フランドールの禁断書架 ~つよつよ美少女吸血鬼、いろんな日常をちょっと覗き見してはメモってます~

ノベルバユーザー557447

第九編:愛玩妖精、放し飼い

 よおこそ。
 ああ、少し本を探していたのよ。私の友人に貸し与えるのに丁度良い、子供向けの本はないかと思って。
 うちの居候に良い具合のものを見繕って貰ったのだけど……やはり難しいわね。なかなか思った通りのものは見つからなかったわ。

 そういえば、結局未だに詳しく話したことはなかったわね。
 つまり、私の友人のもう一人、愚か可愛い子のことよ。
 彼女の名前はサニーミルク。その名の通り、太陽の光をその身に宿す――「妖精」よ。

 小さな体躯。幼い言動。悪戯好き。その辺りの点では彼女達は、貴方の知っている「妖精」と概ね大きな違いはないわ。
 けれど大きく違うのは、彼女らは即ち「意思持つ自然」。私達妖怪や神格と同じ、事象に人格の宿ったものであるということね。
 妖精は非常に弱いわ。それこそ貴方だって多少準備すれば一匹ぐらいは捕まえられる程よ。だけどその代わり、自身の核となる概念さえ喪われなければほぼ完全な不死身であるとされているの。サニー――ああ、サニーミルクのことよ――は先にいった通り、太陽の光さえ喪われなければ。或いは例えば、「春告精」と呼ばれる春の妖精、リリーホワイトであれば、春の概さえ喪われなければ。その前提が守られる限り、彼女達は例え死んでも数日で生き返ることができるらしいわ。

 まあ、その結果として彼女達は、絶対に敵わないような相手にも嬉々として悪戯を仕掛けるのだけど。

 まあ、その辺の愚か可愛さは、此方で十分に楽しめるのではないかしら。ええ、今日は私の書いた話よ。貴方が随分楽しげに読んでくれるものだから、つい筆を執ってしまったの。当然、読んでくれるのよね?

 ……ふふ、冗談よ。そんなに恐れなくても良いわ。

 サニーについて、もう少し詳しく紹介しておくわね。
 サニーミルク。太陽の光の妖精。同じく月の光、星の光の妖精と組んで色々と悪さをしているらしいわ。今回の話には出てこないのだけど。
 性格は愚かで素直。打てば響く、とはああいったものを言うのでしょうね。妖精にしては多少賢しいのもあって、実に見ていて面白いわ。
 それと、面白いのが彼女、光を曲げる能力を持っているの。自分の姿を隠したり、ものの見た目を誤認させたり、あとは私の日傘にもなってくれるのよ。便利でしょう?

 あとは、そう。アビリティカードについても説明しないといけないわね。
 アビリティカードとは、簡単に言えば「他人の能力の真似ができるマジックアイテム」のことよ。その名の通りカードの形状で、それぞれの人妖を象徴する図案が描かれているわ。今年に入って急に流通するようになったのだけど、これがなかなか面白いのよね。

 他の人妖紹介はさっくり行くわ。
 私、フランドール・スカーレットは魔法少女の吸血鬼。十六夜咲夜は時間を操る天然メイド。お姉様、レミリア・スカーレットは……ここの世界では結構な享楽主義者よ。これは言ってなかった気もするのだけど。

 楽しんで貰えれば幸いね――それじゃあ、『ゆっくりしていってね』。













「妖精は愚かなところがまた良いんだ」

 私達の館に妖精メイドが導入された折、お姉様は彼女らのことをそのように評して誉めそやした。
 当時の私はそんなものかと聞き流していたものだったが、今ならその意味も理解できる。
 脆く、愚かで、命が軽く、故に無謀な妖精という種族。
 その好奇心と悪戯心は私達には刺激的で、そして格相応に怯える姿は見ていて実に心地好い。
 だからこそ、今日も私は愚かな友人を迎え入れんと、近場のメイドに茶会の準備を頼むのだ。



 お姉様のことは好きだ。
 齢五百の少し前まで、私のような暴力一辺倒の存在が生き延びてこれたのは、偏にお姉様のお陰であるから。
 適度に脅かし適度に共存するという幻想郷の奇妙な方針を本来過激な私の性根で受け入れることができたのは、元来お姉様が同じ方針を取っていたためなのだから。

「フランってさ、お姉さんのことめちゃくちゃ好きだよね」

 であるからして、例えばこのように問われたとして。

「いきなり当然のことを訊いてきてどうしたのかしら?」

 私の答えは、こうである。


「いや、一応ね? 確認をね?」

 ぱたぱたと手を振って誤魔化そうとする対面の少女に、私は幾らかの滑稽さを覚えつつ肩を竦めてみせた。その手の動きに連動して羽もぱたぱたと動いているのは、果たして故意か無意識にか。指摘して揶揄おうかとも思ったが、目に心地好いので止めておく。

 サニーミルク。陽光の妖精。
 彼女との馴れ初めは、私が連れ去ったのだとも、彼女に気に入られたのだとも、それこそどうとでも言えるものだ。そして少なくとも間違いないのは、彼女が悪戯好きであることと、話したがりの自慢したがりであること。私が彼女の武勇伝を気に入っているということ。そして、私が彼女を便利な日傘としても気に入っていて、一方の彼女もお菓子をくれるパトロンとして私を気に入っているらしいことである。

「何かっていうとさ、ほら、最近アビリティカードっていうやつが流通してるらしいじゃん?」
「ええ、うちの居候がそれはそれは楽しそうに調べていたわね」

 言葉の合間にクッキーを齧るサニーの姿を眺めながら、紅茶を傾けつつ私は頷く。確か咲夜が異変だと見て一度調査に出ていた筈だ。結局特には危険も何もなかったらしいが。

「あ、そう? なら話が早いかな。じゃあその中にフランのお姉さんのカードがあるって話は?」
「確かにそういう話は聞いているわ。残念ながら入手はできていないのだけど」

 実に腹立たしいことである。それもこれも私のもう一人の友人ことこいしが悪い。
 自分のカードがあると自慢しに来たのは良い。私のカードがなかったと残念そうにするのも構わない。自身の姉のカードがないと憤慨してみせるのも許そう。だが何が「レミリアさんのカード? あるにはあったんだけど買ってないよ。だって私はどうやってもお姉ちゃんのカードを手に入れられないのにフランちゃんだけレミリアさんのカードを手に入れられるのってずるくない?」だ。子供か。

 挙句の果てに、咲夜にお姉様のカードを買ってくるよう頼んでみれば、手渡されたのは咲夜のナイフのカードだった。いっそ清々しいほど意味が分からない。なんだあれ。なんだあのメイド。

 まあ、さておいて。

 サニーがわざわざそのような話をするのであれば、自ずと次の言葉も絞られてくる。その予想を裏付けるように、サニーはごそごそとポケットから何かを取り出した。

「じゃあ私がフランに見せるの一番乗りってことよね! じゃーん、ヴァンパイアファング!」
「素晴らしい。私、今心底貴女と仲良くなって良かったと思っているわ」

 スタンディングオベーションである。

 サニーの取り出したそのカードは、確かにお姉様のカードであった。現物の情報など知らなかったがそれでも分かる。吸血鬼の証たる牙の図案。ブラッディ―でスカーレットなお姉様らしいその配色。何よりそこに籠められた魔力が、そのカードがお姉様のものであることを示している。
 褒められたサニーはもはや、背後にオノマトペでも出ていそうな程のどや顔だ。そのような顔をするのは止めてほしい。本能が疼いて弄びたくなってしまう。

「で、当然見せに来ただけではないのよね。私に譲ってくれるのよね?」
「おっけーステイ。たんま。待って。待って待って近い近い近い!」
「あら御免なさい、気が逸り過ぎてしまったわ」

 つい身を乗り出してしまった。一応謝りこそするが別段私は悪くない。私を誘惑するサニーが三割悪いしそんな魅力的なエサを無防備に晒すサニーが残りの七割悪いのだ。そのように脳内で愚痴りながらも、私は席に腰を落ち着けて続きを話すよう促した。

「いやさ、もちろん私もカードをフランに譲る気はあるよ? でもこのアビリティカードってやつ、ちょっとしたルールがあるらしくてさ」

 サニーの言葉に私は頷いた。
 マジックアイテムとしてはありがちな話だ。その儀式性によって性能を担保する。或いは違反者へ罰を与えることにより、契約呪術として効能を高める。限られたリソースを有効に扱うには重要な技術であることだし、咲夜の曰く神や天狗の絡んでいるというアビリティカードがその点を忘れているとは考え難い。

「成程、つまり?」
「つまり、えーっと……一つ、一度に交換できるカードは一枚だけ。そしてもう一つ、カードの交換には所定の対価を払わないといけないのよ」
「ふうん……」

 サニーの自信満々に伸ばされた指に、私はこくりと首を傾げた。

「それで、サニーはお金をちゃんと払ったのかしら?」
「うぐっ」

 いっそ芸術的なまでの目反らしである。

 まあ、そんなことだろうとは思っていた。そもそも妖精が金を持っている訳がないのだ。「妖精撃ち落としたらお金も落ちたんですよね」とか言っていたうちのトンチキ従者のことはこの際考えないことにする。

「いやいやいや、違うの、違うのよ? 私一応ちゃんとお金は払ったんだから!」
「遺言はそれで終わりかしら?」
「ごめんなさい光いじくって拾った十円玉を百円玉に見せてました!」
「よろしい」

 最初から正直に言えば良いのだ。というのは嘘で、私としてはこの脅されて蒼白な面持ちになる彼女の姿を観察するのも楽しみなのでずっとそのままの愚かな妖精でいて頂きたい。
 しかし拾ったお金というのは盲点だった。外から流れてきた硬貨とて幻想郷では使えるのだし、それでいて詳しい者は少ないのだから一瞬騙すには十分だろう。その時の武勇伝もお聞かせ願いたいものではあるが、それはまた別の、後の話だ。

「というわけで、これは没収するわね」
「えー!?」

 さておいて、ぴりりと直感が走ったのでサニーからカードを奪っておく。
 身を乗り出したまま彼女の目前でカードをひらひらと振ってみせ、すぐに左腕ごと結界で覆って固定する。

「ほら、悔しかったら結界を割ってみなさいな。時間さえかければ妖精の力でも砕けはするかもしれないわよ?」
「ぐぬぬ、このー!」

 などと煽ってみたが、嘘ではない。外からは脆く中からは硬い簡易結界「カゴメカゴメ」。サニーの弱い魔力でも、外からならば数分もあれば壊せるだろう。何故ならば、その強度になるよう、つい今再演算したのだから。
 そして弄ばれていることにも気付かずにぱしぱしと妖弾を結界に当てるサニーの姿は実に可愛らしく、また滑稽だ。まさか私がむざむざ割られてしまうことを許容するとでも思っているのだろうか。まあ正確に言うと許容しないのは私ではなくカードの方だが。ほら、三、ニ、一。



 爆発音。

 血肉と結界の衝突音。



「ぎゃーーーっ!?!?」


 サニーの絶叫。少し遅れて、鈍い音。首を伸ばしてもサニーの姿が見当たらないので、恐らく今のは椅子から落ちた音なのだろう。

 そういう所が、本当に彼女は好ましい。何度脅かし驚かせたとて反応が鈍ることなどないし、それでいて普段は対等に接さんとする点がこれもまたこれで心地好いのだ。

 吹き飛んだ左腕を再構築する。修復した腕で結界の中を探ってみるが、どうにもカードは見当たらない。恐らく消し飛んだのだろう。こういう場合には媒体が残ることも多いのだが、今回はそうではなかったらしい。残念だ。機能は消失していたとしても記念に部屋に飾っておこうかと思っていたのだが。私は諦めて結界の穴から腕を抜いた。

 しかし、違反によりその機能を失ったお姉様のカードを、当のお姉様が見たら一体どういった反応をするのだろう。しょんぼりと悲しむのだろうか。いや、お姉様は芸人気質というかノリの良いところがあるから大仰なリアクションでショックを受けて見せるかもしれない。ああ、だけどお姉様は比較的人間臭い性格もしている。ならば表では大仰にショックを受けて見せて、そして裏ではしょんぼりと悲しむのだろうか。

 それは、あまり見たくはない。

 ……?

 よくない思考だ。サニーといるのは楽しいのだが、気をしっかりと持たないと思考が彼女らに引っ張られてしまう節がある。別に私はお姉様の手を煩わせてまで反応を見たいわけではないのだ。悪戯で揶揄うのは妖精だけで充分である。



 ……ともあれ。
 要するにこれが、このアビリティカードというマジックアイテムに付随したルールだ。違反者にはカードの消失とともに天罰を。製作者のうち、神の意向が透けて見える契約呪術である。ルールに反した者のことを見せしめとしか思っていないのだろう。その立場なら私も同じことをするだろうし、とやかく言える義理ではないが。
 けれど、それは困るのだ。私が見たいのはあくまでサニーの反応であって、欠損や血肉ではないのだから。

 と、いうわけで。

「ううー、あたまいたい、割れるかと思った……」
「どうかしらサニー、楽しめたなら幸いなのだけど」
「フランってほんとイタズラがえげつないよね。心臓がいくつあっても足りないよ」

 額を押さえつつ起き上がってきたサニーに感想を求めると、恨みがましさの籠った声が返ってきた。しかし心外である。寧ろ私は彼女に付いていた時限爆弾を奪った形で、一回休みにならなかったのを感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないのだが。

「……?」
「いや、分かるよ。分かってるよ私がフランに助けられたんだってことは。でもそのついでにされるイタズラがえげつないんだって」
「……?」
「はてなじゃなくってさ、……いや、えっと、その、……ごめんなさい」

 小首を傾げつつじっと見つめれば彼女は徐々に勢いを失くして謝った。よろしい。適度に賢い妖精は嫌いじゃない。そういう所も私がサニーを気に入っている一因である。

「まあ、とはいえこれではいつまで経っても私の手元にお姉様のカードが来なさそうね」

 肩を竦めて机を叩き、召喚魔法を起動する。私の部屋の机の中から呼び寄せるのは宝石一つ。それを放ってサニーに渡した。

「えっ、えっ? えっ何これ?」
「依頼料とでも考えて頂戴。換金すればそこそこの値にはなる筈よ」

 ついていけていないらしい彼女の慌てぶりを眺めつつ言葉を続ける。趣向としてはこういうのもありだ。素直に喜べば良いものを疑心暗鬼に困惑するのは実に愉快でいじらしい。

「妖精の懐事情では碌なカードも買えないことくらい私だって察しがつくもの。それを使って次は正規にお姉様のカードを買ってきて頂戴。御釣りは騙し取った相手に商品額分払ってやって、後はまあ、貴女の仲間とお菓子でも買って食べるといいわ」
「えっいや、カード代二枚分にしてはこの宝石ちょっと大きすぎない!? っていうか宝石なんて私触ったことすらないんだけど!」
「あら、それならこれが初体験ね。どうかしら、案外大したことはないでしょう?」
「気分的にはめちゃくちゃ大したことあるからね!?」

 随分姦しく騒ぐものだ。面白くはあるがどうやらこれは、しっかり彼女に言い聞かせねばならないらしい。私はテーブルに肘をつき、にこりとサニーに笑いかけた。

「ねえサニー、私は案外貴女のことを買ってるのよ」
「ひょえっ」
「妖精が普段お金を使うことなどまずないでしょうに、貴女は敢えてお金を払ってカードを買ってきてくれたわね。なるべく正規の手段でカードを手に入れようとしたのでしょう? それも態々私の為に。私は貴女のそういった、親しい者には誠実であらんとする態度をとても気に入っているし、信頼しているの。何より貴女は私が他では手に入れられないようなものをくれるのだし。だから、これまで貰ったものとこれから貰うものを考えれば、宝石の一つや二つなど安いものなのよ」
「ひ、ひゃい」

「……ちなみに」ここまでで十分だったのに言葉を続けてしまったのは、彼女が余りに良い反応をし過ぎるからだ。「貴女の食べているそのクッキー、人里では一体幾らするのかしらね?」
「ヒュッ……」

 私の言葉にサニーは恐ろしいものを見るような目でクッキーを眺め、先程までのリズミカルな食べ方から一転、ちびちびと端を滑稽な程慎重に齧り始めた。
 ちなみに答えは「不明」である。このタイプのクッキーはそもそも人里に存在してすらいないのだから。






 リスのようだと思いつつサニーを眺めていると、背後から足音が聞こえた。音からしてお姉様だった。喜んで振り返ると蒼褪めたお姉様と目が合った。
 慌ててテーブルを見渡すと未だに血濡れた結界があった。そういえば片付けるのを忘れていた。しまったと頭を抱えるのももう後の祭りだ。
 再び振り返るとお姉様とまた目が合った。

 分かっていると言わんばかりにばちこんと一つウインクをして、お姉様は卒倒した。

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