才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(3)水面下での奮闘

 休日にワーレス商会本店に出向き、ミランと複数人の数人の店員に勧められた物品を確認してきたシレイアは、変装用具として使えそうなものや必要と思われる小物を選び、寮に持ち帰った。
 それから彼女の、毎晩壁に掛けられた鏡を睨みつけながらの奮闘が始まった。

「エセリア様の計画完遂の為には、今後積極的に王太子殿下とあの得体の知れない女生徒に働きかけていく必要が出てくるのよね。エセリア様に『この際、年間総合成績学年一位と二位の聡明なお二方の活躍に、大いに期待させて貰いたいのです』と言っていただいたし、その期待に応えなくてどうするのよ」
 自分自身を鼓舞するように、鏡の中の自分に言い聞かせる。

「私は入学直後からエセリア様のすぐ近くにいたから、さすがに王太子殿下も私をエセリア様の取り巻きだと認識している筈だし……。警戒心を抱かせない別人として接触するのが、最も効果的なのよ。それは分かり切っているわ」
 そこでちょっと溜め息を吐いたシレイアは、長く伸ばしている自身のストレートの髪をひと房摘まみ上げ、愚痴っぽく独り言を続ける。

「印象を変えるには髪型を変えるのが一番だと思うから、ワーレス商会に出向いた時に細々した物と一緒にウイッグを貰って来たけど……。普段は長い髪を束ねているから、どう纏め上げてウイッグを装着するかが問題なのよね。よほど上手くしないと、ウイッグの下に髪が収まらない……」
 かなり困難な問題に直面しているシレイアの思考は、混迷を極めていた。

「難易度で言えば、髪を短く切って普段は長髪のウイッグを付けて、殿下達に接触する時だけウイッグを外せば楽なのよね。でもその場合、四六時中ウイッグを付けていないといけなくなるし、それはちょっと回避したいわ。だけど必要な時にウイッグを付けるのなら、短時間で装着できないといざという時に行動できなくなる可能性もあるし……」
 ブツブツと呟きながら、考え込むこと暫し。しかし考え抜いた末、シレイアはある結論に達した。

「短時間で装着するのが難しい? エセリア様が仰った通り、困難な事だからこそ、成功した時の達成感が格別じゃないの! 絶対にどこでも短時間でこの髪を纏め上げて、ウイッグを装着できるようにしてみせるわ! 絶対にやってやる!!」
 決意も新たに、意気軒昂に叫んだシレイアは、それから毎晩髪の束ね方や纏め方のパターンを何十通りも試し、ウイッグ装着までの時間を極限まで短縮することに血道を上げていくのだった。


 ※※※※


 その後半月ほどをかけ、シレイアはなんとか自分なりに髪の纏め方を確立し、スムーズにウイッグを装着できるようになった。そしてローダスに、さりげなく現状を尋ねてみる。

「ローダス。変装の準備というか、練習はしている?」
 その問いかけに、ローダスは周囲に人影がないのを確認してから少々悩ましげに答える。

「う~ん、この間色々試してはみたが、今一つピンとこなくて。まだ試行錯誤しているところだ」
「確かに男子だと、印象を変えるのは難しいかもね。変に凝ったりすると、違和感が出るかもしれないし」
「そうなんだよな。だが、あまり悠長な事も言っていられないから、そろそろ決めておく」
 どうやら絞り込んではいるらしいローダスが真顔で頷いたのを見て、シレイアはこの間、考えておいたことを伝えた。

「無理に急がなくて良いわよ? 最初は私が接触してみるから」
 それを聞いたローダスが、意外そうな顔になった。

「随分と自信ありげだな。さすがに直に殿下に会ったら、バレるんじゃないか?」
「一応安全策を取って、例のアリステアの方から接触するつもりよ。誘導するにしても、まずこちらを信用して貰わないと話にならないし、どんな方向性にすれば良いのかを確認しないとね」
 シレイアの話を聞いたローダスは、納得して頷く。

「確かに俺達は彼女がどんな人間か、殆ど知らないからな。それに女生徒同士の方が、警戒されにくいだろう。それなら、初動は任せた」
「ええ、報告を楽しみにしていて。『あなた達の忠実な味方です』と、盛大にアピールしてくるわ」
(腕が鳴るわ。あとはどのタイミングで接触するかよね。確実に殿下とアリステアが離れている時に接触したいし)
 真剣に今後の方針について考えを巡らせていたシレイアだったが、そのチャンスは想像していたよりも早く訪れた。



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