才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(4)絶好の機会

 放課後、予めサビーネが使用許可を取り付けていた教室に、複数の紫蘭会会員が集まった。その日は《欺瞞と真実の狭間で》についての座談会が開催され、エセリアを囲んだシレイアを含む女生徒達は、笑顔で熱い討論を繰り広げていた。

(クレランス学園に入ってなにが一番嬉しかったかといえば、エセリア様を囲んで頻繁に同志の皆と諸々の作品についての話ができることになったことかもしれないわ。入学して、本当に良かった!)
 真剣に意見を述べ合う合間に、シレイアがそんなことをしみじみと考えていると、一人の女生徒が息を切らして室内に駆け込んで来る。

「エセリア様!! 一大事ですわっ!!」
「え? 何事なの?」
「シュザンナ、あなた一体どうしたの?」
「まさか、廊下を走ってきたの? 運悪く、礼儀作法の教授にでも見られたら大変よ?」
「それどころじゃないわ! 許せない、あの恥知らずどもがっ!!」
 憤怒の形相で叫んだ彼女は額に汗を光らせつつ、なんとか息を整える。それを見た周囲は、一瞬顔を見合わせてから動き出した。

「シュザンナ、取り敢えずこの椅子に座って。エセリア様にお話があるのよね?」
「お茶を淹れるわ」
「すぐ飲めるように、冷茶の方が良いわよね」
(シュザンナさんは一つ年上なのを差し引いても、いつも温厚で控え目な人だと思っていたのに、こんなに怒っているなんて何があったのかしら? なんだか、嫌な予感がしてきたわ……)
 シレイアが漠然とした不安を覚える中、幾分冷静さを取り戻したシュザンナが、先程自習室で見聞きした内容を順序立てて語り出した。それを聞いたシレイアは、本気で頭を抱えたくなる。

(信じられない。要は、グラディクト殿下がその女生徒を目立たせるためだけに、学内行事を開催しようと考えていると。馬鹿じゃないかしら。本気でそんな横暴がまかり通ると思っているわけ?)
 呆れてしまったシレイアだったが、自分の考えがまだ甘い代物だったと、すぐに思い知らされることになった。

「シュザンナ。あの二人が新しい企画を催すつもりなのは分かったけれど、どうしてそんなに慌てて知らせに来たの?」
 エセリアの訝しげな問いかけに、シュザンナが再び声を荒らげながら断言する。

「嫌な予感がしてこっそり後をつけてみたら、殿下がすれ違う人にエセリア様の所在を尋ねながら歩いていたからですわ! 絶対に音楽祭とやらの準備を、エセリア様に丸投げするおつもりですわよ!? 私の髪を賭けても宜しいですわ!」
(シュザンナさん、的確な読みと対応です。少なくてもあの殿下より、優秀だと断言できます。……でも比較対象があの殿下だなんて、却ってシュザンナさんに失礼かしら?)
 シレイアが内心で辛辣なことを考えていると、シュザンナの発言により室内の空気が一気に冷え切ったものに変化していた。

「企画を考えるのは勝手ですが、自分でされるのならまだしも……」
「エセリア様を都合の良い駒扱いとは、何様のつもりですの?」
「しかもあの道理を弁えない女に、良い顔をする為とは。以ての外です」
「呆れて物も言えませんわ」
 周囲から怒りを内包した声が湧き起こるのを聞きながら、エセリアは考え込んでいたが、すぐに知らせてくれたシュザンナに礼を述べた。

「良く分かりました。急いで知らせてくれてありがとう。何を言われても、落ち着いて対処ができますわ」
「いえ、これ位何でもありませんので!」
「向こうがその気なら、遠慮は無用ですわね。そう言えば……」
 そこでエセリアは、顔を上気させたシュザンナからシレイアに視線を向けた。

「それではシレイア。ちょうど良いので、例の件をお願いしても良いかしら?」
 エセリアから穏やかに問われ、シレイアは満面の笑みで端的に答える。

「任せて下さい。準備万端、整えてあります」
「頼りにしているわ」
 周囲に人がいるため余計な事は口にできなかったが、シュザンナの話から今現在グラデクトとアリステアが完全に別行動なのが判明しており、シレイアが変装してアリステアに接触する、絶好の機会だった。

(思っていたより早く、チャンスがやって来たわね。いつでも対応できるように、ウイッグやピンや櫛を鞄の中に常備しておいて良かったわ! さあ、練習の成果をアリステアに披露するわよ!!)
 即座に判断したシレイアは、エセリアに向かって力強く頷いてみせてから、鞄を手にして意気揚々と教室を出た。



 エセリアと別れてすぐに無人の空き教室に駆け込んだシレイアは、これまでの練習の成果を十二分に発揮し、ものの数分で髪を纏め上げ、その上からロングボブのウイッグを被った。念のために口元に小さなつけボクロと眼鏡も装着し、小さな手鏡で出来栄えを最終確認する。

(よし、完璧。さあ、自習室に行くわよ!)
 気合みなぎる様子でシレイアは自習室に向かい、その間に何人かの知り合いとすれ違ったが、誰も不審そうな目を向けてこなかった。素知らぬ顔でやり過ごしたシレイアは、自分の変装に対する自信を新たにしつつ、自習室に足を踏み入れる。
 室内には人影が少なく、アリステアに関してなにやら噂をしているらしい者達はいたが、基本的に彼女とは関わり合いにならない方が良いとの風評が既に立ちつつあるらしく、その者達はアリステアを遠巻きにしていた。必然的にアリステアの周囲は無人に等しく、シレイアはそれにも安堵しつつ落ち着き払って声をかける。

「アリステア様、ちょっと宜しいですか?」
「はい、何でしょう?」
「いきなりお声をかけて、失礼します。私はシェルビー男爵家のモナ・ヴァン・シェルビーと申します」
 不思議そうに振り返ったアリステアに、シレイアは堂々と偽名を名乗った。その上でアリステアに対して嘘八百と心にもない美辞麗句を並べ立て、いとも簡単に彼女の信頼を勝ち得たのだった。



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