才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(22)勧誘の目星

 学年末休暇中、ワーレス商会書庫分店の紫の間に出向いたシレイアは、整然と並べられた本を眺めながら、ふと他の事について考え込んでしまった。

(新学期が始まったら官吏科下級学年クラスの所属なのよね。貴族科下級学年クラスのエセリア様と分かれてしまうのは残念だけど、別のクラスになる事で婚約破棄に関して他に働きかけやすいとか、動きやすい面はあるかもね。ローダスもこちら側に引き込めたし、ここは前向きに考えよう)
 気になったタイトルの本を取り出しては棚に戻す行為を繰り返しながら、シレイアは無言で考えを巡らせる。

(それにしても……。エセリア様の婚約破棄の意向を知っているのは、今のところ学園内では私とサビーネとローダスよね? ナジェーク様とイズファイン様もご存知だとサビーネから聞いていたけど二人は卒業してしまったし、私達は全員同学年だもの。他の学年にも協力者を確保した方が活動し易いと思うけど、誰彼構わずに打ち明ける真似はできないし、どうしたものかしら?)
 考え込んでいるうちに立ち止まってしまったシレイアだったが、そんな彼女に至近距離から明るい声がかけられた。 

「シレイア、こんにちは。本を選んでいるようにも見えないし、難しい顔をしてどうしたの?」
 声がした方を振り返ったシレイアは、そこに友人の姿を認めて笑顔で言葉を返す。

「あ、サビーネ。ここで会えるなんて奇遇ね。ちょっと考え事をしていたの。……例の件で」
 端的に告げたシレイアだったが、サビーネは彼女の口調と声音で言わんとすることを察し、平然と応じた。

「ああ……、例の件ね。ちなみに、どんな内容?」
「例の件推進に向けての賛同者というか活動者だけど、ローダスが参加するのはエセリア様から聞いている?」
「それはまだ聞いていないわ。でもそれって本当?」
 サビーネは驚いた表情で問い返してきた。シレイアはそれに頷いて話を続ける。

「ええ。何日か前に、本人から直に聞いたの。シェーグレン公爵邸を訪問して本人に申し出たと言っていたから、本気で協力してくれるわよ」
「学年でも成績の1・2位を争っている二人ともが味方に付いてくれるなんて、心強いわね。あ、賛同者と言えば、今年クレランス学園に入学するミラン・ワーレスも、それに全面協力してくれるそうよ。ついさっき寄った本店で顔を合わせた本人から、小声で挨拶されて知ったの」
 そこでシレイアは、困惑しながら問い返した。

「え? ミラン……って、確か、ラミアさんの末の息子さんよね? そういえば……、何かの折にクレランス学園に入学を希望していると、ラミアさんから聞いた気がするけど。本当に官吏か騎士志望なの?」
「それがそうではないらしいの。単に商売に繋がる人脈作りの一環として、クレランス学園に入学するんですって。ワーレス商会が今以上の発展を見込むためには、貴族階級との取引を増やす必要があるからってことらしいの。それでも入学選抜試験を受けて、しっかり受かってしまうのだから凄いわよね」
 苦笑しながらサビーネが説明し、それを聞いたシレイアは呆気に取られる。

「さすがはワーレス商会会頭子息と言うべきなのかしら。才能の無駄遣いにも思えるけど」
「本当ね。真剣に官吏を目指して勉強して、選抜試験に落ちた人の立場がないわ」
「でもサビーネ。そんな人脈作りの為だけに入学する生徒に負けるくらいなら、官吏としてやっていけないと思うわ。学園に入学できても、官吏の登用試験は別にあるのだし」
「辛辣だけど、一理あるわね」
 そこで真顔で頷き合ってから、シレイアは脱線した話を元に戻した。

「それで例の件だけど、エセリア様に加えて賛同者の私達3人は、全員専科下級学年。今年入学のミランは教養科としても、もう少し専科上級学年や教養科に協力者を増やせないかと考えていたのよ。その方が色々やり易いと思うから」
「言われてみれば、確かにその通りね……」
 話を聞いたサビーネは、難しい顔で考え込んだ。しかしすぐに明るい表情で、シレイアに提案する。

「あ、そうだわ! カレナはどうかしら?」
 その名前を聞いたシレイアは、一瞬考え込んで確認を入れた。

「カレナ? ええと……、それはもしかして紫蘭会の会合で時々見かける、カレナ・ヴァン・ソラテイアさんの事かしら?」
「そう! そのカレナよ。彼女のエセリア様への崇拝度は凄いから秘密は厳守してくれるだろうし、素直で良い子の上、なかなか活動的なの。それに最近、偶々某侯爵家の催し物で見かけたけど、居合わせたエセリア様と王太子殿下の様子を見て、他の人には分からない程度に殿下に冷め切った目を向けていたのが印象的だったわ」
 自信満々に告げる友人を見て、シレイアもそれなら有望かと判断する。

「なるほど……。それなら条件的には問題ないし、サビーネの判断なら間違いなさそうね。どう? 諸々を打ち明けて、こちらに引き込んでみる?」
「大丈夫だとは思うけど、一応エセリア様に、協力者を増やしても構わないか確認してからにしようと思うの」
 その申し出に、シレイアは同意した。

「その方が良いわね。それなら近々カレナさんが参加する、紫蘭会の座談会や交流会がないかどうかラミアさんに聞いてみるわ。その時に店舗内の空き部屋を借りられれば、そこで突っ込んだ話ができるでしょう?」
「そうね。彼女はこれまで私達と個別に関わりはなかったし、うちの屋敷にいきなり呼びつけたりしたら何事かと思われそうだもの」
「じゃあ、それで決まりね。早速ラミアさんにお願いに行きましょうか。今日はこっちの店にいるのか知っている?」
「さっきいるのを見かけたから、奥にいると思うわ。店員さんを捕まえて聞きましょう」
 そこで話が纏まり、二人は店員を探しに書架を離れた。


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