才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(8)一致団結紫蘭会

「その五日後にお祖母さんが眠るように亡くなって、お葬式やなにやらでしばらくバタバタしていけど、落ち着いてからカルバム大司教様のお宅にニーナさんとガルムさんが出向いたの。式の諸々の手配でかなりお金がかかっている筈だから、少しずつお返しする話をするつもりだったそうよ」
「うちにいらした事も、全然知りませんでした……」
「だけど、大司教様もステラさんも『所定の教会での挙式費用だけ頂ければ問題ない。今回の事は、下部組織の教会の横暴を許してしまった、管理不行き届きの詫びだと思って貰いたい』と頭を下げられて、結婚祝いまで貰って帰ってきたのよ。二人とも凄く恐縮していたし、通りの皆は『さすがに大司教にまでなる方は心構えが違う』と感心しきっていたの。そんな二人がご両親だなんて、シレイアが本当に羨ましいわ」
「ありがとうございます」
 手放しで両親を褒められ、シレイアは嬉しくなりながら頭を下げた。

「そういうわけだから! カルバム大司教様が大変お困りで、それにロペックの野郎が関わっているかもしれないなら、このまま黙って傍観しているわけにはいかないわ! なんとしてでも、あの化けの皮を剥がしてやらないと気がすまないのよ!」
「同感です! そんな不心得者を許しておくなんて、言語道断だわ! シレイアったら、どうして今まで私に打ち明けてくれなかったのよ!」
「え? ええと、サビーネ?」
 力強く訴えたローゼに、ここで唐突にサビーネが同調した。シレイアは呆気に取られたが、そんな彼女にサビーネが語気強く詰め寄る。

「家同士の付き合いで、私の婚約者が近衛騎士団団長の令息に決まった話はしたわよね? 例の襲撃事件は王都の外で起きているけど、近衛騎士団は王都内の安全保持の他にも、王都に通じる街道に関して、隣接する領地の領主と連携して安全を確保する義務があるのよ! しかも事件が起きた場所の領主であるギブリオ伯爵家は、私の母の縁戚でもあるの! リール伯爵家は、十分関係者の類に入るんですからね?」
「そうなの? そこまでは知らなかったわ……」
 憤然としているサビーネの主張に、シレイアは引き気味になった。一方で、コーネリアとラミアが、冷徹な顔を見合わせて物騒な事を囁き合う。

「ラミアさん……」
「はい、コーネリア様」
「エセリアとラミアさんが提案した、貸金業務を潰そうと企む不貞の輩……。これはシェーグレン公爵家とワーレス商会共通の敵と言っても、過言ではありませんよね?」
「手段を選ばす、費用を惜しまず、殲滅するべき敵だと断言できます」
「そうと決まれば……」
「やることは、自ずと決まりますね。まず商会内で王都内の配送や情報収集を担っている部署に、各高利貸の家や店に、不審な人間が出入りしていないか調べさせます」
「私も早速父に話を通して、家臣団の諜報部門を動かして貰います。それに父に主導して貰って、近日中に我が家と近衛騎士団とギブリオ伯爵家合同で、対策会議を開催して貰いましょう。それまでに収集した情報を携えて、ワーレス商会にも参加して貰いたいわ」
「お任せください。必ず出席いたします」
 頷き合った二人は、そこで揃ってローザに顔を向けた。

「ローザさん。その高利貸の所に出入りしている人で、ロペック司祭と同様に定期的に出入りして、顧客ではないと思われる方がいれば、特徴を教えていただきたいの」
「不確実な情報でも良いので、分かりしだいこちらの書庫分店のカウンターに情報をお願いします。内容の精査と裏付けは、こちらでしますから。店のカウンター担当者には申し伝えておきますから。そうですね……、万が一外部に漏れないように、件名としては《不良狸のいぶり出し》とでもしておきましょうか」
「分かりました。逐一、お伝えします。通りの皆にも、声をかけます」
「大勢に動いて貰うのは結構だけど、根掘り葉掘り問い詰めるような事はしないでね?」
「その通りです。観察している相手に怪しまれたら、こちらが探っている事を気取られてしまうかもしれません。あくまでもさりげなく、無理のない範囲でお願いします。急いては事を仕損じると言いますし」
「はい。重々気を付けます。皆にも言い含めておきます」
 三人が今後の方針を話し込んでいると、他の会員達が口々に言い出す。

「コーネリア様! 私達にもできる事はありませんか!?」
「あんな話を聞かされて、黙って何もせずにいるなんてできませんもの!」
 その訴えを聞いたコーネリアが、笑顔で要請した。

「ご協力いただけるなら、皆さんがお住まいの地域の高利貸の所に出入りしている者で、先程のように不審な者や教会関係者がいれば、名前を含めて人相風体をラミアさんにお知らせいただければ凄く助かります。ですが先程も申しましたが、あくまでも相手に悟られない程度に、さりげなくお願いします。それから余計な事は口外しないようにお願いします。国教会、特に総主教会の体面に関わりますので」
「分かりました。あくまでも秘密裏に、さりげなくですね」
「お任せください」
「できるだけお力になりますわ!」
「そうよ! エセリア様やラミアさんのご苦労を無にはできないもの!」
 一気に会員達の士気が上がる中、コーネリアがラミアに依頼する。

「それからラミアさん。申し訳ないけど、急いで手紙を2通書いて貰いたいの」
「手紙ですか? どなたにでしょう?」
「今後、国教会内の関係者を探ったり、場合によっては証拠を押さえたり不届き者を捕らえるために、騎士が国教会に関係する場所に侵入したり騒ぎが起きる可能性もあります。予め、国教会最高位であり、総主教会総責任者であるキリング総大司教には、こちらが内密に動いている事をお知らせしておいた方が良いでしょう」
「その通りですね。予め、内々に筋を通しておくのに越したことはありません。それで、もう1通はどなたに?」
「カルバム大司教様にです。シレイアさんが、国教会内の不祥事を外部に漏らしたと叱責されないように、宥めて貰いたいの。これまで面識のない私が手紙を書いたら、それだけで何事かと思われそうでしょう?」
 それを聞いたラミアは、深く納得して了承した。

「確かにそうですね。私はキリング総大司教様、カルバム大司教様、双方と面識がありますから。それにこの書庫分店責任者としてシレイアさんとも以前から顔見知りですし、それが自然でしょう」
「ええ。それで書庫分店でシレイアさんが仲の良いサビーネさんに、つい心配事を話している所に、本を選びに来た私と付き添ってきたラミアさんが遭遇して、詳しく話をする事態になった、という体裁で。あまり紫の間の事は、公にしたくはありませんもの。ここは私達の、秘密の憩いの場ですものね」
「分かりました。それではシレイアさん。お父様や総大司教様に詳細を尋ねられたら、コーネリア様が仰ったような筋書きでお願いしますね? それから今から急いで手紙を書きますので、帰る時に持っていって下さい。内容が内容なので、キリング総大司教様には確実に手渡しでお願いします」
「はい、必ず今日中に手渡します。ありがとうございます」
 コーネリアとラミアの配慮に深く感謝しながら、シレイアは頭を下げた。続けて、周囲の皆にも頭を下げる。

「皆さん、色々とご面倒をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
「大丈夫よ。任せて頂戴!」
「皆、頑張りましょうね!」
(一気に話が大きくなってしまって驚いたけど、味方が増えて凄く嬉しい。本当に、なんとか上手く解決できるかもしれないわ)
 盛り上がる会員達を眺めながら、シレイア少し前とは比べ物にならないくらい気持ちが軽くなっているのを感じた。それからは通常の座談会に戻り、シレイアも作品の感想を熱く語って楽しいひと時を過ごすことができた。


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