金で力が買える世界で

みどりぃ

2

 パンデモニウムから下りて、青年達が懇意にしているらしい魔導具店で素材を売り払い、得た収入の一部がエフォートへと支払われた。
 素材で得た金額は知らされてないまでも、恐らく1割にも満たない金額だろうと手渡された賃金を見て肩をすくめる。

「まぁいつもの事か。設定額を下回った訳でもないしな」

 運び屋は事前に金額を提示する。その金額を最低限として、良い働きをすればチップがてら上乗せされるのが一般的だ。
 値切りによるあまりに酷い金額の引き下げや不当な扱いは国が禁止しており、奴隷のような扱いは避けられるが、とは言え魔物の巣窟に重い籠を持って入る仕事だ。
 当然、命の危険はある。

 雇っている者達がもし死ねば当然運び屋も死ぬ。武器もロクに持たないのだから、戦う者が死ねば諸共だ。
 また、広い通路ながらそこまで入り組んでいないので多くはないが、たまに魔物に後ろから回り込まれる事もある。その際に、最後列に位置する運び屋が先に殺されるといったケースもゼロではない。

 そんな危険な仕事だが、戦闘の全てを担う雇い人からすればそうは思えないようで、あまり高い金額では誰も雇おうとしない。そんな中でエフォートが提示している金額は、平均の3倍だ。
一般的に4人前後の運び屋を雇って運ぶ籠を1人で運べる事もあり、いくらか割安の3人分を提示しているのだ。

「その内4倍で雇わせたいもんだな」

 ぼやくエフォートは、賃金をポケットにねじ込む。

エフォートの提示額は最初の内は2倍だった。しかしそれでもほとんど雇ってはもらえなかった。
 籠を運ぶのに必要なのは実際のところ3人も居れば十分だ。それを4人前後も雇うのは、万一の欠員に備えてである。
 怪我や死亡により欠員が出れば、運び手が居なくなる。それを避ける為だ。

 そんな中で1人で運べるという謳い文句はコストはともかく、万一の際が困る。もし動けなくなる事態になれば、籠を運ぶ者が一切居なくなるのだから。
 
 そうした背景もあり敬遠されていたのだが、実際に雇ったところ問題なく運搬をしたエフォート。その噂は広まり、少しずつ雇われるようになったのだ。
 それに伴い、価格も少し吊り上げて今は3人分。出来れば4人分まで引き上げたいなとぼやいていた。

 そんな事を考えながらパンと肉と野菜を店で買い、ポケットから金を支払う。それで今日の収入の半分近くを消費してしまうが、生きる為には仕方ない。
 1人で食べるには少し多い量の食材を抱え、エフォートは綺麗に整備された道を慣れた足取りで進む。
 
 この都市には城と塔を中心として周囲を三つの区画に分けられている。
魔導具の研究所が立ち並ぶ区画や、当然必要となる食料生産の為の農地や畜産の為の区画、そして住居区画だ。
 完全に区切っているというよりは大まかに分けた特色といった形で、研究区画にも住居があったりはするが、大枠の区画としてそう分別されていた。

 その住居区だが、城やパンデモニウムの近くーーつまり中心に近い所に富裕層の住居区画があり、都市の外れに行けば行く程貧困層が住む地となる。
 最も外れになれば家賃も無く、ただ廃墟のような寂れた建物もどきに住む住民が溢れていた。もっとも、家賃が無い代わりに治安も相応に悪い。

「お、またやってら」

 そんな富裕層と貧困層の丁度中心あたりにある広場。
 そこを通ると、いつもの光景がそこにはあった。

「『英雄の遺産』ね。飽きずによくやるもんだ」

 その広場の中心にある台座。そこに深々と刺さっているのは一振りの剥き出しになっている剣だ。
 それに並ぶ国民達が、その柄を握って抜こうと力み、諦めては次の者が、という光景である。
 
 それはかつてパンデモニウムの最上階である100階まで登り詰めた唯一の男、英雄ジョニーが遺した剣。魔導具の研究が進み、それに伴って国民が実力を高めた現在においても誰もが辿り着けぬ境地、そこにあったとされる至宝。

 魔剣という言い伝えだが、それさえあればジョニーに継ぐ伝説となれると噂されており、誰もがその魔剣を抜かんとこうして毎日多くの者が我こそはと魔剣の柄を握る。
 中には毎日の予定に組み込み、朝食の後に必ず訪れるという者も居る程だ。

「くそ、やっぱダメか!」
「誰でも扱えるって言うくせに、誰も抜けねぇもんな」

 抜けなかった面々が悔しさと諦めを内包した愚痴をもらす。これまたいつも聞こえてくる言葉だ。
 
 ジョニーが遺した言葉によると、この魔剣は〝誰もが扱える素質を持っている〟というのだ。
 実際、ジョニーは王族や当時はあった貴族制の貴族という訳ではなく、ただの一介の騎士だったという。

「ま、名前も一周回って珍しいくらいにありふれた名前だもんな」

 英雄ジョニー。英会話の登場人物ばりの名前だ。
 ともあれ、そんな国宝とさえ言える魔剣がこんな広場にある理由もそこにあり、誰もが抜ける可能性があるという剣を誰もが挑める場所にとジョニーが選んだのだ。
 富裕層――同時は貴族――と平民や貧困層でも訪れる事が出来る住居区の中心にぶっ刺したらしい。

 しかし反面、最新の魔導具で全身を固めた者が顔を真っ赤にさせる程力を込めても抜けない事から、ジョニーの言葉は嘘だったのではないかと言われてもいるが。

 それをいつものように視界に収めつつも立ち寄る事はなく、エフォートは真っ直ぐに貧困街と呼ばれる都市外れを目指す。
 次第に踏む地面は整備の行き届かない荒れたものとなっていくが、彼は整地された床と変わらぬ慣れた足取りで迷いなく進んでいく。

 そして、廃墟のように家としての機能が十全ではない建物が立ち並ぶ中のひとつに入っていった。
 壁や扉という役割を果たさない瓦礫を集めて無理やり壁、そして部屋という概念を作ったような一角。
 そこに足を踏み入れると、貧困街とは思えぬ澄んだ空気と、柔らかそうなベッドと布団があった。
 
「ただいま、元気にしてたか?」
「うん、おかえり。エフォートこそ無事なの?」

 そのベッドに横になっているのは1人の少女だ。この国では珍しい黒髪と黒い瞳を持つ彼女は、貧困街には似合わぬ程に整った顔立ちをしていた。
 白い肌に造形のように整った鼻梁、ぶっくりとした形の良い唇。そして何より目を惹くのはくりっと可愛らしい大きな目だろう。

 そんな誰もが振り返るような美少女は、その表情を心配そうに歪めてエフォートを見つめる。

「無事だって。ただ荷物運ぶだけだしな」
「またそんな事言って。危険な仕事なんだよ?」
「わかってるって。カノンは心配性なんだよ」

 母親の説教に飽きた反抗期の子供のような返事をするエフォートに、少女カノンは頬を膨らませた。

 今日は元気そうだな、と内心安堵の息をもらしながら、エフォートは意地悪げな笑みを浮かべながら頬の空気を指てつついて口から抜けさせる。
 プスゥ、と間抜けな音を立てて柔らかそうな唇を震わせておちょぼ口になるカノンにクスリと笑うと、カノンは顔を赤くしてそっぽを向いた。

「そう怒んなって。ほら、美味い飯作ってやるから」
「怒ってないもん」
「顔赤くするくらい怒ってるじゃねーか」
「こっ、これはそうじゃなくて……」

 今度は耳まで赤くするカノンがぶつぶつと聞こえない音量で呟いているが、これを指摘すれば余計に怒るだろうとエフォートは買ってきた食材を持って部屋の片隅へと向かう。
 そこには一般用の魔導具があり、水を生み出す魔導具や火を起こす魔導具等が置かれていた。

 これらは中古の安物や捨てられていた物を拾い集めた物なのだが、簡単な料理を作るくらいには動く。
 また、そんな物でも貧困街では貴重な代物であり、エフォートが苦労して集めた物でもあった。

「ほら、今日はカノンの好きなシチューにするから」
「……だから怒ってないってば。でも、シチューは嬉しいな」

 頬を綻ばせて微笑むカノンに、エフォートもつられるように微笑む。
 それにまたも顔を背けて頬を赤らめる彼女に、エフォートは首を傾げながらもシチューを作っていった。

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