シーマン

文戸玲

宙を舞う

 月明かりに照らされて雲が,風に流されてせわしなく移動している。
 曙を待つ京都市北区の道路は,遠くの方からバイクとパトカーの音が響いていて,この時間に似つかわしくない騒がしさだった。
 騒がしさの理由はもう一つある。


「そんな泣くなや。ようやったやろ」


 鼻水を垂らしながら男泣きするおれを,大貴が珍しくねぎらった。


「なんかさ,最後にドアを閉めるときの顔を見てたら,美緒ちゃんも苦労してるよなって。支えてやりたいよなって」
「清介がするんはここまでよ。あとは美緒ちゃんが幸せに生きるじゃろ。辛いことにも耐える。それが男の生き方よ」
「せやせや。久しぶりに清介の男の生きざま見たわ。タバコ,おごったってもええで」


 大貴とシーマンにお礼を言う。こいつら,嵐の渦中に巻き込んでくるろくでもない奴らだと思っていたけど,なんやかんやいい奴だよな。

 感傷にひたりながらそんなことを思っていると,パトカーの音が一層大きくなった。


とまりなさい。そこのバイク,とまりなさい。


 パトカーからする音と,バイクの音が一気に近づく。
 おかしいな,と思って振り返ってからが一瞬だった。

 あ,と思ったのと,やばい,と思って身を縮めたのが同時だった。
 次に記憶しているのは,鈍い音ともに大貴が宙を舞っている映像だった。



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