才媛は一日にして成らず
(6)僅かな鬱屈
「それでは、これからこの修学場で、どのような勉強をするのか説明します。ここでは朝からお昼までの時間を使って、色々な勉強をします。読み書きは私が担当しますが、計算や歴史や地理、マナーなどは、それが得意な他の担当者が教えることになります」
「先生。俺は読み書きと計算ができればいいんだけど。歴史とかは必要ないよな?」
話の途中で異議を唱えたレスターに、シレイアは内心でうんざりした。しかしマルケスは笑顔で応じる。
「普通の生活では歴史の知識を使う機会はないかもしれないが、未来を想像して創造するためには、過去を知ってそこから学ぶことが必要だよ?」
「意味が分からない」
「うん、ここは分からない事を勉強する所だからね?」
「…………」
レスターは反論したが、マルケスは笑顔で言い聞かせた。そこで室内に笑いを堪える空気が満ち、レスターが押し黙る。それを確認したマルケスが話を続けた。
「今日から六年間、君達が十二歳になるまで授業を続けます。その後は希望者が給費生になって更に三年間勉強して、クレランス学園の入学選抜試験に備えます。今年入った君達の中から、そこまで頑張れる子が出てくるか、楽しみにしているよ」
(あれ? 給費生って何? それにクレランス学園って……、確かウィルス兄さんが行きたいって言ってた所だよね?)
シレイアは疑問に思ったものの、他の子供達がおとなしくマルケスの説明に聞き入っているため、質問するのを躊躇って最後まで発言しなかった。
その日シレイアは帰宅してから、昼食時にステラと給仕をしてくれたメルダに修学場の様子を語って聞かせた。すると案の定、忠義心の強いメルダが盛大に腹を立てる。
「まあぁ! なんて生意気な子供でしょう! それにお嬢様にそんな失礼な事を言うだなんて! 奥様、今からでも遅くはありませんわ! お嬢様の修学場通いを、即刻止めるべきです!」
「メルダ、落ち着いて! ちゃんと謝ってもらったし、私は気にしてないから!」
「そうねぇ……、ちゃんと謝ってくれたみたいだし、シレイアが怪我をしたわけではないし、大丈夫ではないかしら」
「そんな、のんきな事を仰っている場合ですか!?」
それから激高しているメルダを二人がかりでなんとか宥めてから、シレイアは気になっていた事を母に尋ねた。
「お母さん、今日先生が給費生の事を言ってたけど、何の事か聞きそびれちゃって。クレランス学園はウィルス兄さんが入学を希望してる、官吏になるための学校の事よね?」
「それは、修学場に六年間通った後の話で聞いたのね?」
「うん」
シレイアが素直に頷くと、ステラは真顔で説明を始めた。
「基本的に修学場で六年間学んだ後、子供達は各自働くの。どこかの店舗に雇われたり、工房に修行に入ったり、家業を手伝ったりするのだけど……。修学場にいる間の成績が優秀な子供は、更に三年間在籍させて貰えるのよ」
「え? どうして?」
寝耳に水の話だったシレイアは、困惑しながら問い返した。それにステラが冷静に答える。
「優れた官吏や騎士を育成するのは、国教会のみならず国全体の利益に繋がるという考え方から、クレランス学園の入学選抜試験に向けての勉強や訓練を受けさせて貰えるのよ」
「そうなんだ……」
「それに、その間働かない分の生活費として、人一人が十分に生活できるだけの金額を国教会が生徒に支払うの。だから家族に気兼ねなく、生徒は勉強に集中できるのよ」
「凄いね! 全然知らなかった! そんな事もしていたのね」
心底感心した風情で声を上げた娘に微笑みながら、ステラは話を続けた。
「シレイアには関係ないから、こういう話はしたことがなかったわね。因みに、万が一選抜試験に落ちても、国教会がその生徒の就職先を紹介してあげているわ。だから修学場に通う生徒の中には、給費生になるのを切望している子もいるの。もしかしたらシレイアに絡んだ子も、そうかもしれないわね」
「え? 給費生の話と今日の喧嘩が、どうして関係しているの?」
「シレイアやローダスみたいに元々生活に余裕があって基礎学力がある生徒がいると、自分が給費生に選ばれる確率が低くなると考えているのかもね」
「そんな事を言われても……」
全く予想していなかった事を告げられて、シレイアは本気で困惑した。そこでメルダが、再度怒りの声を上げる。
「それじゃあ、単なる逆恨みと邪推ではありませんか! 第一、お嬢様に負けるくらいなら、官吏などになれる筈がございませんよ! やっぱりろくでもありませんね!」
「メルダ、だから落ち着きましょうね」
そこで大人二人がやり取りをしている間、シレイアは真顔で考え込んでいたが、少ししてから問いを発した。
「お母さん。じゃあ私も修学場を出たら、どこかで働くの?」
それを聞いたステラとメルダは瞬時に論争を止め、シレイアに向き直った。そしてステラは慎重に、メルダはあっさりとシレイアの問いに答える。
「そうね……、シレイアがやりたい仕事があれば働いてみて構わないから、ゆっくり考えればよいわ」
「お嬢様がわざわざ働きに出る必要はございませんでしょう。家の事を満遍なくこなせるようにしておいて、良いお家にお嫁にいけばよろしいのですから」
「……ふぅん? うん、分かったわ」
二人から真逆の事を言われたものの、取り敢えず急いで決めなくても良いらしいと判断したシレイアは、素直に頷いてその話を終わりにした。しかし女は司教にはなれないと言われた時と同様の納得しかねる思いが、彼女の心の中に少しづつ積み重なっていた。
「先生。俺は読み書きと計算ができればいいんだけど。歴史とかは必要ないよな?」
話の途中で異議を唱えたレスターに、シレイアは内心でうんざりした。しかしマルケスは笑顔で応じる。
「普通の生活では歴史の知識を使う機会はないかもしれないが、未来を想像して創造するためには、過去を知ってそこから学ぶことが必要だよ?」
「意味が分からない」
「うん、ここは分からない事を勉強する所だからね?」
「…………」
レスターは反論したが、マルケスは笑顔で言い聞かせた。そこで室内に笑いを堪える空気が満ち、レスターが押し黙る。それを確認したマルケスが話を続けた。
「今日から六年間、君達が十二歳になるまで授業を続けます。その後は希望者が給費生になって更に三年間勉強して、クレランス学園の入学選抜試験に備えます。今年入った君達の中から、そこまで頑張れる子が出てくるか、楽しみにしているよ」
(あれ? 給費生って何? それにクレランス学園って……、確かウィルス兄さんが行きたいって言ってた所だよね?)
シレイアは疑問に思ったものの、他の子供達がおとなしくマルケスの説明に聞き入っているため、質問するのを躊躇って最後まで発言しなかった。
その日シレイアは帰宅してから、昼食時にステラと給仕をしてくれたメルダに修学場の様子を語って聞かせた。すると案の定、忠義心の強いメルダが盛大に腹を立てる。
「まあぁ! なんて生意気な子供でしょう! それにお嬢様にそんな失礼な事を言うだなんて! 奥様、今からでも遅くはありませんわ! お嬢様の修学場通いを、即刻止めるべきです!」
「メルダ、落ち着いて! ちゃんと謝ってもらったし、私は気にしてないから!」
「そうねぇ……、ちゃんと謝ってくれたみたいだし、シレイアが怪我をしたわけではないし、大丈夫ではないかしら」
「そんな、のんきな事を仰っている場合ですか!?」
それから激高しているメルダを二人がかりでなんとか宥めてから、シレイアは気になっていた事を母に尋ねた。
「お母さん、今日先生が給費生の事を言ってたけど、何の事か聞きそびれちゃって。クレランス学園はウィルス兄さんが入学を希望してる、官吏になるための学校の事よね?」
「それは、修学場に六年間通った後の話で聞いたのね?」
「うん」
シレイアが素直に頷くと、ステラは真顔で説明を始めた。
「基本的に修学場で六年間学んだ後、子供達は各自働くの。どこかの店舗に雇われたり、工房に修行に入ったり、家業を手伝ったりするのだけど……。修学場にいる間の成績が優秀な子供は、更に三年間在籍させて貰えるのよ」
「え? どうして?」
寝耳に水の話だったシレイアは、困惑しながら問い返した。それにステラが冷静に答える。
「優れた官吏や騎士を育成するのは、国教会のみならず国全体の利益に繋がるという考え方から、クレランス学園の入学選抜試験に向けての勉強や訓練を受けさせて貰えるのよ」
「そうなんだ……」
「それに、その間働かない分の生活費として、人一人が十分に生活できるだけの金額を国教会が生徒に支払うの。だから家族に気兼ねなく、生徒は勉強に集中できるのよ」
「凄いね! 全然知らなかった! そんな事もしていたのね」
心底感心した風情で声を上げた娘に微笑みながら、ステラは話を続けた。
「シレイアには関係ないから、こういう話はしたことがなかったわね。因みに、万が一選抜試験に落ちても、国教会がその生徒の就職先を紹介してあげているわ。だから修学場に通う生徒の中には、給費生になるのを切望している子もいるの。もしかしたらシレイアに絡んだ子も、そうかもしれないわね」
「え? 給費生の話と今日の喧嘩が、どうして関係しているの?」
「シレイアやローダスみたいに元々生活に余裕があって基礎学力がある生徒がいると、自分が給費生に選ばれる確率が低くなると考えているのかもね」
「そんな事を言われても……」
全く予想していなかった事を告げられて、シレイアは本気で困惑した。そこでメルダが、再度怒りの声を上げる。
「それじゃあ、単なる逆恨みと邪推ではありませんか! 第一、お嬢様に負けるくらいなら、官吏などになれる筈がございませんよ! やっぱりろくでもありませんね!」
「メルダ、だから落ち着きましょうね」
そこで大人二人がやり取りをしている間、シレイアは真顔で考え込んでいたが、少ししてから問いを発した。
「お母さん。じゃあ私も修学場を出たら、どこかで働くの?」
それを聞いたステラとメルダは瞬時に論争を止め、シレイアに向き直った。そしてステラは慎重に、メルダはあっさりとシレイアの問いに答える。
「そうね……、シレイアがやりたい仕事があれば働いてみて構わないから、ゆっくり考えればよいわ」
「お嬢様がわざわざ働きに出る必要はございませんでしょう。家の事を満遍なくこなせるようにしておいて、良いお家にお嫁にいけばよろしいのですから」
「……ふぅん? うん、分かったわ」
二人から真逆の事を言われたものの、取り敢えず急いで決めなくても良いらしいと判断したシレイアは、素直に頷いてその話を終わりにした。しかし女は司教にはなれないと言われた時と同様の納得しかねる思いが、彼女の心の中に少しづつ積み重なっていた。
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