シーマン

文戸玲

もう逃げません


「感じ悪いやんな。すまんな」


 大貴にスマホを渡すと,顔も見ずにそう言われた。

「大貴に親はどこに住んどるん?」
「どこって,詳しいところは知らへんけど,多分名古屋の方ちゃう? 生まれも育ちも東京らしいねんけど,結婚を機に関西に越して,今はやっとありついた仕事が名古屋っぽい」


 妙に納得した。荒々しいところとか,相手意識に欠けるところとか,変に大貴と似ていると思いつつも,何か違和感があった。話し方が全く違うのだ。


 今後のことを考えながらあれこれ話し合っていると,見知らぬ人影が現れた。


「大丈夫ですか?・・・・・・大丈夫なわけないですよね」


 目じりを下げて、申し訳なさそうに深く頭を下げたのは,バイクに乗っていた青年だった。話を聞くと,ちょうど同じ年の大学生だった。話しにくそうに語った内容をまとめると,遅くまで飲んでいて,酔いがさめたから大丈夫だろうとバイクで帰っているところを警察に止められそうになったらしい。それを振り切るために無茶な運転をしていたところ,事故を起こしたということだ。


 山上祐輔と名乗った青年は,ひたすら頭を下げて謝罪の言葉を述べ通しだった。深く反省をし,免許も返納するつもりらしい。


「ええで,そこまでせえへんくて。反省してるんは十分伝わってるわ。これから二度と同じことせーへんやろし,免許がないと就職とか生活でも困るんちゃうん? ・・・・・・ま,人を殺しかけたことだけはほんまに肝に銘じときや」


 救われたように,優しい光がさした表情がまた引き締まる。


「はい。自分の過ちは決して忘れません。背負いながら生きていきます」
「固いで祐輔くん。肩こってまうわ」


 首の関節をぽきっと鳴らして,大貴は本題に入った。


「まあ,その覚悟があるなら一つお願いがあるんやけど」
「はい,出来ることならなんでもさせてください」


 祐輔くんは誠心誠意答えるつもりのようだ。素直な人で良かったと,胸を撫でる。


「近いうちに,うちの親父がくんねんか。そこに居合わせてほしいねん」
「ご家族の方ですね。ぜひ,謝罪させて下さい」


 けがをさせてしまった相手の親と会うのだ。委縮しないことはないだろう。それでも,一瞬ひるんだ顔を見せたものの祐輔くんは目に光を宿して,了承した。


「ただな,うちの親やっかいやねん。こっち系でな」


 言いながら,大貴は手首の内側を互いに重ね合わせた。


「警察の方ですか?」
「それやったらええんやけどな。逆や。裏社会を取り仕切る方や」
「・・・・・・⁈」


 祐輔くんは分かりやすくわなわなと歯音を立てて,声を出さず絶叫した。


「ぼくはどうなってしまうのでしょうか。けがをさせておいて言うのもおかしいですけど,痛いのが苦手で」
「そやなあ。その世界では,小指を落とすのはオーソドックスやんな」
「・・・・・・そんな」
「そうじゃなかったら,反省の言葉を述べさせながら,爪を一枚一枚,ぺりっと剥いでいくねん。満足のいく回答が得られなかったら次へ,っちゅう感じやな。まあ,頭のおかしい連中やからなあ。あの剥ぎ取る肉肉しい感触が得も言われへんのやろ。せやし,手と足で二十ぺんほど我慢したら終わりちゃうか?」


 ひっ,と手元に口を当てて涙を浮かべる祐輔くんに,大貴はさらに畳みかける。


「大丈夫や。時間が解決する。失禁してもええように,ズボンをずらして便器に座らされると思うねんけど,念のため着替えは持ってきときや」


 いい加減にしてやれよ,と大貴を小突く。
 祐輔くんはすでに失禁してしまいそうだ。


「それでも,来てくれるんやな?」


 大貴が鋭い目で問いかけると,祐輔くんは固く目を閉じた。しばらくそうした後,そっと目を開ける。その目からは,命をかけて外の世界に出るサバンナの動物のような強さを感じさせた。


「行きます。もう逃げません」


 その返事を聞いて,大貴は満足そうに頷いた。
 さっきの話は,盛りに盛りあげたデカ盛り牛音のような話だと大貴が説明すると,祐輔くんはへなへなとその場に座り込んだ。
 「紙をください」という祐輔くんにティッシュの箱を差し出すと,床に液体が広がり,わずかにアンモニアの異臭が広がった。

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