才媛は一日にして成らず
(18)不吉な訪れ
「ラミアさん。手当をしていただいて、ありがとうございました」
「それは構いませんが、しばらくは気を付けてくださいね?」
「はい。きちんと傷の処置をしていきますので」
店で消毒と薬を塗り、患部を保護して包帯を巻いて貰ったシレイアは、店の外で別れ際に改めてラミアに礼を述べた。念を押してくる彼女に頷いてから、シレイアはサビーネに向き直る。
「サビーネ、今日は心配かけてしまってごめんなさい」
「それは良いけど、ちょうど迎えの馬車が来ているから、家まで送っていきましょうか?」
「大丈夫。馬車で送ってもらったりしたら、何事かと余計に心配されそうだから」
「そう? それなら気をつけてね」
心配そうなサビーネの申し出を丁重に断り、シレイアは二人に見送られてワーレス商会書庫分店を後にした。
(レスターの事が心配だけど、とにかく一度家に帰らないと。それに、レスターの家族に何をどう説明するべきか、考えをまとめたいし)
ラミアとサビーネを余計に心配させないよう当初はゆっくり歩いていたものの、シレイアは次第に早足になっていた。家に着く頃には駆け足になっており、帰宅の挨拶と共に玄関に駆け込む。
「ただいま!」
「お帰りなさい、シレイア。まあ! その手はどうしたの!?」
居間で出迎えたステラが、娘の左手に巻かれた包帯を見て瞬時に顔色を変えた。余計な騒ぎにしたくなかったシレイアは、慌てて母を宥める。
「帰り道で転んで、ちょっと石畳で擦りむいちゃったのよ。ワーレス商会書庫分店の近くだったから、ラミアさんに手当してもらったの。傷はひどくないけど、念のためにって」
それを聞いたステラは、安堵の表情になった。
「そうだったの。近々お店に行く予定だったから、その時にお礼を言うことにするわ。気を付けなさいね?」
「うん、気をつけるから。ところでお母さん、ちょっと急用があるから出かけてくるね」
「え? もうすぐ夕食にするけど」
「本当にすぐだから! エマの所に行って、用事を済ませたら暗くなる前に戻るし!」
ステラが微妙に咎める表情と口調になったことで、シレイアは慌てて弁解した。そこで顔見知りであるエマの名を聞いたステラは、考え込みながら確認を入れる。
「ああ、あの子の所ね。明日修学場で必要な物の受け渡しか、何かの相談なの?」
「そんなところ。本当に急用で!」
「分かったわ。早く戻るのよ?」
「うん! 行ってきます!」
切羽詰まった表情の娘に、ステラは(仕方がないわね)という表情で了承した。それでシレイアは、慌ただしく断りを入れてから家を飛び出す。
(レスターの家は知らないけど、エマなら生まれた時からの付き合いで近所って言ってたから、当然家も知っているわよね? レスターが帰ってこないって家族が騒ぎ出す前に、なんとか穏便に済むように話をしておかないと。とはいっても、何をどう言えばよいのか、正直まだ迷っているけど)
何回か訪ねたことがあるエマの家は、主に職人達が集まっているグラン通りにあり、シレイアはその通りに駆け込んだ。すると何人かの大人が何やら大声で話しながら、シレイアを追い越して駆け去って行く。
「おい、こっちだ!」
「本当にそんな馬車が?」
(なんだろう? 妙に騒がしいけど、何かお祭りとかじゃないわよね?)
不思議に思いながらもシレイアは通りを駆け抜け、エマの家に到着した。そして息を整えてから、玄関のドアに付いているドアノッカーに手を伸ばしたところで、ドアが勢いよく内側から押し開かれる。
「うきゃあ!」
「えぇ? ごめん、誰!?」
シレイアは反射的に両手でドアを押さえ、それが顔面に激突するのを避けた。まさかドアの外に人がいるとは思っていなかったらしいエマが、その陰から現れて驚いた顔になる。
「エマ? 慌ててどうしたの?」
「シレイア? そっちこそ、どうしてここに?」
「あ、えっと……、エマにちょっと用事があったんだけど、今、忙しそうね」
本当であれば付き添って貰いたかったが、レスターの家の場所だけ教えて貰えないだろうかとシレイアが考えていると、エマは何とも言えない表情で事情を説明した。
「忙しいわけじゃないんだけど、ちょっとした事件なのよ。ついさっき、すぐそこの家に、貴族の立派な馬車が停まったらしいの。何の用事で来たのか分からないけど、近所の人が知らせてきたから見物に行こうと思って」
その説明を聞いた瞬間、シレイアは激しく嫌な予感を覚えた。
「『すぐそこの家』って……。まさか、レスターの家のことじゃないわよね!?」
「え? ええ、そうだけど……。良く分かったわね。どうして?」
呆気に取られた表情のエマを見てシレイアは我に返り、言葉を濁しながら応じる。
「あ、その……、エマとレスターは家が近くて幼なじみって言っていたから、もしかしたらと思っただけなんだけど……」
「そうなんだ。それで、うちに来た用件は何?」
真顔で問われて進退窮まったシレイアは、苦し紛れに促す。
「ええと、先にレスターの家に行って良いわよ? 私も何が起こっているのか、ちょっと興味があるし」
「そう? じゃあ一緒に行きましょう。こっちよ、付いてきて」
そこでエマの案内に従って、シレイアは通りを歩き出した。
(書庫分店で手当してもらって家に帰って荷物を置いてきたから、確かにその分、時間は経過しているけど……。向こうだって、馬車でお屋敷まで戻っているのよね? 幾らなんでも、手配が早すぎじゃないの!? さすが公爵家と言うべきなのかしら?)
予想以上に早すぎる展開に、シレイアはシェーグレン公爵家とそのご令嬢達への畏怖の念を新たにしていた。
「それは構いませんが、しばらくは気を付けてくださいね?」
「はい。きちんと傷の処置をしていきますので」
店で消毒と薬を塗り、患部を保護して包帯を巻いて貰ったシレイアは、店の外で別れ際に改めてラミアに礼を述べた。念を押してくる彼女に頷いてから、シレイアはサビーネに向き直る。
「サビーネ、今日は心配かけてしまってごめんなさい」
「それは良いけど、ちょうど迎えの馬車が来ているから、家まで送っていきましょうか?」
「大丈夫。馬車で送ってもらったりしたら、何事かと余計に心配されそうだから」
「そう? それなら気をつけてね」
心配そうなサビーネの申し出を丁重に断り、シレイアは二人に見送られてワーレス商会書庫分店を後にした。
(レスターの事が心配だけど、とにかく一度家に帰らないと。それに、レスターの家族に何をどう説明するべきか、考えをまとめたいし)
ラミアとサビーネを余計に心配させないよう当初はゆっくり歩いていたものの、シレイアは次第に早足になっていた。家に着く頃には駆け足になっており、帰宅の挨拶と共に玄関に駆け込む。
「ただいま!」
「お帰りなさい、シレイア。まあ! その手はどうしたの!?」
居間で出迎えたステラが、娘の左手に巻かれた包帯を見て瞬時に顔色を変えた。余計な騒ぎにしたくなかったシレイアは、慌てて母を宥める。
「帰り道で転んで、ちょっと石畳で擦りむいちゃったのよ。ワーレス商会書庫分店の近くだったから、ラミアさんに手当してもらったの。傷はひどくないけど、念のためにって」
それを聞いたステラは、安堵の表情になった。
「そうだったの。近々お店に行く予定だったから、その時にお礼を言うことにするわ。気を付けなさいね?」
「うん、気をつけるから。ところでお母さん、ちょっと急用があるから出かけてくるね」
「え? もうすぐ夕食にするけど」
「本当にすぐだから! エマの所に行って、用事を済ませたら暗くなる前に戻るし!」
ステラが微妙に咎める表情と口調になったことで、シレイアは慌てて弁解した。そこで顔見知りであるエマの名を聞いたステラは、考え込みながら確認を入れる。
「ああ、あの子の所ね。明日修学場で必要な物の受け渡しか、何かの相談なの?」
「そんなところ。本当に急用で!」
「分かったわ。早く戻るのよ?」
「うん! 行ってきます!」
切羽詰まった表情の娘に、ステラは(仕方がないわね)という表情で了承した。それでシレイアは、慌ただしく断りを入れてから家を飛び出す。
(レスターの家は知らないけど、エマなら生まれた時からの付き合いで近所って言ってたから、当然家も知っているわよね? レスターが帰ってこないって家族が騒ぎ出す前に、なんとか穏便に済むように話をしておかないと。とはいっても、何をどう言えばよいのか、正直まだ迷っているけど)
何回か訪ねたことがあるエマの家は、主に職人達が集まっているグラン通りにあり、シレイアはその通りに駆け込んだ。すると何人かの大人が何やら大声で話しながら、シレイアを追い越して駆け去って行く。
「おい、こっちだ!」
「本当にそんな馬車が?」
(なんだろう? 妙に騒がしいけど、何かお祭りとかじゃないわよね?)
不思議に思いながらもシレイアは通りを駆け抜け、エマの家に到着した。そして息を整えてから、玄関のドアに付いているドアノッカーに手を伸ばしたところで、ドアが勢いよく内側から押し開かれる。
「うきゃあ!」
「えぇ? ごめん、誰!?」
シレイアは反射的に両手でドアを押さえ、それが顔面に激突するのを避けた。まさかドアの外に人がいるとは思っていなかったらしいエマが、その陰から現れて驚いた顔になる。
「エマ? 慌ててどうしたの?」
「シレイア? そっちこそ、どうしてここに?」
「あ、えっと……、エマにちょっと用事があったんだけど、今、忙しそうね」
本当であれば付き添って貰いたかったが、レスターの家の場所だけ教えて貰えないだろうかとシレイアが考えていると、エマは何とも言えない表情で事情を説明した。
「忙しいわけじゃないんだけど、ちょっとした事件なのよ。ついさっき、すぐそこの家に、貴族の立派な馬車が停まったらしいの。何の用事で来たのか分からないけど、近所の人が知らせてきたから見物に行こうと思って」
その説明を聞いた瞬間、シレイアは激しく嫌な予感を覚えた。
「『すぐそこの家』って……。まさか、レスターの家のことじゃないわよね!?」
「え? ええ、そうだけど……。良く分かったわね。どうして?」
呆気に取られた表情のエマを見てシレイアは我に返り、言葉を濁しながら応じる。
「あ、その……、エマとレスターは家が近くて幼なじみって言っていたから、もしかしたらと思っただけなんだけど……」
「そうなんだ。それで、うちに来た用件は何?」
真顔で問われて進退窮まったシレイアは、苦し紛れに促す。
「ええと、先にレスターの家に行って良いわよ? 私も何が起こっているのか、ちょっと興味があるし」
「そう? じゃあ一緒に行きましょう。こっちよ、付いてきて」
そこでエマの案内に従って、シレイアは通りを歩き出した。
(書庫分店で手当してもらって家に帰って荷物を置いてきたから、確かにその分、時間は経過しているけど……。向こうだって、馬車でお屋敷まで戻っているのよね? 幾らなんでも、手配が早すぎじゃないの!? さすが公爵家と言うべきなのかしら?)
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