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才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(8)アリステアの隠された事情

「シレイア。この機会に話しておくけど、例のアリステアって子が変なのよ」
「ええ。直に接してみて分かったけど、頭がおかしい系よね」
「私が言いたいのは、そういう事ではなくて……」
「それならどういう事?」
 事も無げに語ったシレイアだったが、サビーネが何とも言い難い表情で口を濁す。シレイアはその反応を不思議に思いつつ、話の先を促してみた。すると若干迷う素振りを見せてから、サビーネが思い切った様子で話し出す。

「あの会合の時にミランとカレナから話を聞いてから、私なりに調べてみたの。私の家は普段ミンティア子爵家とは普段付き合いがなくて内情が全く分からなかったから、家族や社交情報収集担当の使用人達ににさりげなく尋ねてみたのよ」
「ああ、休日で実家に戻った時とかにね。ミンティア子爵家について、何か分かった?」
「それが、殆ど情報が集まらなかったの。辛うじて分かったのは子爵夫妻と一人娘と嫡男の名前と年齢位だけど、アリステアに該当する人間の情報が出てこなかったわ」
 それを聞いたシレイアは、その異常さに眉根を寄せて考え込んだ。

「え? ちょっと待って。その一人娘が、アリステアの事ではないの?」
「それが、名前も年齢も違うのよ」
「だけど、それっておかしいわよね? 裕福さとは無縁の下級貴族の子爵家なら、社交活動を殆どしていないことで他の貴族達に知られていない可能性は十分にありえるわ。だけど彼女はアリステア・ヴァン・ミンティアとして、貴族を名乗っているのよ? 入学時にきちんと貴族簿の内容と合致しているか調べるでしょうし、偽名を名乗っているなんてありえないわ。貴族だからこそ学費を納入して、入学しているのだし」
 その指摘に、サビーネが深く頷く。

「あなたの言う通りよ。でも我が家の使用人達が、情報収取を疎かにするとは考えにくいの。それでわけがわからなくて、困っていたところなのよ。本格的に調べようと思ったら、家族や使用人達に理由を話さないといけないけれど、まさかグラディクト殿下の恋人候補の家を調べたいなんて口にできないし」
「それはそうよね」
(入学してからリール伯爵家の交友関係の広さと情報収集能力は、これまで色々な場面で認識させられてきたのに。本当に、どういう事なのかしら)
 家の情報取集能力と本人の社交性の高さで、在学している貴族出身の生徒の殆どを把握しているのではないかと思われるサビーネは、これまでの数々の行事でも、率先してスムーズな交流と調整役をこなしていた。そんな彼女が、幾ら末端貴族の一員とは言え、家族構成すら怪しいなどと口にするからにはよほどの事ではないかと、シレイアは難しい顔になる。
 するとここで、エセリアが控え目に口を挟んできた。

「あの……、二人とも。実は彼女について、私から話しておかないといけないことがあるの」
「エセリア様?」
「なんでしょうか?」
「あのアリステアさんの家庭の事情を、以前、ある知り合いから聞かされているの。この前彼女の名前が出た時に、どこまで皆に事情を話して良いものか咄嗟に判断できなかったから、その場では何も言わなかったのだけど……」
 それを聞いたシレイアとサビーネは、揃って安堵した表情になる。

「エセリア様はご存じだったのですね。それなら良かったです」
「今後の方針に役立てるためにも、一応お聞きしておきたいのですが」
「そうね……。やはりあなた達には話しておくけど、ここだけの話にしておいて欲しいの」
「勿論です」
「どう考えてもプライベートな内容ですしね」
 素直に頷いたシレイアとサビーネだったが、エセリアのアリステアに関する事情説明が進むにつれ、徐々にその顔に怒りの色が増していった。

「信じられない……。れっきとした貴族の令嬢なのに財産信託制度による保護対象者で、総主教会付属の修道院預かりの身だなんて」
「なんてことなの……。愛人と隠し子上がりの妻子だけ屋敷に住まわせて前妻の生んだ娘を放置した挙句、将来利用する気満々で貴族籍だけ残しているなんて。ミンティア子爵は、恥という言葉を知らないようね。家族には、今後絶対にこの家と関わり合いにならないように言っておかないと」 
 エセリアは一通り話し終えると、呆れと怒りが入り混じった顔つきになった二人に対して、真剣な表情で頼み込んだ。

「二人とも、この事はくれぐれも他言無用でお願いします。ケリー大司教様ともそのようにお約束していますので」
「勿論です。決して口外しませんわ」
「こんな外聞の悪い話、とても他の人には話せません」
(もう本当に、ろくでもない家族よね! でも本人は全然殊勝な所がなくて、寧ろ傍若無人な感じがするのだけど。境遇には同情するけど、だからと言って王太子の婚約者を蹴落とす気満々っていうのはなんなのよ?)
 シレイアは状況説明によって疑問が解決した半面、子爵家のアリステアに対する仕打ちに憤慨した。しかしその反面、本人がどうしてあそこまで無遠慮でいられるのだろうと頭を抱える。それでも話を聞いて納得できたことを、口にしてみた。
 



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