。そっちも同様だろう? 今現在は、何かの特訓をしている形跡はないし」
サビーネとエセリアに遅れて事情を知ったローダスは、笑いを堪える表情になりながら告げた。片手で口元を押さえながらの台詞に、さすがにシレイアも気分を害しながら言い返す。
「あのね……、あれはそもそも相談を受けた時点でローダスが上手く丸め込んでくれていれば、少なくても三人に関しては変に動揺させずに済んだのよ?」
「悪い。まさかあんな理由とは予想していなかったし、本当に深刻な悩みとかあったら打ち明けてくれるとは思っていたから、大したことはなくて本当に偶々だろうと思っていたんだ」
「まあ、確かに大した事ではなかったんだけどね……。ところで、彼女の例の話はエセリア様から聞いた?」
素直に謝ってくれたことで、シレイアは気を取り直して話題を変える事にした。
周囲に聞き耳を立てている人間はいないものの、迂闊に漏らせない内容の為、ローダスに詳細は告げず、端的に確認を入れる。しかしローダスに内容が察せないわけはなく、すかさずアリステアに関する話題に応じた。
「ああ、まさかあんな事情だったとは知らなかったから、本気で驚いたぞ。財産信託制度の対象者情報については、総主教会内でも極秘扱いになっているし」
「そうよね……。相続で揉めて、保護している人と対立する親族が押しかけてきて騒ぎになったなんて話、何回か漏れ聞こえていたもの」
改めて総主教会内での噂を思い返したシレイアは、無意識に溜め息を吐いた。それに頷きつつ、ローダスが話を続ける。
「今現在も数人とか数組単位で、身柄を秘密裏に預かっているそうだ」
「それって、デニーおじさん経由の情報?」
「この前の休日に帰宅した時、さり気なく聞いてみた。総主教会トップである父さんにも、詳細な個人情報や正確な人数を知らされていないらしい。徹底しているよな」
半ば感心しながらのローダスの台詞に、シレイアは心から同意する。
「当然と言えば当然よね。女性とか子供とか老人とか、立場の弱い人たちを保護しているのだもの。それを考えると、財産信託制度関連の責任者であるケリー大司教って、かなりのやり手だとも言えない? ただ単に誠実なだけでは、そこまで内部統制ができないと思うわ」
「俺もそう思う。長期休暇中に機会があったら後学の為とかなんとか理由をつけて、是非会ってみたいな。今まではあまり意識する事はなかったけど、今回話を聞いて興味が沸いた」
「あ、私もこれまで面識が無いけど、どんな人なのか凄く気になっていたの。機会があったら声をかけてくれない?」
「分かった。忘れずに誘うよ」
勢い込んで頼み込んでくるシレイアに、ローダスは快く頷いた。そして思い出したように言い出す。
「そう言えば……。俺の方も変装の方向性を決めたから、そろそろあの2人に別人として接触してみようと考えているんだ」
それを聞いたシレイアが、僅かに不安そうな表情になりながら懸念を示す。
「そうなの? でも、本当に大丈夫? ローダスは去年、エセリア様から直々に王太子殿下に紹介されているし、生半可な変装だとあっさり露見するんじゃない? よほど凝った変装を考えたの? でもあまり装着や着脱に時間がかかると、いざという時に咄嗟に対応ができないんじゃない?」
「確かに凝った変装のパターンも幾つか考えてみたんだが、変に色々付けたり盛ったりすると、違和感が出るんだよな。だから見た目はあくまでシンプルにして、声音や口調の違いを強く押し出して印象を変える事にした」
結構大胆な方針に、シレイアは少々驚きながら問いを重ねた。
「それでいくの? 本当に大丈夫?」
「今回の定期試験程度には自信がある、といえば安心か?」
自信に満ち溢れたローダスの様子を見て、シレイアは一瞬呆気に取られてから楽しげに笑った。
「あらあら、随分な自信ね。上手くいっても失敗しても、詳細な報告をよろしく。万が一失敗したら、盛大に笑い飛ばしてあげるわ」
「容赦がないな。残念ながら、そうはならないと思うが」
「実際に二人に試してみる前に、私に見せてみるという選択肢は?」
「後のお楽しみという事で」
「了解。楽しみにしてるわ」
(随分自信ありげだし、ローダスだから十分に勝算はあると思うのだけど……。一体、どんな変装をするつもりなのかしら?)
二人は軽口を叩きながら、機嫌よくエセリアとの待ち合わせ場所に向かって歩いて行った。
「ローダス、今回の定期試験の手応えはどうだった?」
「まあまあだな。そっちも同様だろう? 今現在は、何かの特訓をしている形跡はないし」
サビーネとエセリアに遅れて事情を知ったローダスは、笑いを堪える表情になりながら告げた。片手で口元を押さえながらの台詞に、さすがにシレイアも気分を害しながら言い返す。
「あのね……、あれはそもそも相談を受けた時点でローダスが上手く丸め込んでくれていれば、少なくても三人に関しては変に動揺させずに済んだのよ?」
「悪い。まさかあんな理由とは予想していなかったし、本当に深刻な悩みとかあったら打ち明けてくれるとは思っていたから、大したことはなくて本当に偶々だろうと思っていたんだ」
「まあ、確かに大した事ではなかったんだけどね……。ところで、彼女の例の話はエセリア様から聞いた?」
素直に謝ってくれたことで、シレイアは気を取り直して話題を変える事にした。
周囲に聞き耳を立てている人間はいないものの、迂闊に漏らせない内容の為、ローダスに詳細は告げず、端的に確認を入れる。しかしローダスに内容が察せないわけはなく、すかさずアリステアに関する話題に応じた。
「ああ、まさかあんな事情だったとは知らなかったから、本気で驚いたぞ。財産信託制度の対象者情報については、総主教会内でも極秘扱いになっているし」
「そうよね……。相続で揉めて、保護している人と対立する親族が押しかけてきて騒ぎになったなんて話、何回か漏れ聞こえていたもの」
改めて総主教会内での噂を思い返したシレイアは、無意識に溜め息を吐いた。それに頷きつつ、ローダスが話を続ける。
「今現在も数人とか数組単位で、身柄を秘密裏に預かっているそうだ」
「それって、デニーおじさん経由の情報?」
「この前の休日に帰宅した時、さり気なく聞いてみた。総主教会トップである父さんにも、詳細な個人情報や正確な人数を知らされていないらしい。徹底しているよな」
半ば感心しながらのローダスの台詞に、シレイアは心から同意する。
「当然と言えば当然よね。女性とか子供とか老人とか、立場の弱い人たちを保護しているのだもの。それを考えると、財産信託制度関連の責任者であるケリー大司教って、かなりのやり手だとも言えない? ただ単に誠実なだけでは、そこまで内部統制ができないと思うわ」
「俺もそう思う。長期休暇中に機会があったら後学の為とかなんとか理由をつけて、是非会ってみたいな。今まではあまり意識する事はなかったけど、今回話を聞いて興味が沸いた」
「あ、私もこれまで面識が無いけど、どんな人なのか凄く気になっていたの。機会があったら声をかけてくれない?」
「分かった。忘れずに誘うよ」
勢い込んで頼み込んでくるシレイアに、ローダスは快く頷いた。そして思い出したように言い出す。
「そう言えば……。俺の方も変装の方向性を決めたから、そろそろあの2人に別人として接触してみようと考えているんだ」
それを聞いたシレイアが、僅かに不安そうな表情になりながら懸念を示す。
「そうなの? でも、本当に大丈夫? ローダスは去年、エセリア様から直々に王太子殿下に紹介されているし、生半可な変装だとあっさり露見するんじゃない? よほど凝った変装を考えたの? でもあまり装着や着脱に時間がかかると、いざという時に咄嗟に対応ができないんじゃない?」
「確かに凝った変装のパターンも幾つか考えてみたんだが、変に色々付けたり盛ったりすると、違和感が出るんだよな。だから見た目はあくまでシンプルにして、声音や口調の違いを強く押し出して印象を変える事にした」
結構大胆な方針に、シレイアは少々驚きながら問いを重ねた。
「それでいくの? 本当に大丈夫?」
「今回の定期試験程度には自信がある、といえば安心か?」
自信に満ち溢れたローダスの様子を見て、シレイアは一瞬呆気に取られてから楽しげに笑った。
「あらあら、随分な自信ね。上手くいっても失敗しても、詳細な報告をよろしく。万が一失敗したら、盛大に笑い飛ばしてあげるわ」
「容赦がないな。残念ながら、そうはならないと思うが」
「実際に二人に試してみる前に、私に見せてみるという選択肢は?」
「後のお楽しみという事で」
「了解。楽しみにしてるわ」
(随分自信ありげだし、ローダスだから十分に勝算はあると思うのだけど……。一体、どんな変装をするつもりなのかしら?)
二人は軽口を叩きながら、機嫌よくエセリアとの待ち合わせ場所に向かって歩いて行った。
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