才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(2)工作活動本格開始

「まあ、『存在感』ですって? 残念感ではなくて?」
「『敢えてひけらかさない』? そんな能力を隠し持っているなら、今すぐ見せて頂きたいわ」
(これくらい言っても罰は当たらないわよ! 去年一年間で、どれだけエセリア様が迷惑を被ったと思っているのよ! いえ、全然思っていないから、あんなに傍若無人なのでしょうけどね!?)
 シレイアが内心で憤っている間も、アリステアに関する話は進んだ。それを聞いていたエセリアが、グラディクトと彼女が既に日常的に顔を合わせている可能性について言及する。

(確かに、ミラン達の話からすると、エセリア様の推測は当たっている可能性が高いわ。そうなると、どう動くべきなのかしら)
 自身も会話に加わりながら考えを巡らせていたシレイアだったが、ここでエセリアが聞き捨てならない台詞を口にした。

「先程の私の推察通りなら、グラディクト殿下は彼女に好意を持っている筈。そこで私が彼女に嫉妬して、罵倒して暴虐の限りを尽くす事になれば、殿下は私を廃して彼女を婚約者に据える事を考えると思うのです」
(私、エセリア様と比べたら、やっぱり凡人かも……。一体全体、どういう状況下に持ち込めば、そんな事態になるんですか……)
 あっさりととんでもない事を言われてしまい、シレイアは頭を抱えてテーブルに突っ伏したくなったが、それは彼女だけの感想ではなかった。

「あの……、今『暴虐の限りを尽くして』とか仰いましたが、まさかエセリア様が本当に、そんな事をするのですか?」
 恐る恐るといった感じでミランが確認を入れてきたが、エセリアは当然のように否定する。

「いいえ、そんな事をするわけが無いわ。証拠を握られて糾弾されたら、私だけの話ではなく、家の名前にまで傷が付くもの」
「はい?」
「だから殿下がそう思いこむように、そして彼女が被害者であると自作自演するように、こっそり働きかけて裏工作をしていくと言う事よ。ミラン、分かったかしら?」
「またそんな、無茶苦茶な事を……」
 とんでもない内容を聞かされたミランはがっくりと項垂れ、テーブルに両肘を付いて両手で頭を抱えてしまう。そんな彼に、シレイアは(ミラン、あなたの気持ちは分かるわ)と同情の眼差しを送った。

「エセリア嬢。さすがに私も、そのように上手く事を運ぶのは、なかなか難しいかと思いますが」
 その場全員を代表してローダスが意見を述べると、エセリアは真顔で頷き返す。

「確かにそうでしょうね。……ですがローダス、シレイア」
「はい」
「なんでしょうか?」
「難しければ難しい程、成し遂げた時の達成感と喜びが、大きいとは思われませんか? この際、年間総合成績学年一位と二位の聡明なお二方の活躍に、大いに期待させて貰いたいのですが」
(まさか、こうくるとは思っていなかったわ……。確かに、困難さが分かっている分、やりがいはあるわね。それにこんな風に言われてしまったら、できませんなんて言えないじゃない)
 シレイアは何気なく、隣に座っているローダスに目を向けた。対する彼も、シレイアに視線を向けてくる。二人は真顔で見つめ合ってから、不敵に笑い合った。その直後、真顔でエセリアに向き直る。

「分かりました。私達で方策を考えてみましょう」
「幸い対象のお二人は、御し易そうな方ですし。官吏志望としては、腕の見せ所ですわね」
「シレイア……。官吏の仕事は人を操る事では無いぞ?」
「勿論、分かっているわよ。使えない人間を自分の都合の良いように誘導するのは、官吏の仕事そのものでは無く、仕事を円滑に回す為の手段だわ」
「一理あるな。それなら詳しい事は追々詰めるとして、いつでもすぐに動けるように、準備だけはしておこうか」
 二人は軽口を叩き合ってから、自分達がするべき事を冷静に判断し、早速手を打ち始めた。

「ミラン。ワーレス商会で、僕達のウィッグを用立てては貰えないかな?」
「そうね。どうしても直接働きかけなければいけないと思うから、身元がバレないように色々準備しないと。接触する時は変装と偽名使用は必須よね」
「それならウィッグの他に、付けぼくろなんかもどうでしょうか?」
 ミランがすかさず提案すると、即座に話が纏まる。

「それは良いかも。効果的に使えば、結構印象が変わるわね」
「他にも君の方で使えそうだと判断した物があれば、準備して欲しい」
「そうですね。制服のタイは所属科や学年で色が異なりますし、そちらも併せて手配しましょう。他にも必要な物があれば、遠慮無く申し出て下さい。すぐに実家から取り寄せます」
 それから今後の方針についてエセリアから改めて話があり、皆揃って真剣な顔でそれに聞き入る。それが一通り終わって解散となったが、シレイアとローダスはその場にミランと残って、次の休日にワーレス商会本店に出向く約束を取り付けた。
 そして具体的にどんな物品が必要かを列記した用紙をミランに渡し、シレイアは自室へと引き上げたのだった。

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