元SSSランク冒険者だった咎人は脱走して人生をやり直す! ~幽閉された10年で鍛えた魔力は最強魔導士に~ 若返った俺を捕まえようとしてももう遅い!

チョーカー

トール対聖・オーク 地下での激闘

「ぐっあ……呼吸……が(呼吸ができない。まるで深海に引き込まれるような)」

 地中深く引きこまれる。 その最中にトールは呼吸ができない。

 狭い穴。

 口と鼻に岩肌が接触して呼吸を阻害。さらに体は締め付けられる感覚。

 進むだけで内臓を含む呼吸器官にダメージが走る。

 (どこまで行くつもりだ? このままだと、完全に失神を――――)

 トールの足から掴まれた圧力が消失する。

 次の瞬間には開かれた空間が現れる。 ――――しかし、地上の光は届かない地下。

 暗闇に感覚が乱れている。 そこは深淵の世界。

(どこにいる? 気配の察知を――――できない!?)

 トールは驚く。気配は読めない。

 なにか大きな音に気配察知が阻害されているのだ。

 それは何か? その音は、乱れに乱れたトール自身の呼吸音によるものだった。

(呼吸器官にまでダメージが行っている? 肋骨も折れてはない――――それでも、いや、計算済みの計画か!?)

「視覚と聴覚が殺されている。だったら――――『火矢《ファイアアロー》』」

 狭い狭い閉ざされた空間。 自分がいるにも炎を放ったトール。

 爆音。 そして光――――

「……正気ですか? あなた」

 炎の残滓が岩を燃やし、周囲が明かりを取り戻す。

 焼け焦げた体の聖・オークの姿が見えるようになった。

「ここは深く掘った地下ですよ? 限られた空気まで火の燃料になって互いに窒息死する可能性を配慮しないのですか?」

「さて、どうだろうね」とトールは笑った。 

「もちろん、最悪の状況は想定していたさ。でも、それならそれで―――――」

 トールは最後まで喋れなかった。会話の最中、聖・オークが攻撃に出たのだ。

 巨大な拳が飛翔してくる。 早く荒々しい打撃技。

 人間とは体の構造からして違うオークの拳は、岩をも軽々しく砕く。

 だが――――

「それっ!」とトールのかけ声。 それと同時に聖・オークは投げられたと察する。

 地面に叩きつかられるよりも速くオークの蹴りが放たれる。

 それはトールに届かない。 すでに投げ技を破棄して、距離を取っていた。

 自由落下となったオークは大型猫科獣のような俊敏性と空中姿勢で足から着地する。

 その着地の瞬間、低くしゃがみ込んだトールの蹴り。 

 足払い――――旋風脚。 それも着地狩り――――絶対に避けられない蹴りだ。

 オークの巨体が倒れる。 ここでようやく腰の帯びているはずの剣に手を伸ばすトールだったが……

 「むっ! ――――剣を落としたか?」

 小穴を引きずり込まれた時、一部の装備品が引っかかり紛失している事に気づく。

 「なら拳闘術か!」

 その巨体ゆえにオークは立ち上がるのに時間がかかる。 それは、寝技に不向きな体という事を意味している。

 聖・オークは今だ仰向けの状態。そこのトール素早く、その両足に向けて高速の蹴りを連打。

 打撃音。 人体を――――

 人の肉で人の肉を叩いている音。

 しかし、そうだとは到底信じられない乾いた音が地下に響く。

 「むっ!」と聖・オークは立ち上がる動作をキャンセルされ、立ち上がるタイミングを計算する。

 「そこ!」と思考の隙を読んだトールはジャンプ。

 聖オークの両足を飛び越えて、狙いは顔面。

 星の重力の従って、両足を叩き込む。

 常人ならば受けた相手の生死を心配する――――死を連想させるほどの落下攻撃。

 だが、聖・オークは動く。 今までの鈍い寝技の攻防からは信じられぬ俊敏性。

 その巨大な、巨大な肉体。今は大蛇に見間違うような滑らかな動きでトールの肉体に絡みついて行く。

 その技は裸絞めスリーパーホールド……いや、違う。フェイスロックだ。

 首を絞めているのはない。オークの太い腕はトールの顔を捻り、首に負荷を与えている。

 その剛力――――脱出は不能。 その剛力――――人間の首なんぞ、簡単に捻り首を折る事ができるだろう。

 むしろ、瞬時に捻り折られなかったトールの肉体――――柔軟性を誉めるべきだろうが……

「さぁ……参ったギブアップをしたまえ」

 敗北宣言を求めて来た聖・オーク。これはトールにとっても予想外で

「なに!?」と驚きを隠せなかった。

「そんなに驚くことですか? 何も相手を殺せば勝ちという戦いではないでしょ?」

「――――なるほど、そういう考えか」

「?」

「戦いにおいて生死は結果に過ぎない。残酷な事だがな……」

「貴方に取って、戦いの勝ち負けとは、生死と同じ物というつもりですか!?」

「言ってないよ、そこまでは――――でもな!」

「なっ! 純粋な腕力比べで私を上回ってくるですと!」

 トールの膂力が増している。 

(いや、腕だけではなく全身を使ってトール殿を捕縛しているからわかる。――――全身の力が――――私よりも――――上回って!?)

 捕縛のほころび。 それを見つけたトールは「フン!」と気合を上げて、オークの剛腕からの脱出に成功する。

「こいつはおまけだ」と脱出のさい、聖・オークの頭部に蹴りを叩き込んだ。

 両者は距離を取り、立ち上がり向かい合う。

 勝負は最初に戻る。 ――――いや、違う。

 呼吸の乱れ、呼吸器官のダメージを最初に受けていたトール。

 空気残量が限られた地下空間での戦い。 

(動ける時間……残されていた時間が思ったよりも少ない。 元々、オークは穴倉暮らし――――少ない酸素量で多く動けるのか?) 

 元よりトールにのみ戦いの時間制限があったのだ。 それが今、時間的猶予が消えていこうとしていた。

 

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