縁の下の勇者
87.解放
『隷属の刻印』によって刻印を刻まれた者は、刻印を刻んだ者に対して絶対服従する。
それはある種の呪い、状態異常と言っても過言ではないだろう。
そう、状態異常だ。
状態異常ならば、回復魔法で治すことができるのではないか。
誰でも思いつきそうな可能性だ。
これくらいのことなら過去に試みた者だっていたはずである。
回復魔法で刻印が消せるのならば、既にその知識が広まっていてもおかしくはない。
しかし、現実にその方法が確立されていないということは、刻印を消すことはできなかったということだ。
では本当にできないのかというと、そうとも限らない。
しばらく過ごしているうちにわかったことだが、この世界の人々のスキルレベルはそれほど高くない。
スキルレベルⅩの回復魔法使いなどこれまでの歴史の中ですらほとんどいなかっただろう。
ということはレベル不足で刻印を消すことができなかった可能性がある。
ケントの回復魔法Ⅹならば、あるいは。
そんなことを考え回復魔法を使ってみようと思った訳なのだが、その効果は劇的だった。
ケントが回復魔法を使用した瞬間、黒く禍々しかった刻印が突如として光輝いた。
その眩しさに思わず目を細めてしまう。
少しして光が収まったかと思うと、サラサラと砂が風で飛ばされるかのように刻印は消え去り、シアの真っ白な肌を汚すものは無くなった。
「……なんというかケントは相変わらずだな。
回復魔法で奴隷の刻印を消してしまうとは」
呆れたようにフロスティが呟いた。
「あれ……、刻印が無い?
私の刻印は……、私は奴隷じゃないの?」
「そうだよ。
シアはもう奴隷じゃない。
命令に従う必要はないんだよ」
ケントの言葉を聞いたシアの瞳からはポロポロと涙が溢れ出した。
しばらくの間、部屋にはシアのすすり泣く声が響いていた。
◇
一頻り泣いたシアは、ぽつぽつとこれまでにあったことを話し始めた。
幼少の頃に切り落とされた手が生えてきたこと、その事で家族がぎくしゃくしてしまったこと。
それでも変わらず抱き締めてくれた母のこと、その母が目の前で殺されてしまったこと。
奴隷として連れていかれたこと、一緒に連れていかれた兄が亡くなったこと。
何年も1人で食べ物もなく過ごしていたこと、そして何年も盗賊から拷問のような仕打ちを受けていたこと。
シアの話を聞き終える頃にはミランダとフロスティは涙を流しながらシアのことを抱き締めていた。
「……うぅ、これからは私たちが一緒にいるわ!」
「……ぐすん、そうだぞ。
私たちがシアの新しい家族だ!」
シアの過酷な人生を聞いた2人がシアを抱き締める光景は、人の温かさを象徴しているようで美しかった。
あまりに美しいので、ケントは蚊帳の外だが。
ケントだってシアの過去には同情するし、盗賊には腹が立った。
涙腺だって緩いので、人前で泣くものかとなけなしのプライドで無理矢理涙を抑え込んでいたほどだ。
駆け寄ってシアを抱き締めたい衝動にかられたが、ケントが足を踏み出すより速く2人がシアを抱き締めていた。
さすがにミランダやフロスティごと抱き締めるわけにはいかない。
いや、抱き締めたいけど。
むしろ3人の間に挟まれてみたいけど。
こんなときに考えるのは間違っていると理性ではわかっているが、悲しいかな、男はいかなるときでも隙あらば邪な妄想をしてしまう生き物なのだ。
「しかし、これは困ったことになったな」
当人であるシア以上に泣いていたフロスティが言った。
まだ鼻の頭が少し赤くなっている。
「困ったこと?」
シアの刻印は消え去り、問題など無い気がするが。
「はぁ、ケントお前なぁ。
いいか、シアは奴隷だったんだ。
刻印が刻まれていたことは父上も確認している。
そのシアから『隷属の刻印』を使用していないにも関わらず刻印が消えていたらおかしいだろう」
「うっ、で、でも黙っていたらばれないんじゃないかな~、なんて」
「そんなわけないだろう。
父上はおそらく見つけ出した『隷属の刻印』を使用してシアに使用するはずだ。
違法奴隷をそのまま放置しておくわけにもいかないからな。
でだ、『隷属の刻印』の使用には国の許可が必要だ。
シアを連れて王城へ行き、立会人の同席の元で刻印を消すことになるだろう。
そのときにシアに刻印が無かったら問題だぞ」
確かにそれは問題だ。
どうして刻印がないのかと問われるのは間違いない。
ランドン伯爵に知られている以上、刻印など無かったと嘘をつくことはできない。
かといって素直にケントの回復魔法で刻印を消したと言うわけにもいかない。
刻印を自由に消滅させることができるということは、犯罪を犯して奴隷にされた者たちを自由に解放することができるということだ。
そんな危険な存在を国が野放しにしておくとは思えない。
シアを奴隷から解放してあげたことに後悔はないが、回復魔法を試すにしてもその後のことを考えておくべきだった。
「ケントは回復魔法のことを国へ教えたくはないのだろう?」
「できればだけどね。
冒険者としての生活は楽しいから」
「『隷属の刻印』によって施された刻印を消すことができるケントを国が放っておくことはないだろうな。
国王陛下は聡明なお方であるからケントが無下に扱われることはないとは思うが、拒否したり逃げたりするようなら手段を選ばないだろう。
国の治安に関わることだからな」
「やっぱりそうだよね……」
「ねえフロスティ、何か手段はないの?」
ミランダがフロスティに詰め寄る。
「……そうだな。
ケント、マルティーナに回復魔法のことを話すのは構わないいか?
彼女の協力を取り付けることができれば、おそらく誤魔化せると思うが」
マルティーナか。
彼女には既に氷魔法のことを一部ではあるが知られている。
それならば回復魔法について知られても最も被害がない個人ではある。
あくまで個人ならだが。
「それって結局国に知られることにならない?」
マルティーナは王族だ。
それはつまりこのレリエスト王国の中心にいる人物の1人であり、その彼女が得た情報はそれなりの数の人たちに共有されると考えるのが普通だろう。
「それはないだろう。
この前マルティーナと話したときにケントは後ろ楯になるようお願いしただろう?
その約束を果たしてもらうだけだ。
それにケントの能力についても他言しないよう約束したはずだ。
マルティーナは約束を反故にするような奴ではない。
もちろん私からも他言しないよう頼むつもりではあるが」
「……そうだね、お願いするよ」
氷魔法について話すときに決めたはずだ、フロスティの信用する人たちなら信じられると。
それに他にもマルティーナにお願いしたいことがあるので、これはちょうどいい機会だと思おう。
「フロスティ、もう1つマルティーナ殿下に伝えてほしいことがあるんだけど良いかな。
ディグアントのことなんだけど」
「ああ、その事ならミランダから聞いている。
こちらはこちらで国を脅かしかねないことだからな、伝えておこう」
「ありがとう」
後先考えないことばかりして迷惑をかけまくったわけだが、どうにか収まりそうで良かった。
後は成り行きを見守るだけだろう。
それはある種の呪い、状態異常と言っても過言ではないだろう。
そう、状態異常だ。
状態異常ならば、回復魔法で治すことができるのではないか。
誰でも思いつきそうな可能性だ。
これくらいのことなら過去に試みた者だっていたはずである。
回復魔法で刻印が消せるのならば、既にその知識が広まっていてもおかしくはない。
しかし、現実にその方法が確立されていないということは、刻印を消すことはできなかったということだ。
では本当にできないのかというと、そうとも限らない。
しばらく過ごしているうちにわかったことだが、この世界の人々のスキルレベルはそれほど高くない。
スキルレベルⅩの回復魔法使いなどこれまでの歴史の中ですらほとんどいなかっただろう。
ということはレベル不足で刻印を消すことができなかった可能性がある。
ケントの回復魔法Ⅹならば、あるいは。
そんなことを考え回復魔法を使ってみようと思った訳なのだが、その効果は劇的だった。
ケントが回復魔法を使用した瞬間、黒く禍々しかった刻印が突如として光輝いた。
その眩しさに思わず目を細めてしまう。
少しして光が収まったかと思うと、サラサラと砂が風で飛ばされるかのように刻印は消え去り、シアの真っ白な肌を汚すものは無くなった。
「……なんというかケントは相変わらずだな。
回復魔法で奴隷の刻印を消してしまうとは」
呆れたようにフロスティが呟いた。
「あれ……、刻印が無い?
私の刻印は……、私は奴隷じゃないの?」
「そうだよ。
シアはもう奴隷じゃない。
命令に従う必要はないんだよ」
ケントの言葉を聞いたシアの瞳からはポロポロと涙が溢れ出した。
しばらくの間、部屋にはシアのすすり泣く声が響いていた。
◇
一頻り泣いたシアは、ぽつぽつとこれまでにあったことを話し始めた。
幼少の頃に切り落とされた手が生えてきたこと、その事で家族がぎくしゃくしてしまったこと。
それでも変わらず抱き締めてくれた母のこと、その母が目の前で殺されてしまったこと。
奴隷として連れていかれたこと、一緒に連れていかれた兄が亡くなったこと。
何年も1人で食べ物もなく過ごしていたこと、そして何年も盗賊から拷問のような仕打ちを受けていたこと。
シアの話を聞き終える頃にはミランダとフロスティは涙を流しながらシアのことを抱き締めていた。
「……うぅ、これからは私たちが一緒にいるわ!」
「……ぐすん、そうだぞ。
私たちがシアの新しい家族だ!」
シアの過酷な人生を聞いた2人がシアを抱き締める光景は、人の温かさを象徴しているようで美しかった。
あまりに美しいので、ケントは蚊帳の外だが。
ケントだってシアの過去には同情するし、盗賊には腹が立った。
涙腺だって緩いので、人前で泣くものかとなけなしのプライドで無理矢理涙を抑え込んでいたほどだ。
駆け寄ってシアを抱き締めたい衝動にかられたが、ケントが足を踏み出すより速く2人がシアを抱き締めていた。
さすがにミランダやフロスティごと抱き締めるわけにはいかない。
いや、抱き締めたいけど。
むしろ3人の間に挟まれてみたいけど。
こんなときに考えるのは間違っていると理性ではわかっているが、悲しいかな、男はいかなるときでも隙あらば邪な妄想をしてしまう生き物なのだ。
「しかし、これは困ったことになったな」
当人であるシア以上に泣いていたフロスティが言った。
まだ鼻の頭が少し赤くなっている。
「困ったこと?」
シアの刻印は消え去り、問題など無い気がするが。
「はぁ、ケントお前なぁ。
いいか、シアは奴隷だったんだ。
刻印が刻まれていたことは父上も確認している。
そのシアから『隷属の刻印』を使用していないにも関わらず刻印が消えていたらおかしいだろう」
「うっ、で、でも黙っていたらばれないんじゃないかな~、なんて」
「そんなわけないだろう。
父上はおそらく見つけ出した『隷属の刻印』を使用してシアに使用するはずだ。
違法奴隷をそのまま放置しておくわけにもいかないからな。
でだ、『隷属の刻印』の使用には国の許可が必要だ。
シアを連れて王城へ行き、立会人の同席の元で刻印を消すことになるだろう。
そのときにシアに刻印が無かったら問題だぞ」
確かにそれは問題だ。
どうして刻印がないのかと問われるのは間違いない。
ランドン伯爵に知られている以上、刻印など無かったと嘘をつくことはできない。
かといって素直にケントの回復魔法で刻印を消したと言うわけにもいかない。
刻印を自由に消滅させることができるということは、犯罪を犯して奴隷にされた者たちを自由に解放することができるということだ。
そんな危険な存在を国が野放しにしておくとは思えない。
シアを奴隷から解放してあげたことに後悔はないが、回復魔法を試すにしてもその後のことを考えておくべきだった。
「ケントは回復魔法のことを国へ教えたくはないのだろう?」
「できればだけどね。
冒険者としての生活は楽しいから」
「『隷属の刻印』によって施された刻印を消すことができるケントを国が放っておくことはないだろうな。
国王陛下は聡明なお方であるからケントが無下に扱われることはないとは思うが、拒否したり逃げたりするようなら手段を選ばないだろう。
国の治安に関わることだからな」
「やっぱりそうだよね……」
「ねえフロスティ、何か手段はないの?」
ミランダがフロスティに詰め寄る。
「……そうだな。
ケント、マルティーナに回復魔法のことを話すのは構わないいか?
彼女の協力を取り付けることができれば、おそらく誤魔化せると思うが」
マルティーナか。
彼女には既に氷魔法のことを一部ではあるが知られている。
それならば回復魔法について知られても最も被害がない個人ではある。
あくまで個人ならだが。
「それって結局国に知られることにならない?」
マルティーナは王族だ。
それはつまりこのレリエスト王国の中心にいる人物の1人であり、その彼女が得た情報はそれなりの数の人たちに共有されると考えるのが普通だろう。
「それはないだろう。
この前マルティーナと話したときにケントは後ろ楯になるようお願いしただろう?
その約束を果たしてもらうだけだ。
それにケントの能力についても他言しないよう約束したはずだ。
マルティーナは約束を反故にするような奴ではない。
もちろん私からも他言しないよう頼むつもりではあるが」
「……そうだね、お願いするよ」
氷魔法について話すときに決めたはずだ、フロスティの信用する人たちなら信じられると。
それに他にもマルティーナにお願いしたいことがあるので、これはちょうどいい機会だと思おう。
「フロスティ、もう1つマルティーナ殿下に伝えてほしいことがあるんだけど良いかな。
ディグアントのことなんだけど」
「ああ、その事ならミランダから聞いている。
こちらはこちらで国を脅かしかねないことだからな、伝えておこう」
「ありがとう」
後先考えないことばかりして迷惑をかけまくったわけだが、どうにか収まりそうで良かった。
後は成り行きを見守るだけだろう。
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