才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(2)学生の心得

「良く考えてみて。平民と貴族が建前上平等に学べるのは、この学園在学中の三年間。貴族相手に人脈を広げられる、貴重な期間なのよ?」
「ええ、それは認識しているけど……」
「シレイア。今、貴族相手に人脈を広げても、官吏としての仕事にはたいして関係ないとか思ったでしょう?」
「……少しは」
「正直ね。でもそれはある意味正解で、ある意味不正解だと思うわ」
「どういうこと?」
 おかしそうに小さく笑ったサビーネに、シレイアは怪訝な顔で応じた。するとサビーネは顔つきを改めて話を続ける。

「官吏希望者は平民だけではないのよ。家督を継げない貴族の次男三男で能力のある人は自力で、能力がない人はコネで官吏就任をめざす人は多いわ。現にシェーグレン公爵家の嫡男で今年貴族科上級学年のナジェーク様は、官吏登用試験を受けるつもりよ」
 それを聞いた途端、シレイアの周囲から驚愕の叫ぶ声が上がった。

「えぇえっ!?」
「なんでれっきとした公爵家の嫡男が!!」
「普通、官吏になんてならないだろ!?」
「だってナジェーク様って、れっきとした公爵家の後継者よね!? 自分の領地の経営や管理はどうなるのよ!?」
 周囲は勿論、シレイアは仰天して語気強くサビーネに詰め寄った。しかしその問いに、サビーネがあっさりと答える。

「まだ現公爵がお若いし、領地に信頼のおける行政官を派遣すれば問題ないだろうと、本人の意向と裁量に任されているそうよ」
「さすが、あのエセリア様がおられる公爵家と言うべきか……、豪胆よね」
 唖然としながらシレイアが呟くと、サビーネは苦笑いの表情で続けた。

「話を戻すわね。それで官吏の中には貴族の方も結構存在するし、最上位の大臣に任命されるのは官吏からのたたき上げの方は稀で、どうしても貴族の名家出身の方や陛下からの信任が厚い方になるわ」
「それは……、どうしてもそうなるのじゃない?」
「だから、貴族の家系や人脈なんて見ただけではどこにどう繋がっているから分からないから、将来官吏になってから少しでも仕事を円滑に回すことができるように、ツテやコネに繋がるかもしれない交流を学園在学中に少しでも構築しておくのよ」
「ええと……、貴族出身の生徒相手に?」
「そうよ。それに、仕事上のメリットだけじゃないわよ?」
「他にも何かあるの?」
 一応、それなりに理屈は通っていると感じながらも、シレイアはまだ何となく釈然としない気分になった。するとサビーネが、予想外の事を言い出す。

「官吏の方は平民出身が多いけど、実は貴族のご令嬢と結婚したり、それどころか貴族の家に婿入りしている方が、私が知っているだけでも何人も存在しているわ」
「え? そうなの? どうして?」
 初めて聞く話にシレイアは驚いて問い返し、彼女の周囲も黙ったまま聞き耳を立てた。

「だって、ある程度の規模と資産がある上級貴族なら問題ないけれど、色々な事情で余裕がない下級貴族の男爵家や子爵家では、何人も娘がいたら持参金を準備するのも大変という場合もあるのよ。貴族は無試験でこの学園に入学できるけど、それは高額な学費を支払った上での話だし。それが支払えないから、入学できない貴族の人がいるもの」
「それは知らなかったわ……」
「娘に箔をつける為に入学させることができても、目ぼしい貴族の相手との縁談が調わなければ、平民でも将来有望な官吏に娘を託そうと考える親御さんも多いのよ。平民相手なら持参金も少なく済むだろういう、懐具合の計算もあるのでしょうけど」
 そこまで聞いたシレイアは、真顔で考え込んだ。

「要するに……、在学中に官吏志望の男子生徒と、あまり裕福でない実家の女子生徒の間に面識があれば、とんとん拍子に縁談とかも纏まりやすいのね?」
「そういうこと。自分のぐうたら息子に見切りをつけて廃嫡し、家と娘をしっかり守ってくれそうな優秀な官吏を婿にして跡取りにした方が、将来安泰ってわけ」
「はぁ……、なんと言うか、世知辛いわね」
 ここでサビーネは、すっかり微妙な顔になってしまったシレイアから、周囲のローダス達に視線を向けた。

「ですから、皆様は平民ではありますが、難関の選抜試験を潜り抜けた将来有望な方々です。貴族の方々に横柄な態度を取られるかもしれませんが、それにひたすら卑屈になる必要はありません。むしろ家名と血脈しか誇ることがないくだらない連中など、適当にあしらって胸の内で笑い飛ばしていれば宜しいのです。そして躊躇わずに貴族の中に分け入って、真の理解者と友を求めるべきです。それがあなた方の明るい未来に、絶対に繋がりますから!」
 そうサビーネが断言すると、ローダス達は笑顔で言葉を返した。

「分かりました、サビーネ嬢。薫陶、ありがとうございます」
「そんなふうに言って貰えて、胸のつかえが取れました。貴族に交ざって授業を受けるなんてできるだろうかなんて、つまらない事で悩んでいたので」
「そうですね。相手も同じ生徒。たとえ貴族でも、全員が全員同じ考えではありませんよね」
「勿論、相手を不快にさせたり無礼な振る舞いをするつもりはありませんが、必要以上に委縮したり遠慮しないようにして、積極的に交流していくつもりです」
「そう言っていただけて、私も嬉しいです。皆様、これから頑張ってください。応援しています。……あ、それでお話し中のところ申し訳ないのですが、シレイアを借りて良いでしょうか? 久しぶりに顔を合わせたので、寮の私の部屋で積もる話をしたいので」
 申し訳なさそうに断りを入れてきたサビーネに、彼らは満面の笑みで頷く。

「俺達は構いませんので、どうぞ二人で話に花を咲かせてください」
「それじゃあ、シレイア。またな」
「俺達は、これから校舎の見学に行くから」
「ええ。また今度」
「それじゃあシレイア、行きましょう」
 そこで笑顔で二手に分かれ、シレイアはサビーネと共に雑談をしながら女子寮へと向かった。

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