金で力が買える世界で

みどりぃ

5

伝説の猛威が荒れ狂う。
 その災禍を前に、エフォートは我に返った。

「クソが!」

 天災を目の前にする不幸をその一言に込めて吐き捨て、即座に踵を返す。
 存分に、実際は数秒程だろうが、随分と長く感じた現実逃避のせいか、今は驚く程に冷静だった。

 もうキンナリはダメだろう。国から逃げる必要がある。
まずはカノンの部屋へ。そしてドラグネス達を連れて国外へ出る。

 それとも察しが良く行動力もあるドラグネスの事だ、先んじてカノンを連れて逃げ始めている可能性もある。
 であれば、部屋にカノンが居なければそのまま身一つで国外へ逃げれば良い。

 だがそうなれば、エリクサーはどうする?

――ドクンッ

 嫌な鼓動が胸を叩いた。
 そうだ、エリクサーは魔導国家の魔導具技術あっての代物だ。他国では手に入らず、そうなればカノンは遠かれ死ぬ。

――ドクンッ!

 恐怖の急き立てる鼓動が胸を叩いた。
 そうだ、逃げるより先にエリクサーを手に入れなければ。だが、そうするには魔導具店に行く必要がある。買う資金は無くとも、今なら火事場泥棒も容易だろう。
が、そんな事より遥かに問題なのは、ドラゴンの向こう側、城の近くにしか魔導具店は無い事だ。

――ドクンッ!!

 生存本能が大声で訴えるような鼓動が胸を叩いた。
 ドラゴンの脇を抜けてエリクサーを確保する?ふざけるな、間違いなく死ぬ。
 それよりもまずは自分が助からなければ。逃げた先で、もしかしたらエリクサーが手に入るかも知れない。ここで逃げなくては、その機会も無くなる。
 
とにかく今は、逃げるしかない。



 しかし同時に、反射にも似た早さで、思考よりも早く。
脳の底のような、魂に刻まれたように自身の奥底が叫んだ。

(違うっ!!)



 本当にそうなのか?ドラゴンが暴れた都市、そこでしか手に入らない代物が、この先手に入るのか?しかも、カノンの余命よりも早く?
 
――ドクン

 先程までの冷たい鼓動とはうってかわり、小さな炎が灯るような鼓動が胸を叩いた。
 否、あり得ない。今、ここで、エリクサーを手に入れなければ、カノンの命は長くない。

――ドクンッ!!

 決意と覚悟が胸を叩いた。

 俺を繋ぎ止めてくれたカノンを、見捨てる?それこそふざけるな。
 恩も返せず、どのツラ下げてカノンに会えば良い?そんなツラ、俺は持ち合わせていない。

 今ここで、ドラゴンの向こうにあるエリクサーを手にする。
 
 カノンはドラグネス達がうまくやってくれているはずだ。希望的観測ではなく、そうだと信じれるくらいの信頼はある。
 ならば、俺の仕事は逃げる事じゃない。

(……まぁ、カノンやドラグネス達は、逃げろって怒るんだろうけどな)

 心配性な彼女と妙な世話焼きをする彼らの事だ。間違いなくこの場にいたなら殴ってでも止めてくる事だろう。

 だが、そうする訳にはいかない。
 震える手を握りしめて誤魔化し、見る事さえ本能が拒否する威容に目を向ける。

 そこには、体を振り回すだけで天災の如き猛威を振るう、破壊の権化とも言うべき存在。
 すでに青年達は跡形も残っておらず、建物は砕け散り、人々は触れただけでいとも容易く肉塊に変わる。

 本能が、エフォートの足を後退させた。
 覚悟が、下げた足を一歩前に踏み出させた。

「そりゃびびるわな。でもまぁ、びびってる場合じゃねぇ」

 震える足をバシンと叩きながら、目はドラゴンから離さない。幸いというべきか、怒り狂ったドラゴンは狙いも定めずに暴れ回っているだけに見える。
 それならば、一瞬の隙をついて抜ける事も可能かも知らない。

 慎重に、その隙を見計らう。
 そして、

(――ここだっ!)

 ドラゴンのクセ、それによる一本の道筋を見極める。その道筋が開く少し前に、タイミングを合わせるようにしてその場から駆け出すエフォート。

 ドラゴンが尻尾を叩きつけた後、それを一度持ち上げる。その間、やつは足を動かさない。
 その瞬間を狙い、足元を抜ける。その為に、尻尾が振り下ろされた瞬間に走り出した。

「ゴォァア?!」

 だが、それよりも微かに早く、ドラゴンが接近するエフォートに気付いてしまった。
 逃げ惑う人々の中、まっすぐ自分に向かってくる存在が気に入らなかったのか、尻尾を叩きつけながらもその丸太のような腕をエフォートへと振り下ろした。

「マ、ジかよ!」

 それに慌てるも、今更下がるには難しい程に加速してしまっている。ならば、突っ切るしかない。

「うぉおおっ!!」

 持てる限りの力を脚の回転にだけ注ぎ込む。
 空回りしてしまいそうな程に、かつてなく速く回る脚で地面を蹴り続ける。流れる景色は、まるで早馬に乗ったかのように線のように後方に流れる。

 
 だが、それらがスローモーションに思える程に。
 その凶刃のような爪が並ぶ腕は、エフォートが抜けるよりも早く振り下ろされた。

  


「……うわ、マジか」

 エフォートは他人事のように呟いた。
 少し意識が飛んだのか、目の前にドラゴンの腕が振り下ろされた後の記憶が無い。

 だが、そう時間は経っていないようだ。
 なにしろ、少し離れたとは言え、目の前にはこちらを睨んでいるドラゴンが居るのだから。

「うわー最悪だわ……ダメだったか」

 仰向けに倒れていたらしく、何かにもたれかかるようにして倒れていたエフォートは、視界の下に自身の肉体が見えた。
 どうやら直撃こそ避けれたようだが、吹き飛ばされた拍子に破砕された破片に当たったのか、それとも吹き飛ばされる過程で地面に叩きつけられてか、かなりの傷を負っていた。

 実際、見るまでもなく分かってはいた。鋭い痛みが全身に広がっているからだ。
 恐らく、視界に映ってない箇所も損傷しているだろう。

「くそが、でけぇトカゲのくせに邪魔しやがって……」

 千載一遇にして唯一無二のチャンスを逃してしまった。
 そのチャンスをものに出来なかったら苛立ちを八つ当たりでドラゴンにぶつける。

 それが癇に障ったのか、ドラゴンは標的をエフォートに定めたらしく、先程まで無作為に暴れていたくせに今はまっすぐこちらへと向かっていた。
 超重量のドラゴンが一歩進む如くに地面を揺らしている。

 今もなお逃げ惑う人々に目を向ける事なく、その鋭い双眸をエフォートに向けて。

「ここで死ぬのか。呆気ねぇな」

 他人事のように自分の最期をぼやく。
 もはやどこに逃げようと無駄だろう。魔物が敵を定めたならば、余程のことが無ければ死ぬまで追いかけてくるのだから。

「悪い、カノン」

 聞こえるはずもない謝罪を、それでも口にせずにはいられなかった。

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