才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(25)シレイアの目標

「先程も言いましたが、エセリア様は尊敬している作家である上に、下手をしたら我が家の責任を追求されるべきところ、寛大にも許してくださったシェーグレン公爵家のご令嬢でもあります。凡人の私ができる事などたかが知れていますが、もしエセリア様から協力を要請されたら、どんな事でも全力でやらせて貰うつもりです。私の次兄が先月クレランス学園を卒業しましたが、その兄から昨年のエセリア様の剣術大会の実行委員会立ち上げから、実際の運営までの一部始終を教えて貰っていました。私も入学していたら、絶対にエセリア様の手足となって駆けずり回ったのにと、昨年一年間、ずっと悔しい思いをしていました」
 いかにも残念そうに語ったカレナを見て、サビーネとシレイアは無言で顔を見合わせて頷き合った。

「カレナさん。あなたの気持ちは、今の一連の話で良く分かったわ」
「そんなあなたを見込んで、エセリア様のために、是非協力して欲しい事があるの。これから話す内容は、他言無用でお願いしたいのだけど」
「なんでしょうか? 勿論、秘密は守ります。話を聞かせてください」
 そこで二人はエセリアが自身の婚約破棄、もっと正確に言えばグラディクト側からの婚約破棄を目論んでいること、表面上は問題が無いように取り繕ってはいるが、二人の関係性が険悪化していることなどを、昨年の出来事を絡めつつ順を追って説明した。
 当初カレナは驚いた顔をしたものの、動揺して騒ぎ立てたり一々問い返したりせず、黙ったまま二人の話に聞き入る。それに安堵しつつ二人は説明を続け、大して時間を要さずに話し終える事ができた。

「そういうわけで、今年も引き続きエセリア様達の婚約破棄を目指して活動していくつもりなのだけど、教養科内での活動をあなたに担って貰えればよいなと考えていたの」
「いきなり突拍子もない話を聞かせてしまってごめんなさい。でも私達もエセリア様も、本気なのは分かって欲しいの」
 二人がそう話を締めくくると、カレナは真顔のまま小さく頷いてから口を開いた。

「分かっております。嘘や冗談で、そんな事を口にするはずはありません。それに率直に意見を言わせていただければ、私はエセリア様の婚約破棄に全面的に賛成します。王太子妃や王妃になったりしたらどう考えても執筆活動に差し障りがあるのに加え、目撃したのは数少ないながら、王太子殿下のエセリア様に対しての傍若無人なお振舞いは、とても容認できないと思っておりました。ですからエセリア様のご意向をできるだけ尊重し、その実現に向けて全力でサポートさせていただきます。私を信用していただけませんか?」
 その真摯な訴えに、シレイアとサビーネは揃って笑顔で答える。

「カレナさん、分かったわ」
「こちらこそよろしくね」
「はい、それでは早速一つお願いが。私の方が一つ学年が下ですから、私のことはカレナと呼び捨てで構いません。お二人のことは、サビーネさんとシレイアさんと呼ばせていただきますので」
「分かったわ、カレナ。改めて、これからよろしく」
「色々大変だと思うけど、頑張りましょうね」
「はい! エセリア様のために頑張ります!」
 そこで話は纏まり、三人は笑顔で交互に握手を交わして計画の成功を誓い合った。




「カレナが味方になってくれたのは嬉しいけど、なんだか物騒な話まで聞いてしまったわね。カレナは話の裏まで読めていなかったようだけど、あの話を聞く限り、ワーレス商会とシェーグレン公爵家というか、ナジェーク様が諸々に関わっている感じがして仕方がないのよね」
 カレナの全面的な協力を得て、シレイアは満足しながら家路についた。しかし歩き出しながら、先程聞いたソラティア領での事件について考え込んでしまう。ブツブツと呟きながら歩いていたせいで、注意力散漫になっていたシレイアは、曲がり角から出て来た人物と出合い頭にぶつかりかけた。

「うおっと、危ない。あれ? シレイア?」
「あ、ごめんなさい。ぼんやりしていたわ。久しぶりね、レスター。元気にしていた?」
 素早く自分の肩を掴んで衝突を回避してくれた相手を見て、シレイアは一瞬驚き、すぐに謝罪と挨拶をした。すると久しぶりに再会したレスターはなんでもない事のように笑ってから、褒め言葉を口にする。

「相変わらずだな。俺は頑丈なのが取り柄だし。シレイアはクレランス学園で頑張っているそうだな。試験は毎回、ローダスと学年1位2位を争っているとか。剣術大会の実行委員会でも、率先して働いていたんだって? ナジェーク様が『細かいところにまでよく気がつく優秀な生徒だ』とすごく褒めていたからな。シレイアとは同じ修学場出身ってだけだが、俺まで嬉しくなった」
 そんな風に手放しで褒められて、さすがにシレイアは照れくさくなりながら応じた。

「それは恐縮だわ。本当に凄いのは、ナジェーク様の方だと思うけどね。貴族科に所属していながら、官吏登用試験にしっかり受かってしまったし。家柄と金銭で通して貰ったんだろうと陰口を叩く馬鹿な人間もいるけど、少しでもナジェーク様の近くで実際の様子を見たことがあれば、そんな事は言えないはずよ」
「その通りだ。シレイアが分かってくれていて、凄く嬉しいぞ。ところでぼんやりして、どうしたんだ? 勉強が大変でも、睡眠時間はきちんと取らないと駄目だぞ?」
 真顔でそんな心配をされてしまったシレイアは、慌てて首を振る。

「ううん、そうじゃないのよ。ちょっと歩きながら考え事をしていただけだから、大丈夫。体調は万全だから」
「それなら良かった。それじゃあな」
「あ、レスター。ちょっと待って」
「うん? どうかしたのか?」
 踵を返して歩き始めたレスターを、シレイアは反射的に呼び止めた。そして何気なく振り返って尋ねてきた彼に、さりげなく尋ねてみる。

「グレナダ商会の例の件って、ナジェーク様が関わっているのよね?」
 その問いかけにレスターは軽く首を傾げながら、平然と言葉を返した。

「はあ? 何を言っているんだ、シレイア。ナジェーク様が関わっているわけないだろうが」
「それはそうよね」
「ああ、当たり前」
「とか言うとでも、本気で思ってるわけ? 甘いわよ、レスター」
「……え?」
 シレイアが軽く睨みつけながら反論してきたことで、レスターは言葉につまって顔を強張らせた。その反応を見たシレイアは、困ったものだと言わんばかりに深い溜め息を吐いてから、動揺している彼に対して冷静に指摘する。

「微塵も動揺せずにしらを切ったのは良かったけど、台詞が駄目だったわね。グレナダ商会のような三流商会がシェーグレン公爵家に出入りしている筈がないから、当然あなたのような使用人が関わる筈もない。……何か特に、その商会に関して仕事を言い付けられていれば、話は別だけど」
「…………」
「百歩譲って、グレナダ商会会頭が公爵邸に出向いてきたのを知る機会があったとしても、『例の件って何の事だ?』となるわよね? 本当にレスターに何も関わり合いがなくて、思い当たる事が皆無なら」
「…………」
 ぐうの音も出ず、冷や汗を流しながら押し黙っているレスターが気の毒になってしまったシレイアは、再度溜め息を吐いてから話を終わらせることにした。

「私は今、何も言わなかったし、何も聞かなかったわ。それじゃあ、お仕事頑張ってね」
「……ああ、己の未熟さを再認識できたから、これまで以上に精進する。それじゃあ、また」
 グレナダ商会の廃業に関して、追及も口外もするつもりはないと端的に告げて、シレイアは別れの言葉を口にした。対するレスターも、自分の迂闊さを上に知られる可能性は皆無だと理解し、真顔で彼女に軽く頭を下げてから歩き出す。

「ナジェーク様は、将来優秀な官吏になるわね。私も頑張らないと」
 再び家に向かって歩き出したシレイアは、改めてナジェークの有能さと容赦の無さを思い知ったことで、目標とする官吏の能力を一層高く設定することになった。


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