【第二部完結】『こちら転生者派遣センターです。ご希望の異世界をどうぞ♪』【悪役令嬢編】

阿弥陀乃トンマージ

第1話(2)なんか出た

「ふん!」

「 」

 カーリーヘアの大女さんが愕然としているわたくしに迫ってきます。大柄な体に似合わぬ素早い動きを見せ、ほとんど一瞬でわたくしとの距離を詰めてしまいました。その体格は間近で見ると圧倒させられます。何をお食べになったらこれほど大きくなられるのでしょうか。大女さんはその丸太のような太い右腕を振り上げ、わたくしに力一杯殴りかかってこようとしてきます。え、ちょっと待って、これってひょっとして……わたくしが殴られるってことですか?

「その綺麗なお顔をボコボコにしてやるよ!」

「!」

「なっ 」

 大女さんが驚いていらっしゃいます。わたくしも驚きました。大女さんの繰り出してきた唸りを上げるようなパンチをわたくしが軽やかにかわしたのですから。大女さんはバランスを崩しかけながら、なんとか踏み留まり、キッとわたくしを睨みつけてきます。

「くっ、相変わらずちょこざいな……」

(相変わらず? ちょこざい?)

「その細身の癖に出る所はちゃんと出ているボディに風穴を空けてやる!」

「おっと!」

「ちぃっ!」

 今度は大女さんの放った強烈なキックを横に飛んで回避しました。どうにかまた避けることが出来て、わたくしはホッとします。

「ふう……」

「な、何故だ! どうして避けられる 」

 大女さんが悔しそうに頭をわしゃわしゃと掻きむしります。

(それはまあ、顔とかボディとかわざわざおっしゃるから、予測しやすいですし……!)

 わたくしは尚も置かれている状況に戸惑いながらもそのように感じた自分に驚きます。そうです、分かりました。この世界でのわたくしは綺麗な顔立ちで同性の方も羨むほどスタイルをしている! ……ということではなく、この世界でのわたくしはかなり高い身体能力を備えているということです。わたくしは大女さんと再び距離を取れたことを幸いに、自分の姿を確認してみます。上半身は茶色のシャツ、下半身は黒いズボンと脛の部分に白いゲートルを巻き、薄茶色のブーツを履いています。なんだか、殿方が運動の際にお召しになるような服装です。動きやすさを重視したのでしょうか。

「うおおおっ!」

 大女さんが、雄叫びを上げながら、殴りかかってきました。動きは変わらずに俊敏ですが、幾分落ち着いた今のわたくしの目でなんとか追いかけることが出来ます。とはいえ、何故にこのような状況に陥っているのかと嘆きたくもなりました。本来ならば、華やかなパーティーで優雅にダンスを踊っているはずですのに……。しかし、わたくしは即座に首を振り、その思いを打ち消します。

(なんのこれしき! 舞踏会が武道会に変わっただけのことですわ!)

「おらおらぁ!」

(試してみますか!)

「ぬっ 」

 大女さんは激しい連続攻撃を繰り出してきましたが、わたくしはそれらをことごとくかわしてみせます。

(やった!)

 思った通りです。ダンスの基本である円を描くような動きをしてみたところ、彼女のパンチやキックを回避することが出来ました。これまで培ってきた令嬢経験が活きた形です。華やかな社交場でのダンスパーティーもある意味戦場だと言えるでしょう。大勢のペアがひしめくダンスフロアは広いようで狭く、他の方に接触するなどの粗相をしないように細やかな神経を使うのです。ただ、ここで新たな問題が生じてきました。大女さんが悔しそうに叫びます。

「ちっ……だが、逃げまわるだけでは勝てんぞ!」

 そうです。相手を倒さなくてはなりません。曲が終わればダンスも終わりますが、この場ではそういうわけにもいかないのです。ですが、どうすれば良いのでしょうか。わたくしは必死に頭を回転させます。こういう時は過去の経験、もしくは先人の知恵を借りるのが一番です。わたくしはそこである記憶に思い当たり、またしてもぶっつけ本番ですが、試してみることにします。

(脇をしめて……えぐりこむように打つべし!)

「ぐおっ 」

(や、やった! やりましたわ!)

 わたくしの放ったパンチが大女さんの顔に当たりました。大女さんは戸惑いの表情を浮かべています。これは好機です。一気に畳み掛けたいところです。

(左足を斜め前に踏みだして……重心を前に乗せ、右腕を振り、その反動を利用して……腰を回転させながら右足を伸ばし、力強く蹴る!)

「ぬおっ 」

(あ、当たった!)

 今度はキックが大女さんの腹部に当たりました。

「調子に乗るなよ!」

「 」

 大女さんが勢いを取り戻し、鋭いパンチを繰り出してきました。左右にかわせないと判断したわたくしは咄嗟に後ろに飛び、顔面に飛んできたパンチを両手で受け止めます。ですが、受け止め切れずに吹っ飛ばされたような形になって、倒れ込んでしまいました。

「どうだ!」

「ぐっ……」

 わたくしはなんとか受身を取って、ダメージを軽減しました。この世界のわたくしはどうしてなかなか戦いのセンスに長けているようです。ただ、そうやって呑気に自分で自分に感心している場合ではありません。

(パンチもキックも当たったのに倒せなかった……やはり体格差? わたくしの一撃が軽いのですわ……この差を覆すような決定打が欲しい……)

 わたくしはゆっくりと立ち上がり、再び考えを巡らせます。それを見て、大女さんがこちらに聞こえるくらいの舌打ちをなされます。

「しぶといな……次で決める!」

 ちょっ、ちょっと待って下さい。まだ考えがまとまっていません。わたくしはバックステップやサイドステップを織り交ぜて、彼女からなんとか距離を取ろうと逃げまわります。ですが、それも限界です。いつの間にか、わたくしはリングサイド際に追い込まれてしまいました。大女さんがニヤリと笑います。

「ふふふっ……良いんだぞ? リングアウトを選んでも?」

 なんとなく察しはついていましたが、やはりこのリングから落ちると、わたくしの負けということになるようです。それも悪くはないかと一瞬思いましたが、すぐに考え直します。何故ならばこの世界でのわたくしが置かれている状況がまだ完全には掴めていないからです。ここで敗北を喫するということが果たしてどんな意味を持つのか、それが分かりません。それならば選ぶ答えは一つです。

(この勝負に……勝ってみせますわ!)

「今度こそとどめだ!」

 大女さんが突っ込んできます。どうするの、わたくし? 頭をフル回転させた結果、ある記憶を思い起こします。

(下……右斜め下……右……パンチ!)

「  どおぁっ!」

「  な、なんか出ましたわ 」

 わたくしは大いに驚きました。記憶を頼りに動いてみたところ、右手から茶色い光の衝撃波が飛び出したのです。それを喰らった大女さんは後方に吹き飛び、仰向けに倒れ込み動かなくなりました。観客席で一際大きな声で喚いている男性が興奮気味に叫びます。

「おおっと、挑戦者ラレヤ、動かない! 今レフェリーが駆け寄り様子を伺います……おっと、レフェリーが両手を交差した! 試合終了! 勝者はティエラ=ガーニです 」

 男性の宣告に対し、会場からは様々な反応が見られました。しかし、それについていちいち確認する余裕は今のわたくしにはありません。

「か、勝った……? はあ……」

 張りつめていた緊張の糸が途切れたわたくしはその場に力なく崩れ落ちます。

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