元SSSランク冒険者だった咎人は脱走して人生をやり直す! ~幽閉された10年で鍛えた魔力は最強魔導士に~ 若返った俺を捕まえようとしてももう遅い!

チョーカー

温泉回 グリアの失態

 疾走

 まさにグリアは疾走する。

 だが、ここは決して広いとは言えない旅館の廊下。

 貴族御用達という事もあって今まで同じ宿泊客の影は見えなかった。

 しかし、すれ違う者も皆無とは言い切れない。今、まさに――――

 「あれ? どこから風が」

 その客はグリアの姿を認識する事はできなかった。

 なぜ、ならグリアはその姿を見た瞬間、廊下から壁へ、壁から天井に移動していた。

 つまり、今のグリアは天井を逆さにして走っているのだ。

 なぜ? なぜ、人間が天井に張り付いて走れるのか?

 落下するよりも早く天井を蹴る。 

 単純な事だ。 有名な――――右足が沈む前に左足を出せば水面を走れる。
 
 ――――それと同じ事。

 そして彼女はたどり着いた。 

 青き暖簾に書かれた文字は『男湯』 赤き暖簾に書かれし文字は『女湯』

「女湯に先客は……いない。 これはチャンス!?」

 グリアは女湯の前、気配を消して待機する。 すると――――

「来た来た、レナちゃんだ。 安心してね? ……今日は記念日になるから」

 レナが女湯に入ったのを見届け、素早く男湯と女湯の暖簾をすり替える。

「そして、トールさまが入室した直後にこれを貼れば――――ぐふふふ」

 グリアは懐から取り出した紙には『ただいま清掃中につき、使用できません』と書かれている。

 勝利を確信していたグリア。 しかし、背後から手が伸びて――――がっしりと掴まれた。

「お客さま……そう言うのは困ります!」 

 振り返れば、旅館の女将が立っていた。無論、怒気を孕ませて――――

「ご、ごめんなさい!?」

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

「……」と無言が重々しい空気を生み出している。

 客間に連れ戻されたグリアは今、正座である。

 正面に座るはトールとレナ。 その横に女将が控えている。

「も、申し訳ありません」とグリアは小さくなり、頭を下げた。

「正直言って」と最初に口を開いたのはトールだった。

「暖簾の男湯と女湯を取り替えるなんて、どうしてそんな悪戯を……そう思っていたのだが……」

「グリアさん、私たちを……その……いやらしい目で見ていたのですね」とレナ。

 その言葉がグサリと幻聴が聞こえるようにグリアの心を抉った。

「ち、違うのよレナちゃん。私は2人の仲を進展させようと……」

「えっち……です。きらい!」

「う……うわあぁぁぁぁレナちゃん!? ごめんよおぉぉぉ!」

 頭から畳に倒れ込み、泣き叫ぶグリアだったが……

「いや、そんなギャグみたいにしても、俺たちは良くても旅館を巻き込んだのは犯罪行為だから」と冷静にトールは言った。

「う、うぐぅ……ごめんなさい」とグリアは旅館の女将に謝罪した。

しかし、女将は「……」と少し無言。

「えっと、女将さん?」とトール。

「あぁ、失礼いたしました」と女将は、まるで悩みを振り払うように頭を振るった。

「お客様の致した事は、幸いにも他のお客様にご迷惑をかけていません。しかし、それでは示しという物がつきません」

「示し……ですか?」とトールたちは頭を捻る。

「ですので、私から提案があります。実は、最近になって、この温泉地に奇怪な魔物が出現するようになりました」 

「魔物が……その大丈夫なのですか?」

「はい、大きな被害はありません。しかし、ここは本国ブラテンからしてみたら辺境。兵隊さんを頼んでも簡単に派遣していただけません」

「あぁ、大きな被害じゃないのが、仇になっているのか」

「それにここは、元よりスックラ……魔族が潜んでいるなどと噂も……」

「――――っ!?」と息を飲む音。 レナから聞こえて来た。

 それを横目にトールは、

「わかりました。ご迷惑をおかけした代わりに、それを俺たちが討伐いたしましょう」

 そう言った。 しかし、彼の中で違和感が生じている。

 その違和感の正体は――――

「はい、ありがとうございます」と頭を上げている女将に対して生じているものだった。
 

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