金で力が買える世界で

みどりぃ

1

「オイ!さっさと着いて来い!遅れたら報酬はないぞ!」
「はい!すぐに!」

 先を歩く男に苛立たしげに怒鳴られる少年。
 笑顔を作ってへりくだるように早足に進む男の後を駆け足で追いかける少年は、フンと鼻を鳴らす男が前に向き直ると同時に笑顔を即座に消して唾を吐き捨てる。

(金持ちだからってえらそーにしやがって!……羨ましいなチクショー)

 胸中で苛立ちと羨望を絶妙な塩梅で込めた愚痴を叫ぶ少年の名前はエフォート。

「ちっ、1人で運び屋が出来るなんて言うから使ってみれば、こんな小汚いガキとはな!」
「まぁまぁ。実際やれてるから良いじゃねぇか。まぁ最下層の中の最下層って感じだが」
「その通りだ!俺は最下層の者共など見るに耐えんのだ!」

前方を武器だけを持って突き進んでいく青年達が大声で喚いているのは、ここ魔導国家キンナリの富裕層にあたる国民だ。

 使い古されて服としての最低限の機能しか持たないような、見るからにみすぼらしい格好のエフォートと違い、彼らは魔法陣が複雑に折り重なった模様が薄らと浮かぶ鎧を着ている。
 他にも手に握る剣や靴などは当然、さらには目に見えないもののインナーに至るまでが魔法陣が刻まれている事だろう。

(俺もそんな魔導具が買えりゃてめぇらなんぞに負けねぇよ!一式寄越せ!)

 エフォートは見た目だけで大声で罵ってくる青年に内心で吐き捨てる。若干の妬みも吐き捨てる。
 
 この魔導国家は魔法が発達した世界においてもダントツの技術を持つ国家である。
 国家といっても都市国家であり、巨大な塔と豪華絢爛の城の二つの建造物を中心に据えた都市と、周囲の平原や山を少しばかり敷地とする国だ。

 そんな他国に比べても圧倒的に狭い領地でありながら、大陸でも上位の勢力を保つ国家であり、その理由の一つこそが青年達も身に纏う装備に刻まれた魔法陣にある。

「ってオイ、アレはまさか……」
「はぁ?なんだよ?……マジかよおい!なんでこんな所に?!」

 何かを発見したらしい青年達。
手に負えない魔物でも出たか!と咄嗟に身構えたエフォートだったが、どうやらそうではないらしい。

「お、お前はここで待機していろ!良いと言うまで動くなよ!」
「はぁ、分かりました」
「いいか!絶対について来るな!分かったな!」
「分かってます」

 これはフリなのか?と思いつつも、目がマジな青年に余計な言葉は挟むまいと大人しく頷くエフォート。
 よし、と何度も念押しした青年達はエフォートを置いて意気揚々と奥へと進んでいった。

 それを見届けてから、肩に背負っていた籠を地面に下ろす。
 そっと置いたにも関わらず、床が揺れたような錯覚を覚える程にその籠は重たい。

「はぁ……なんか金になるもんでもあったんだろうな。金持ちめ、貧乏人に少しは分けろってんだ」

 溜息混じりに愚痴をこぼしながら重たい荷物を下ろして軽くなった肩を回す。そして、籠の中に視線を向けた。

「にしてもまぁ、やっぱ魔導具はすげぇわな。こんな化け物をスパスパと倒しちまうんだからよ」

 エフォートが担ぐ籠の中は、大量の牙や爪、宝石のような物が入っていた。
 これらはこの建造物――この魔導国家の中心にそびえ立つ巨大な塔に現れる『魔物』と称される生物のものだ。

「気持ち良いんだろーなぁ。クソが」

 苛立ちを溜め込みきれないとばかりに悪態を口に出して籠を軽く蹴り付ける。
 するとその魔法陣が刻まれた籠は大きく揺れてしまい、慌ててエフォートは倒れそうになる籠を掴んで元の位置に戻した。

 何やってんだ俺、と馬鹿らしくなったエフォートは籠を背もたれにして座り込む。

 魔導国家が広大な敷地と人口を持つ他国にも競り合う国力の理由である魔導具は、ただ身につけるだけで強大な力を人に与えてくれる。

 多くの人々が魔法を扱い、そういった魔法使い達が国力とされていた世界。故に、多くの人口はそのまま国の防衛力となり、軍事力となる。
 そんな中、キンナリが魔導具を発明したのだ。

 人口に対して魔法使いが多いとは言え、いきなり凄まじい力を扱える訳ではない。才能や環境、長い時間を必要とした訓練によって魔法使いは力を開花させるのだ。
 そんな世界を覆したのが、身につけるだけで強力な魔法使いにも負けない力を与える魔導具である。

 その魔導具は都市にいくつもある魔導具店で普通に買える。戦闘能力に特化している魔導具だけでなく、生活を豊かにする物もあり、キンナリではもはや特別なものではなく日常にありふれた物とさえ言えた。
 しかし、その全てが、特に戦闘に特化した物ほど、物凄く高価なのだ。

 それではいくら富裕層といえども収入源が追いつかない。
 それを解決しているのが、この巨大な塔である。

 パンデモニウムと呼ばれるこの塔は、多くの魔物が跋扈している。
 その脅威はピンキリながら、魔導具が無ければ最下級の魔物でさえ難しいとされる。魔導具を持たない、普通の魔法使いがやっと勝てるといったところか。

 そんな強力な魔物達だが、魔導具さえあれば割とサクサク倒せてしまう。それ程までに、魔導具がもたらす力は大きいのだ。
 だからこその少数でありながら他国にも並ぶ力を付けたとも言える。

 話は逸れたが、その魔物の肉体の一部が、魔導具の素材として優れているのだ。
 その為、こうして討伐した魔物の中でも特に魔導具の素材に適している部位を回収して魔導具店に売り、収入源にしているという訳である。

 しかもどういう訳か、パンデモニウムの魔物はいくら討伐しても消えない。というより、塔を出てまた入ればまた魔物が溢れんばかりに跋扈しているのだ。
 現在も理由は研究中だが完全には分かっておらず、塔そのものが魔物の生産機能がある、魔物の主が最上階に存在して生み出している、等の諸説がある。

「こんな腹の足しにもならねぇもんが金になるとはねぇ。良い金になるならもう少し賃金増やせってんだ」

 ともあれそうして集めた魔物の素材を売るには、当然回収して持ち帰る必要がある。
 しかし、それを大量に持ち帰るのはやはり当人達だけでは骨が折れるのだ。

 大量の資源を抱えての攻略となれば、手が塞がるし荷物の重さで動きも悪くなる。
だからといって低い階層で倒してすぐ持ち帰ろうとしても、低い階層ではあまり良い素材になる魔物は居ない為、高い階層まで登る必要がある。

結果として、運び屋を連れていく形が主流となったのだ。
 もしこれが空間収納といった魔導具があれば良かったのだが、そういった魔導具は発明されていない。
 その為、頑丈で巨大な籠の魔導具が発明されている。

 この籠、いくらかの重量を軽減してくれる効果が付与されているのだが、重力魔法といった魔法は無いので、そこまで高い効果はない。
 ならば身体強化が施された魔導具を持った人間を雇えば良いのだが、そもそもそんな魔導具を持つ人ならば運び屋より自分で討伐した方が金になるのだ。

 そうした背景から、運び屋は貧困層――富裕層の呼称を使えば、『最下層』と呼ばれる人達が雇われる事が多い。
 それらを複数雇い、籠を運ばせるのだ。

 そしてそれをただの1人で行うという事で多く声を掛けられるのがエフォートなのである。 

 本来なら複数人に支払われる賃金を独り占め出来るので、それなりの金にはなる。
そして、数回では無理だが、何度も繰り返せばエフォートだって下位の魔導具を購入する事は可能であり、実際それくらいの金はすでに溜まっていた。

 それでもエフォートがそうしないのは理由がある。

「よし、今日はもう下りるぞ!早くしろ最下層!」
「あ、分かりましたー」
「急げ!休む暇はないと思え!」
「はい。……あの、それも持ちましょうか?」

 そんなことを考えている内に帰ってきた青年達が、慌ただしく塔を下りるように指示する。唾を散らして叫ぶ青年達にエフォートは慌てるでもなく籠を背負う。
 その際に、青年達の持つ袋に気付いて籠に入れるように言う。口の悪い少年だが、仕事はキチンとこなしたい。でないと減給されかねないし。

「か、構わん!これは俺が持つ!」
「下らん事を言う暇があれば足を動かせ!」
「はぁ、分かりました」

 それに動揺したように怒鳴る青年達。下らん事も何もそれが仕事であり、先程まではどんどん持つように素材を放り投げてきた癖に、と思う。が、無駄な衝突は避けるが無難と頷くエフォート。
 そうして、予定していた階層よりも早く切り上げる事となったのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品