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才媛は一日にして成らず

篠原皐月

(2)キリング家とカルバム家の交流

 シレイアが六歳になる直前。
 当時の総大司教の引退に伴い総主教会上層部で協議が行われ、その結果、デニーが後任に決定した。そして無事に就任式を終えたその日、キリング邸でデニーの家族とカルバム一家のみで、就任祝いの食事会が開催された。

「デニー。総大司教就任、おめでとう」
「ありがとう、ノラン。これからもよろしく頼む」
「おめでとう、デニー。あなたなら、立派にその任を果たせるはずだわ」
「一家揃ってお祝いに来てくれてありがとう、ステラ」
「マーサ、当たり前じゃない」
 まずノランとステラが祝辞を述べ、デニーと彼の妻のマーサが応じるのをシレイアは冷静に観察した。それが一区切りついたのを見計らって、彼女はデニーに歩み寄った。

「デニーおじさん。おめでとう。これ、お祝い」
 祝いの言葉を口にしながら、シレイアはポケットから取り出したハンカチを差し出した。それを受け取ったデニーが、破顔一笑する。

「やあ、ありがとう、シレイア。これを私にくれるのかい?」
「うん。これが総大司教の印だってお母さんに教えて貰ったから、頑張ってみたの。この辺がちょっと、ぐちゃっとなっちゃったけど……」
 国教会内では、上から順に総大司教、大司教、司教、司祭、司祭見習いの厳密な序列があり、身に付ける礼服に施される意匠もそれ毎に定められていた。
 母親からそれを教わっていたシレイアはデニーの昇進話を聞き、せっかくだからそれをハンカチに刺繍してプレンゼントしようと思い立った。しかし日程に余裕がなかったのと、刺繍の仕方を教わって間もない初心者にはさすがに難しかった。それで微妙に歪んでしまった箇所を指差しながら、シレイアは申し訳なさそうに弁解したのだったが、対するデニーは満面の笑みで彼女の腕前を褒め称えた。

「いやいや、とんでもない! 綺麗に刺繍されているじゃないか! なあ、マーサ!」
「ええ、そうですとも! シレイア。儀式の時に、大事に使わせて貰うわね!」
「何よりのお祝いをありがとう。とても嬉しいよ」
「良かった」
 デニーに加えてマーサまで笑顔で頷いてくれたのを見て、シレイアは安心して微笑んだ。それを目の当たりにしたデニー達の笑みがより深くなる。
 その一連のやり取りを、少し離れた所から眺めていたキリング家の兄弟達は苦笑気味に囁き合っていた。


「あはは、やはりシレイアには負けたな」
「いや、俺達がどんなお祝いをしても、最初から勝ち目はないだろ」
「確かに、僕達が刺繍しても、シレイアの物には負けるよね。する気はないけど」
 キリング家の長男であるレナードが次男のウィルスとおかしそうに感想を述べていると、末弟のローダスが若干面白くなさそうに口にする。それを不思議に思いながらレナードが尋ねた。

「なんだローダス。お前、シレイアばかり可愛がられてとか思って、僻んでいるのか?」
「……別に。そんなんじゃないよ」
 それきり不機嫌そうに口を閉ざしたローダスを見て、レナードとウィルスは無言で顔を見合わせた。以前から両家は家族ぐるみの付き合いであり、同い年のシレイアとローダスは一緒に遊んだり行動するのが多いせいで、比較されるのが常であった。それが少々嫌になっているだけだろうと判断し、兄達は下手な事は口にせず黙って見守る事にした。

 それから全員がテーブルに着いて会食となったが、開始早々ノランが思い出したように話題を出した。
「そういえばレナードが、今度司祭見習いに就任すると聞いたのだが、本当かい?」
 シレイアより10歳年長であるレナードは、父親同様国教会に所属して神に仕えるのを前々から熱望しており、力強く頷いて応じた。

「はい。総大司教の息子でも、正規の手続きで最下位からの修業をするのは当然ですから」
「そうだな。却ってやりにくい事や周囲が煩わしく思う事があるだろうが、頑張れよ?」
「はい。父やノランおじさんのような立派な聖職者になれるように精進します」
「照れ臭いから、そういう事を真顔で言うのは止めろ」
 息子からの手放しの賛辞に少々居心地が悪くなったのか、デニーが素っ気なく注意する。しかしレナードの方が一枚上だったらしく、満面の笑みで言葉を返した。

「申し訳ありません、キリング総大司教。未熟者ゆえ、本心を包み隠さず余すところなく語るしか脳がないものですから。今後は口にする場合、加減できるように精進いたします」
「全く……」
(デニーおじさん、可愛いなぁ……)
 実は照れ屋であるデニーが、悪態を吐きながらも耳を赤くしているのを認めて、シレイアは笑い出したいのを堪えた。他の面々も同様の心境だったらしく、笑いを堪える空気が室内に満ちる。
 デニーは、そんな微妙に居心地悪い空気を何とかしようと思ったのか、小さく咳払いをして話題を変えてきた。

「う、うぉっほん。そ、そういえば、シレイアもローダスと同じで六歳になるし、そろそろきちんと体系立てて勉強をさせる時期だろう? どうするつもりだ?」
 その問いかけに、ノランが即座に答える。
「ああ、総主教会管轄の修学場に入れる手続きをしているところだ」
「は?」
「え?」
「修学場って……」
 そこでキリング家が全員当惑した顔になり、ウィルスに至っては遠慮なく疑問を呈してきた。


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