才媛は一日にして成らず
(5)現状報告
アリステアとの話が進むにつれ、相手の非常識さと残念さに衝撃を受けつつも、シレイアはなんとか最後まで平常心を保った。
面会を終えて廊下を歩き出した彼女は人影がないのを幸い、素早く手近な空き教室を見つけて入り込む。そして手早くウイッグを外し、留めておいたおいた髪を流していつも通り一つに束ね直すと、何事もなかったかのように再び廊下に出て歩き出した。するとそれほど歩かないうちに、ローダスと遭遇する。
「ローダス……」
「シレイア? どうした。随分、疲れた顔をしているが」
「疲れもするわよ。ちょっとカフェに付き合ってくれない?」
「それは構わないが……」
常にはない疲労感を漂わせている上、微妙な押しの強さを発揮している幼馴染に逆らう気はなかったローダスは、怪訝な顔になりながらもおとなしくカフェに付き合った。
「例の、アリステア・ヴァン・ミンティアだけど、さっき変装して会ってきたのよ」
カウンターから貰ってきたお茶を一口飲んでから、シレイアは話を切り出した。それを聞いたローダスが、納得しながら問い返す。
「ああ、そうだったのか。それでさすがに緊張したのか? それとも彼女に怪しまれたとか」
「初対面の相手だから変装を疑われるはずはないし、大して緊張はしなかったわ。私が疲れているとしたら、相手のあまりの非常識さと自己肯定感の高さに、精神的疲労を覚えたからよ!」
半ば吐き捨てるように言ってから、シレイアは再びカップを口に運んだ。声は抑えているものの、話題が話題だけに誰か聞き耳を立てている者がいないか、ローダスはさりげなく周囲を確認する。その心配は限りなく低いと判断した彼は、声を顰めながら詳細について尋ねた。
「お前がそこまで言うなんて……。今の台詞で、例の彼女が王太子殿下よりも相当面倒で厄介な人間らしいと言うのが分かった。具体的には?」
そこでシレイアも僅かに身を乗り出しつつ、抑えた口調で話し始める。
「エセリア様を『あの人』呼ばわりしたのは、まだ良いとして……」
「そこでキレて、接触の機会を台無しにしなかったのを、褒めるべきなんだろうな」
「王太子殿下がエセリア様に音楽祭の仕事を丸投げしようとしていることを伝えたら、『婚約者なんだから、グラディクト様の為に働くのは当然』と真顔で断言したのよ」
それを聞いたローダスは、本気で呆れ返った。
「はあ? 一体、どんな子爵令嬢だよ。公爵令嬢を顎でこき使う気満々だなんて」
「それで、エセリア様が既に剣術大会の準備に取り掛かっているので、引き受けられないと断ったのを教えたら、あの女、なんて言ったと思う?」
「それなら仕方がないですね、とか?」
「言うに事欠いて『信じられない ︎ なんて失礼なの ︎ グラディクト様が直々にお願いしたのに、あっさり断るなんて失礼極まりないわ! なんてお気の毒なグラディクト様』とほざきやがったわ。気の毒なのはあんたの頭の中身よと、内心で毒吐いたわよ」
全く取り繕うことなく、シレイアは悪態を吐いた。それを目の当たりにしたローダスは、呆れるのを通り越して感心してしまう。
「なんと言うか……、お前がそこまで言うなんて、想像以上というより想像だにしていなかったタイプだったんだな」
「もう、呆れ果てて何も言いたくなかったけど、適当に丸め込んでしっかり味方認定をさせてきたから」
心底嫌そうに話を締め括ったシレイアを見て、ローダスは苦笑しながら彼女を宥めた。
「お疲れ。だが守備良く、水面下での誘導のとっかかりができて良かったな。今の話を端的に纏めると、彼女は視野が狭くて思い込みが激しくて、扱い方を間違えなければ御し易いというわけだな?」
「そういう事。あの王太子殿下と、ある意味同類ね」
「よく分かった。近いうちに、俺も接触してみるつもりだが、事前に様子が聞けてよかった。仮にもエセリア様を押しのけようと考えるくらいだから、相当強かだったり策謀を巡らすタイプなのかと心配していたんだ。そうだとしたら、かなり厄介だと考えていたからな。だがそれなら、予想より容易くこちらが思う方に誘導できそうだ」
「こういうのも不幸中の幸いって言うのかしら。それにしても、エセリア様のライバルがあんなのだなんて……」
シレイアが渋面になりながら、愚痴っぽく呟いた。ローダスも彼女の言わんとする事は分かっており、ため息交じりに応じる。
「複雑な心境だろうな。ライバルが格下すぎて、勝負にならないのが初めから分かりきっているなんて」
「寧ろ、あの二人が最後までお花畑劇場を演じてくれるのか、もの凄く不安になってきたんだけど」
「もしかしたら……、俺達の手腕の最大の発揮どころは、そこら辺になるのかもしれないな」
ありがたくない未来予想図を提示され、シレイアはガックリと項垂れた。
「聞くんじゃなかった」
「俺達がどの辺りで本領発揮をすることになるかは不明だが、エセリア様の円満な婚約破棄のために、お互い頑張ろう」
「そうね。こうなったらなんとしてでも、最後まで上手く持ち込んでみせるわ」
ローダスに慰められ、シレイアは決意も新たに冷めてきたお茶を一気に飲み落としたのだった。
面会を終えて廊下を歩き出した彼女は人影がないのを幸い、素早く手近な空き教室を見つけて入り込む。そして手早くウイッグを外し、留めておいたおいた髪を流していつも通り一つに束ね直すと、何事もなかったかのように再び廊下に出て歩き出した。するとそれほど歩かないうちに、ローダスと遭遇する。
「ローダス……」
「シレイア? どうした。随分、疲れた顔をしているが」
「疲れもするわよ。ちょっとカフェに付き合ってくれない?」
「それは構わないが……」
常にはない疲労感を漂わせている上、微妙な押しの強さを発揮している幼馴染に逆らう気はなかったローダスは、怪訝な顔になりながらもおとなしくカフェに付き合った。
「例の、アリステア・ヴァン・ミンティアだけど、さっき変装して会ってきたのよ」
カウンターから貰ってきたお茶を一口飲んでから、シレイアは話を切り出した。それを聞いたローダスが、納得しながら問い返す。
「ああ、そうだったのか。それでさすがに緊張したのか? それとも彼女に怪しまれたとか」
「初対面の相手だから変装を疑われるはずはないし、大して緊張はしなかったわ。私が疲れているとしたら、相手のあまりの非常識さと自己肯定感の高さに、精神的疲労を覚えたからよ!」
半ば吐き捨てるように言ってから、シレイアは再びカップを口に運んだ。声は抑えているものの、話題が話題だけに誰か聞き耳を立てている者がいないか、ローダスはさりげなく周囲を確認する。その心配は限りなく低いと判断した彼は、声を顰めながら詳細について尋ねた。
「お前がそこまで言うなんて……。今の台詞で、例の彼女が王太子殿下よりも相当面倒で厄介な人間らしいと言うのが分かった。具体的には?」
そこでシレイアも僅かに身を乗り出しつつ、抑えた口調で話し始める。
「エセリア様を『あの人』呼ばわりしたのは、まだ良いとして……」
「そこでキレて、接触の機会を台無しにしなかったのを、褒めるべきなんだろうな」
「王太子殿下がエセリア様に音楽祭の仕事を丸投げしようとしていることを伝えたら、『婚約者なんだから、グラディクト様の為に働くのは当然』と真顔で断言したのよ」
それを聞いたローダスは、本気で呆れ返った。
「はあ? 一体、どんな子爵令嬢だよ。公爵令嬢を顎でこき使う気満々だなんて」
「それで、エセリア様が既に剣術大会の準備に取り掛かっているので、引き受けられないと断ったのを教えたら、あの女、なんて言ったと思う?」
「それなら仕方がないですね、とか?」
「言うに事欠いて『信じられない ︎ なんて失礼なの ︎ グラディクト様が直々にお願いしたのに、あっさり断るなんて失礼極まりないわ! なんてお気の毒なグラディクト様』とほざきやがったわ。気の毒なのはあんたの頭の中身よと、内心で毒吐いたわよ」
全く取り繕うことなく、シレイアは悪態を吐いた。それを目の当たりにしたローダスは、呆れるのを通り越して感心してしまう。
「なんと言うか……、お前がそこまで言うなんて、想像以上というより想像だにしていなかったタイプだったんだな」
「もう、呆れ果てて何も言いたくなかったけど、適当に丸め込んでしっかり味方認定をさせてきたから」
心底嫌そうに話を締め括ったシレイアを見て、ローダスは苦笑しながら彼女を宥めた。
「お疲れ。だが守備良く、水面下での誘導のとっかかりができて良かったな。今の話を端的に纏めると、彼女は視野が狭くて思い込みが激しくて、扱い方を間違えなければ御し易いというわけだな?」
「そういう事。あの王太子殿下と、ある意味同類ね」
「よく分かった。近いうちに、俺も接触してみるつもりだが、事前に様子が聞けてよかった。仮にもエセリア様を押しのけようと考えるくらいだから、相当強かだったり策謀を巡らすタイプなのかと心配していたんだ。そうだとしたら、かなり厄介だと考えていたからな。だがそれなら、予想より容易くこちらが思う方に誘導できそうだ」
「こういうのも不幸中の幸いって言うのかしら。それにしても、エセリア様のライバルがあんなのだなんて……」
シレイアが渋面になりながら、愚痴っぽく呟いた。ローダスも彼女の言わんとする事は分かっており、ため息交じりに応じる。
「複雑な心境だろうな。ライバルが格下すぎて、勝負にならないのが初めから分かりきっているなんて」
「寧ろ、あの二人が最後までお花畑劇場を演じてくれるのか、もの凄く不安になってきたんだけど」
「もしかしたら……、俺達の手腕の最大の発揮どころは、そこら辺になるのかもしれないな」
ありがたくない未来予想図を提示され、シレイアはガックリと項垂れた。
「聞くんじゃなかった」
「俺達がどの辺りで本領発揮をすることになるかは不明だが、エセリア様の円満な婚約破棄のために、お互い頑張ろう」
「そうね。こうなったらなんとしてでも、最後まで上手く持ち込んでみせるわ」
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