金で力が買える世界で

みどりぃ

4

「いってらっしゃい。気をつけてね」
「おー、いってきます」

 今日もあの手この手でエフォートと居る時間を長引かせたカノンを振り切り、心配性そうに見つめる彼女に手を振って運び屋の仕事へと向かうエフォート。
 今日あたり、3.5倍で売り出してみるかな、と考えていたエフォートは、微かに口元を緩めて晩飯を何にするか思案する。

 カノンの好きなシチューは昨日作ったし、今日は俺の好きなかぼちゃ煮込みにするか。と、地味に渋い好みのエフォートが通りすがりの店先に並ぶカボチャを見て決める。

 そうして広場を少し超えて、富裕層にある運び屋が控える建物が見えた時だった。

――グオオオオオオォォオン……

 空高く、どこか遠くから聞こえるような唸り声が響き渡った。
 
「なんだ今の?!」

 遠くから聞こえたきたと分かる咆哮にも関わらず、地面を揺らすような音量。明らかに只事ではない事態だと分かる。
エフォートは慌てて上空に視線を向けると、澄んだ空を割るように横切る黒い影が視界に映った。

「なんだありゃあ……?」

 それを目で追うと、それは旋回するように大きく円を描きながら飛んでおり、どうやら高度を下げているのか段々と大きくなっていく。

「っておいおい……!」

 そうするにつれ、その正体が見えてきた。

 まだ高度があり離れているにも関わらず、明らかに巨大であろう胴。それから生える丸太のような四肢。
 その四肢の先に揃うのは兵器のように巨大な鋭い刃の如き爪。少し長い首の先にある頭部と、背から伸びる一対の翼。

「ド……ドラゴン?!」

 伝説の存在、ドラゴンそのものの姿に、エフォートは初めて見るにも関わらずそれがドラゴンだと分かった。分かってしまった。
 どうやらそれは他の国民達も同じだったようで、悲鳴を上げながら逃げ惑うように右往左往している。

 それも仕方ないだろう。ドラゴンといえば魔物と分類されはするものの、いわば天災のような扱いとされてきた怪物なのだから。
 いわく、一晩で国を滅ぼすとも言われるドラゴンだ。いかに魔導具の研究が進んだ魔導国家であっても、恐怖の対象とするのは仕方ない。

「なんであんなバケモノが……?!」

 その威容にエフォートは現実逃避気味に呟く。
 そうしている内に、ドラゴンが降り立ったのは運び屋受付としての建物のすぐ近くだった。

 降り立った事で見えるその全身は、下から見上げても分かったように強靭な体躯に鋭い爪。
 そして、赤黒い光沢のある鱗で全身を隙間なく埋めつくし、猛禽類を思わせる鋭い眼におさまる真紅の瞳。
 口元に覗く牙は人が穿たれれば穴が空くどころか千切られる程に鋭く太い。

 なんだあのバケモノは。

 現実として実感が薄れる程の存在感。まるで子供が空想に描く強いバケモノといったように、現実離れしすぎてかえって現実感のないような凶悪な威容。

 それに全身を強張らせて固まるエフォートの視界の中で、ドラゴンが何かを探すように回していた首を固定した。
 意識した訳でもないが無意識にその視線を追うと、その先には先日運び屋として着いていった青年達が居た。

「逃げろおおお!」
「マジかよ、まさか親が出てくるなんてっ……!」

 その青年達の言葉に、固まる思考とは裏腹にどこか冷静な部分が理由を察する。

(あぁ、昨日俺に持たせなかった袋は、ドラゴンの子供ってことか。それを追って、親のアイツが来たってワケか)

 パンデモニウムの最上階にはドラゴンが居るのでは、という噂はあった。
 ジョニーが残した訳でもなく、証拠がある訳でもないのだが、多種多様な魔物が出るパンデモニウムの最後となれば、魔物の最上位であるドラゴンが居るのでは、という妄想に近い予測によるものだ。
 
 だが、これまた噂として、パンデモニウムには時折ドラゴンの子供が現れるという話があった。しかし、それは決して手を出すなという話も加えられる。
 もともとが眉唾ものだったので聞き流していたのだが、この惨状を見るに、その言葉は正しかったのだと思い知らされる。

「おい、てめぇら!まさか幼竜を連れ帰ったのか!」
「クソガキどもが!とこにやった?!早く返してこい!」

 どうやらエフォートと同じく青年達の声を拾った者達が居たようで、怒鳴りながら子供を返すように叫ぶ。

 その声に青年達が目に涙を浮かべてヤケクソ気味に叫んだ。

「無理だよ!昨日殺しちまった!」
「今から素材を売ろうとしてたんだよ!」
「なっ……!こ、このクソガキどもがあぁああ!!」

 その叫びに一層周囲は怒りの声を上げた。
 
 だが、それどころではなくなる。

「グオオオオオオォォオン!!」

 上空で轟かせた咆哮を、再びドラゴンが放った。

 もしかしたらドラゴンは人語を理解するのかも知れない。そう思ってしまう程に、青年達の叫びを聞いたドラゴンは怒りに染まっていた。
 紅い瞳は燃えているように錯覚する程に見開かれ、威嚇するように翼を広げて青年達を真っ直ぐ睨んで吠えるドラゴン。

「ひぃいいっ!?」

 間近でその咆哮を浴びた青年達は、腰を抜かしてその場に尻餅をつく。
 恐怖で震えて動けないのか、ただドラゴンを涙でぐしゃぐしゃにした目で見ていた。

「ガァアッ!」

 呆気ない。そうとしか思えない、一瞬の最期。
 男達が股間と尻餅をついた地面を濡らし始めた矢先、短い咆哮とともにバクンという音。

 抵抗する隙もなく、野生動物ならではの俊敏さをもって、瞬きするごく僅かな一瞬の間に、青年達の上半身はドラゴンの口の中に収まっていた。

「う、うわぁああ!」

 その事実を一拍遅れて理解した周囲の者達も、慌ててその場から少しでも離れようと逃げ始める。

 しかし、身体強化を施す魔導具を持つ男の速度よりも速く。身体硬化の魔導具を持つ男の耐久度よりも強く。苦し紛れに放たれた魔導具の一撃よりも硬く。
ドラゴンは、蹂躙を始めた。

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