土曜のアン

下之森茂

17 サクラ家のおもてなし

「おかえり。ビビ、それにアンちゃんも。」

と、アンの知らない初老の男性から
玄関で出迎えを受けました。

「はじめまして。わが名はアンジュ。
 『赫き暗黒からの使者』であり血の盟約者。」

「はじめまして、私はダンテ。
 聞いているとは思うが、ティナの父親だ。」

ビビの母、ティナは仕事の関係で、
出かけていることがたまにあります。
本当のところはビビにはわかりません。

「ママさんのパパさん。グランパパさんだな。」

「なんで来たの?」

「バイクだよ。
 エーちゃんにと思ってバイク、
 ガレージに入れさせてもらってるけど、
 見るかい? ついでに――。」

「そういう意味じゃなくて。」

「あぁ、ティナが夜まで出かけてるからね。
 ごはんできてるから、手を洗ってきなさい。」

ダンテにうながされたビビは、
コミュニケーションのもどかしさに
頬を膨らませます。

それは土曜日の午後のことです。
ビビの祖父、ダンテがサクラ家にやってきました。

昼ごはんはオムライスです。

温かなデミグラスソースが、
チキンライスのほのかな酸味と中和して
卵とともに柔らかな優しい味を出しています。

「美味しい。お店みたい。」

ひと口でアンは大絶賛。

「おじいちゃんは料亭の板前だったから。」

「なるほど。それはプロのシェフか?」

「うん、プロ。シェフじゃないけど。」

「基本的には和食さ。
 こういうハイカラなのもマネして作るがね。」

黒曜はチキンフレークの入ったエサに興奮し、
鼻を勢いよく皿に押し付けて食べています。

「ビビがタヌキ飼いはじめたと聞いて驚いたよ。
 最初はタヌキなんてとは思ったがね。
 しつけが行き届いてて可愛いもんだねぇ。」

「ビビと特訓した。」

「そりゃそりゃ、いい主人に巡り会えたなぁ。
 むかしは店の裏に小さな畑作ってな。
 いい食材を仕入れて畑のと比べて、ときには
 食材が足りなくなったら採ってたもんだ。」

祖父が来るたび、何度か聞いた話しに、
ビビは返事もせずに食べます。

その代わりにアンは熱心にうなずきました。

「けどタヌキやイノシシやシカなんかに
 荒らされて、天敵のようなもんだったね。
 罠置いては突破されて、猟師の免許まで取って、
 猟銃もって山に行ってイノシシ鍋作ってな。
 ホントにマタギみたいになっちまった。」

自分の話しにダンテは豪快に笑います。
アンもそれをマネました。

「晩ごはんはなにが食いたい?」

「え…なんでもいいよ。」

「それ言われて困るやつだ。
 ママさん言ってた。」

昼ごはんを食べ終えた食器を
笑顔で洗うダンテを見て、
アンは少し考えました。

「ビビ、グランパパさんはゲストじゃないのか?」

「ゲスト? え? あー…?
 わかんない。そうかも?」

「それなら『おもてなし』せねば、だ。」

とたん、ビビは使命感に燃えます。

「ええよ、ええよ。好きでやっとることだし。」

「ここでは黒曜と一緒で
 わがはいはよくお世話になってる。
 これは一世一代の任務だ。」

「大げさな…。」

「というわけで作戦タイム。
 ビビの部屋に集合だ。」

アンのおもてなし作戦に
ビビは強制参加させられました。

「ビビはなに作ればいいと思う?」

「冷蔵庫にあるもので?」

「リストはあるぞ。カメラも使える。」

好物のアイスの在庫を、
庫内のカメラで確認しています。

「アイスはいいから。キャベツがある。
 ひき肉あるし、カンタンな料理なら
 ロールキャベツが作れる。」

「面白いやつがいいな。」

「面白いぃ?」

「なら、ビビが好きなやつだ。」

「それが一番困るよ。」

ついさっき自分で言ったことが、
自分に返ってきたようで頭を悩ませます。

そこでビビは、以前に家族みんなで
作って食べた料理を思い出します。

「あー、こういうのは?
 食べたことあるっけ? 宇宙にある?」

タブレットを借りて検索画像を出します。

「おーオシャレだ。難しそう。」

「オシャレかな。カンタンだよ。
 あと、あれ出さないと。」

料理が決まると、ビビは忙しくなります。

アンは小麦粉をふるいにかけ
ビビの作ったコンブとカツオの出汁に、
玉子を割って入れ、箸でかき混ぜます。

「シェフからアドバイスないか?」

「おもてなしじゃないの?」

「プロのアドバイスは貴重だ。」

ソファでジッとしていた
手持ち無沙汰のダンテは、
驚いて声が裏返りました。

そんなダンテはとても嬉しそうにしています。

「そりゃ、お好み焼きか?」

「そう。そんな名前のやつだ。」

テーブルにホットプレートが置かれて、
ビビはずっとキャベツを切っています。

「長芋は?」

「いも? いもいも。ある。じゃがいも?」

「長芋だ。食感がよくなる。
 たしか戸棚にすり鉢があったはずだ。」

ダンテはテーブルに立って料理を手伝います。

それからバイトから帰って来た姉のエリカと、
ホットプレートを囲んでお好み焼き食べました。

ビビがソースを刷毛で塗り、
マヨネーズを器用に格子状にかけます。

「じいちゃんなんで泣いてるの。」

ダンテがシワだらけの顔で涙ぐむので、
エリカが笑いました。

「こんなに美味いのは初めて食った。
 ばあさんにも食わせてやりたい。」

「大げさ。
 ばあちゃんも連れてこればよかったね。」

ダンテのアイディアで加えられたスパイスが
食欲を刺激し、生地はふかふかとやわらかです。

「美味しいか、ビビ?」

口に入れたところでアンにたずねられ、
ビビはいつものように澄ました顔で答えます。

「じいちゃんの作る料理は
 なんでも最高に美味いよ。」

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