才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(6)言いにくい事情

 所属しているクラスは異なっても、休み時間などに廊下ですれ違う場合はあるもので、その日シレイアは、教室を移動している時にエセリアに声をかけられた。

「あ、シレイア。今日の夜、夕食後から消灯前に時間を貰えないかしら。ちょっと折り入って話したい事があるのだけど」
「勿論構いませんが、日中では駄目ですか?」
「教室やカフェとかだと人目が気になるし、少し込み入った話だから、申し訳ないけど私の部屋に来て欲しいの」
「分かりました。夕食後に、頃合いを見計らって伺います」
(改まって自室で話なんて、何事かしら? 何かもの凄く面倒とか、深刻な話なのかも)
 立ち話をあっさり切り上げてエセリアと別れたシレイアだったが、内心で困惑しながら考え込んでしまった。


「エセリア様、シレイアです」
 多少疑問に思いながらも、シレイアはまだそれほど遅くない時間帯に、別の寮にあるエセリアの私室を訪れた。するとすぐに、中から声がかけられる。

「シレイア、待ってたわ。入って」
「失礼します。……あ、サビーネも来ていたのね」
「ええ、私もちょっとシレイアに話があって」
 開けて貰ったドアから室内に入ると、サビーネが椅子に座っているのが目に入った。そしてエセリアがベッドに座り、促されたシレイアとサビーネが椅子に座る。

「それで、エセリア様。私に話とは、一体なんでしょうか?」
「ええと…………」
 シレイアはおとなしくエセリアの話を待ったが、何故か彼女は妙な顔になりながら口ごもった。それを不審に思いながら、シレイアは尋ねる相手を変えてみる。

「サビーネ?」
 するとサビーネは、何やら思い切った様子で尋ねてきた。

「その、シレイア。実は最近、もの凄く体調が悪い時がなかった?」
 妙に緊迫感溢れる顔で聞かれた割には、大して意味のない質問のように思えたシレイアは、怪訝に思いながら素直に答える。

「え? 体調はずっと良かったけど? だって入学以来、一度も医務室のお世話になんかなっていないし」
「そうなの……。私もそうじゃないかなとは思っていたけど……」
 そこで口ごもったサビーネに代わって、今度はエセリアが僅かに身を乗り出しながら問いかけてきた。

「それなら、最近もの凄く悩んでいることはない? 自分自身の事は勿論だけど、ご家族も含めて何かトラブルに巻き込まれているとか」
「ご心配いただいて恐縮ですが、今現在、自分や家族を含めた周囲で、深刻なトラブルは発生しておりません」
「それなら良かったわ……」
「二人とも……、要するに私に何を聞きたいんですか?」
 全く要領を得ない話に、シレイアは呆れ気味に詳細な説明を求めた。すると二人は一瞬顔を見合わせてから、困ったように話し出す。

「その……。実は少し前に、サビーネが官吏科下級学年クラスの複数人から相談されたの」
「聞くところによると、あなた半月くらい前の歴史の小テストの結果が、クラス平均より下だったそうね」
 それを聞いたシレイアは、自分にとってのちょっとした汚点となっている出来事を思い出し、忌々しい思いを抑え込みながら言葉を返した。

「……ああ、あれの事ね。確かに覚えがあるけど、それがどうかしたの?」
「聞くところによると、官吏科ではどんな小テストでも、毎回クラス全員の得点と順位を壁に貼り出すそうね」
「すごい厳しいわね。さすが官吏科だと、それを聞いて戦慄したけど。それでシレイアは、進級以来毎回上位5位以内に入っているのよね?」
「その歴史の小テスト以外は全て」
「ええ、まあ……。確かにその通りですが……、それが何か?」
 畳み掛けるように確認を入れてくる二人に、シレイアは若干たじろぎながら話の続きを促す。するとサビーネが、予想外のことを口にした。

「だからあなたのクラスメイト達が、『傍目には全く変わった様子はないけど、本人やご家族が何か深刻な病気に罹っているか、トラブルに巻き込まれているんじゃないか』ともの凄く心配していたのよ。官吏科所属の生徒で女生徒は、あなたを除くと三人でしょう? それでその三人が纏まって、私に相談に来たわけ。『さりげなく聞いてみたけど『別になんともないけど?』と返されてしまったので、入学前から付き合いがあるサビーネさんから心配事がないか聞いて貰って、できれば力になってもらいたい』ってね」
 そこまで聞いたシレイアは、自分が知らないうちに思わぬことでクラスメイトに心配をかけていたのを理解した。と同時に、サビーネに迷惑をかけてしまったのを反省する。

「そんな事が……。サビーネ、ごめんなさい。面倒な事に巻き込んでしまって」
「それは良いんだけど。シレイアは基本的に面倒見が良いし、女生徒は少ないし、皆頼りにして目標にもしているのよ。そんな人が何か悩んでいる事があるなら、できれば力になりたいと思うのは自然な事だし。クラスの皆から慕われている証拠じゃない」
「うん、ありがとう」
 慰められつつ褒められて、シレイアは少々照れくさくなりながら、(明日、クラスの皆と顔を合わせたら、心配をかけてすまなかったと謝りながら、ありがとうとお礼を言わないと)と密かに決心した。

「それから、同じ修学場出身の三人にも『ローダスにも相談したが、偶々調子が悪かっただけだろうと取り合わないから、サビーネさんからシレイアに聞いて貰えないかな? 男子生徒相手には話しにくい、デリケートな問題とか悩みの可能性もあるし』と頼まれたのよ」
「え? ジャンとギャレットとエリムがそんな事を? というかローダスったら、どうして自分が相談された時点で、3人を宥めておいてくれないのよ」
 サビーネの話を聞いて、シレイアはローダスに八つ当たりをしたが、ここで二人が真顔でシレイアに問いかける。

「それで、実際のところはどうなの?」
「常に上位5位以内に入っているシレイアが平均以下の得点と順位を取ってしまったことで、官吏科下級学年クラスの水面下で、かなりの動揺が広がっているのよ」
「まさか、私がお願いしている婚約破棄に向けての活動で勉強が疎かになったとは考えにくいけど、何か私で力になれる事があったら遠慮なく言って欲しいの」
(う……、ここまで二人に心配をかけてしまって、心苦しいわ。というか、クラスの中でも結構動揺させてしまったみたいで、本当に不覚としか言いようがないんだけど)
 あまり正直にその理由を口にしたくなかったシレイアだったが、ここまで心配されて曖昧に誤魔化す事などできず、観念して口を開いた。


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