才媛は一日にして成らず
(10)策士シレイア
紫蘭会の座談会から、半月ほど経過したある日。シレイアは紫の間に入るなり、友人に声をかけられた。
「シレイア、こんにちは」
「サビーネ、あなたも来ていたのね」
「あの座談会以来じゃない? 元気にしていた?」
「勿論よ。不安事項が軽減したし」
楽しげに会話している二人を目にして、ラミアが歩み寄って来る。
「お二人ともいらっしゃい」
「お邪魔しています」
「今、シレイアと話していたのですが、例の《不良狸のいぶり出し》はその後どうなっていますか?」
「それでは、こちらへどうぞ。不用意に、他の方の耳に入れたくはありませんので」
ラミアに促されたシレイアとサビーネは、紫の間の更に奥にある一室に案内され、三人でテーブルを囲んだ。
「二人とも、例の調査の進捗状況を知りたいのでしょう?」
「はい、できれば」
「でも、無理にはお聞きしませんが」
「話せる範囲でお伝えすると、襲撃事件に関与していたと思われる高利貸3名、教会関係者2名、実行犯との仲介者と思われる人物1名を特定済みです」
「え? あれから半月程でそこまで?」
「教会関係者が2名? あの話を聞いた、ろくでなし司祭だけじゃなかったの?」
サビーネは素直に驚いただけだったが、シレイアは予想以上に国教会の内部に不心得者がいるのが判明して怒りを覚えた。
「取り敢えずここまでは判明したのですが、決定的な証拠を押さえるまでには至っておりません。誰か理由をつけて身柄を拘束しても、それを契機に他の者が証拠隠滅したり口をつぐまれたらおしまいです。この6人以外にも、仲間が存在している可能性もありますし」
「そうですよね……。そうするともう少し徹底的に調べて、一網打尽にしたいわけですね?」
「そうできれば理想的ですが、時間的にあまりそうもいっていられませんよね?」
「そうですね……」
そこでシレイアはぶつぶつと独り言を呟きながら、難しい顔で考え込む。
「できれば一斉に、確実な証拠を押さえる……。元々は繋がりが無い連中の筈だから、利害関係だけで繋がっているにすぎない浅い関係……。これまで互いに連絡を取り合うとか、信頼関係があるかどうか……。教会関係者は以前からの知り合いかもしれないけど、高利貸同士は同業者だし、商売敵でもある……。だったら……、疑心暗鬼に追い込めば……」
「シレイア? どうかしたの?」
サビーネが心配して、シレイアに声をかけた。それを機に顔を上げたシレイアが、ラミアに申し出る。
「ラミアさん。紙とペンを貰えますか?」
「すぐに持ってきます」
ラミアから差し出された紙を目の前に置き、右手にペンを持ちながら、シレイアは確認を入れた。
「ラミアさん、さっきの話では、凄く怪しい人が6人判明しているんですよね?」
「ええ、その通りです」
「それでは、仮にその6人の名前をA、B、C、D、E、Fとします。そしてその6人に、『襲撃が成功して、いよいよ国教会の貸金業務が頓挫しそうだ。前祝いとして祝いの席を設けるから、今夜来てくれ』と祝宴の誘いをかけるんです」
そこまで話を聞いたラミアは、怪訝な顔になった。
「祝宴、ですか? 誰が誰の名前で招待するのですか?」
「AにはBの名前で、BにはCの名前で、CにはDの名前で、DにはEの名前で、EにはFの名前で、FにはAの名前でです」
スラスラと紙に六つの文字を名前を円形に書いたシレイアは、更にその間に一方通行の矢印を書いて一巡させた。それを見て何か察するものがあったラミアは無言になったが、サビーネが当惑した声を上げる。
「はぁ? シレイア、全然意味が分からないんだけど? そんな事をしたら、会場で顔を合わせた人達が、誰が主催者か分からなくて混乱するんじゃない? それに誰がそんな事を企んだのか疑うわよね?」
それを聞いたシレイアは、ニヤリと不敵に笑いながら解説した。
「それが狙い目よ。6人が揃って乾杯の音頭でも取ろうとして、『誰が今日の主宰者だ?』とかで訳が分からなくなって騒いでいるタイミングで近衛騎士団が踏み込んで、『この場に総主教会関係者襲撃事件の首謀者がいると密告があった』と告げて、全員捕縛するのよ。更に6人全員、口裏合わせができないように、個別に隔離して尋問したらどうなるかしら?」
「なるほど……。その6人の参加者は、その場にいない仲間が自分達に罪を全て押し付けるつもりかと疑うわよね!」
「それだけじゃないわ。Aにしてみれば自分に招待状を送った筈のBと、自分が招待状を送ったと主張するFは、それだけで信用できないわけじゃない? 更に『CとDが、お前が事件の首謀者だと白状した』と告げたらどうなるかしら? そこで『有益な情報を一番先に提供した者は、罪一等を減じる』とか囁いたら?」
「もう誰も信じられなくなって、仲間を裏切って我先にと白状しそう! シレイア、貴方は天才よ!!」
嬉々として自分の手を握りつつ褒めたたえてきたサビーネに、シレイアは苦笑を返す。
「本当にそう上手く運ぶかは、タイミングと迅速さにかかっているけど。あとは実際に誰かが情報を吐いたら、他の関係者が証拠隠滅する時間を与えないように、予め関係各所に騎士達を配置しておいて、情報が出たら伝令を出して即座に踏み込む必要があるわね」
シレイアが真顔で告げると、ラミアが頷いて申し出た。
「なるほど……、確かにそうすれば、無駄がありませんね。シレイアさん。実は明日、対策会議の会合がありますので、今の策を提案してみます。細かいところで修正を加えたり、並行して作戦を実行しなくてはいけないかもしれませんが。注意事項や他に提案したいことがあれば、この紙に纏めて書き出して貰えませんか?」
「分かりました。それでは、ちょっと列記してみます」
シレイアはそれから暫くの間上機嫌にペンを走らせ、書き上げた内容についてラミアと真剣に話し合った。
「シレイア、こんにちは」
「サビーネ、あなたも来ていたのね」
「あの座談会以来じゃない? 元気にしていた?」
「勿論よ。不安事項が軽減したし」
楽しげに会話している二人を目にして、ラミアが歩み寄って来る。
「お二人ともいらっしゃい」
「お邪魔しています」
「今、シレイアと話していたのですが、例の《不良狸のいぶり出し》はその後どうなっていますか?」
「それでは、こちらへどうぞ。不用意に、他の方の耳に入れたくはありませんので」
ラミアに促されたシレイアとサビーネは、紫の間の更に奥にある一室に案内され、三人でテーブルを囲んだ。
「二人とも、例の調査の進捗状況を知りたいのでしょう?」
「はい、できれば」
「でも、無理にはお聞きしませんが」
「話せる範囲でお伝えすると、襲撃事件に関与していたと思われる高利貸3名、教会関係者2名、実行犯との仲介者と思われる人物1名を特定済みです」
「え? あれから半月程でそこまで?」
「教会関係者が2名? あの話を聞いた、ろくでなし司祭だけじゃなかったの?」
サビーネは素直に驚いただけだったが、シレイアは予想以上に国教会の内部に不心得者がいるのが判明して怒りを覚えた。
「取り敢えずここまでは判明したのですが、決定的な証拠を押さえるまでには至っておりません。誰か理由をつけて身柄を拘束しても、それを契機に他の者が証拠隠滅したり口をつぐまれたらおしまいです。この6人以外にも、仲間が存在している可能性もありますし」
「そうですよね……。そうするともう少し徹底的に調べて、一網打尽にしたいわけですね?」
「そうできれば理想的ですが、時間的にあまりそうもいっていられませんよね?」
「そうですね……」
そこでシレイアはぶつぶつと独り言を呟きながら、難しい顔で考え込む。
「できれば一斉に、確実な証拠を押さえる……。元々は繋がりが無い連中の筈だから、利害関係だけで繋がっているにすぎない浅い関係……。これまで互いに連絡を取り合うとか、信頼関係があるかどうか……。教会関係者は以前からの知り合いかもしれないけど、高利貸同士は同業者だし、商売敵でもある……。だったら……、疑心暗鬼に追い込めば……」
「シレイア? どうかしたの?」
サビーネが心配して、シレイアに声をかけた。それを機に顔を上げたシレイアが、ラミアに申し出る。
「ラミアさん。紙とペンを貰えますか?」
「すぐに持ってきます」
ラミアから差し出された紙を目の前に置き、右手にペンを持ちながら、シレイアは確認を入れた。
「ラミアさん、さっきの話では、凄く怪しい人が6人判明しているんですよね?」
「ええ、その通りです」
「それでは、仮にその6人の名前をA、B、C、D、E、Fとします。そしてその6人に、『襲撃が成功して、いよいよ国教会の貸金業務が頓挫しそうだ。前祝いとして祝いの席を設けるから、今夜来てくれ』と祝宴の誘いをかけるんです」
そこまで話を聞いたラミアは、怪訝な顔になった。
「祝宴、ですか? 誰が誰の名前で招待するのですか?」
「AにはBの名前で、BにはCの名前で、CにはDの名前で、DにはEの名前で、EにはFの名前で、FにはAの名前でです」
スラスラと紙に六つの文字を名前を円形に書いたシレイアは、更にその間に一方通行の矢印を書いて一巡させた。それを見て何か察するものがあったラミアは無言になったが、サビーネが当惑した声を上げる。
「はぁ? シレイア、全然意味が分からないんだけど? そんな事をしたら、会場で顔を合わせた人達が、誰が主催者か分からなくて混乱するんじゃない? それに誰がそんな事を企んだのか疑うわよね?」
それを聞いたシレイアは、ニヤリと不敵に笑いながら解説した。
「それが狙い目よ。6人が揃って乾杯の音頭でも取ろうとして、『誰が今日の主宰者だ?』とかで訳が分からなくなって騒いでいるタイミングで近衛騎士団が踏み込んで、『この場に総主教会関係者襲撃事件の首謀者がいると密告があった』と告げて、全員捕縛するのよ。更に6人全員、口裏合わせができないように、個別に隔離して尋問したらどうなるかしら?」
「なるほど……。その6人の参加者は、その場にいない仲間が自分達に罪を全て押し付けるつもりかと疑うわよね!」
「それだけじゃないわ。Aにしてみれば自分に招待状を送った筈のBと、自分が招待状を送ったと主張するFは、それだけで信用できないわけじゃない? 更に『CとDが、お前が事件の首謀者だと白状した』と告げたらどうなるかしら? そこで『有益な情報を一番先に提供した者は、罪一等を減じる』とか囁いたら?」
「もう誰も信じられなくなって、仲間を裏切って我先にと白状しそう! シレイア、貴方は天才よ!!」
嬉々として自分の手を握りつつ褒めたたえてきたサビーネに、シレイアは苦笑を返す。
「本当にそう上手く運ぶかは、タイミングと迅速さにかかっているけど。あとは実際に誰かが情報を吐いたら、他の関係者が証拠隠滅する時間を与えないように、予め関係各所に騎士達を配置しておいて、情報が出たら伝令を出して即座に踏み込む必要があるわね」
シレイアが真顔で告げると、ラミアが頷いて申し出た。
「なるほど……、確かにそうすれば、無駄がありませんね。シレイアさん。実は明日、対策会議の会合がありますので、今の策を提案してみます。細かいところで修正を加えたり、並行して作戦を実行しなくてはいけないかもしれませんが。注意事項や他に提案したいことがあれば、この紙に纏めて書き出して貰えませんか?」
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