縁の下の勇者

黒うさぎ

84.少女の救出

「申し訳ありませんでした」


 ケントの腕の中でひとしきり泣いた少女は、我に返ったのかケントから距離をとると跪いて謝罪した。


 だがその体はふらふらとしており、見ているこっちが不安になる。


「気にしないで。
 泣きたいときは泣いた方が良いからね」


 泣き終えたあとの少女の顔は、憑き物が落ちたような晴れやかな表情をしていた。


 元気になれるのなら、ケントの胸くらいいくらでも貸してあげたいと思う。


「これから君を連れて行こうと思うんだけど、大丈夫かい?」


「ご主人様の望むままに」


 ……おや、何か奇妙なワードが聞こえた気がするんだが。


「えっと……、ご主人様?」


「はい。
 あなた様が私の新しいご主人様です」


 どういうことだ?


 樽の中の少女を助けようとしたら、ご主人様認定されているのだが。


「……とりあえず今は置いておこう。
 ひとまず脱出するから手を貸して。
 いや、その前にちょっと目を閉じてもらっても良い?」


「はい」


 少女は疑問に思いながらも素直に目を閉じた。


 今するべきではないかもしれないが、流石に臭いが気になる。


 というわけでダンジョンで大活躍の水魔法による人間洗濯機の出番だ。


 少女は全身を流れるように包む水がくすぐったいようだったが、大人しくじっとしてくれている。


 ケントはアイテムボックスから粉末状の石鹸を取り出すと、体を覆う水流の中に入れた。


 また頭部の水流には洗髪用に売られていた油を加える。


 これはダンジョン探索中に身につけた小技だ。


 初めは水のみで洗っていたが、石鹸や油を加えることで洗浄能力の向上に成功した。


 洗い終わりに石鹸や過剰な油が残らないよう加減をするのが大変だったが、今ではお手のものだ。


 ミランダに「これだけで食べていけるわ」というお墨付きも貰っている。


 全身くまなく洗い、脱水すれば終了だ。


「よし、終わり。
 もう目を開けて大丈夫だよ」


 ゆっくりと目を開けた少女は綺麗になった自分の手を見て、目を見開いた。


 皮脂や土などで黒く汚れていた肌が綺麗になっているのだ、驚くのも無理はない。


「こ、これはいったい……」


「ちょっとしたサービスかな」


 流石に女の子に向かって汚かったから洗ったとは言えない。


「じゃあ今度こそ行こうか」


 ケントは隠密を使おうと少女の手をとろうとしたところで、ふと気がついた。


 起き上がることすら苦労していた少女だ、歩ける状態にあるとは思えない。


「申し訳ありません」


 ケントが考えていることを察したのだろう、しゅんとしながらうつむく少女。


「あっ!
 ごめん、無理しなくていいからね。
 ……そうだな、背中に乗ってもらえる?」


 そう言ってケントは少女に背中を差し出すように身を屈めた。


「いえそんな、ご主人様の背中に乗るだなんて」


「いいから、いいから」


 ケントにおぶられることに難色を示していた少女だったが、ご主人様の言葉に背くわけにはいかないとでも思ったのか、おずおずと体を預けてきた。


「しっかりつかまっていてね」


 少女を背負ったケントはそのまま階段を上り始めた。


 いなくなった奴隷を探すことで慌てていたのか隠し扉は開いたままだったので、難なく地上に出ることができた。


 後は来た通路を辿って外に出るだけだった。


 何度か人の傍を通ったが、ケントたちに気がつく者はいなかった。


 誰かの傍を通る度背中の少女が驚くのが、イタズラに成功したみたいで楽しかった。


 屋敷の外に出ると、空は茜色に染まっていた。


 勢いで少女を連れてきてしまったが、このあとはどうしようか。


 現在ケントはフロスティの家にお邪魔している立場なので、そこへさらに少女の保護を頼むのは申し訳ないが、フロスティなら受け入れてくれるだろう。


 ランドン伯爵の許可が降りるかはわからないが、駄目なら宿でもとればとりあえずは問題ない。


 誰にも気づかれない2つの影は、静かな街並みに消えていった。


 ◇


 ランドン伯爵邸に戻ると、問題なく少女は保護してもらえることになった。


 どうやら先に戻ったミランダが、ケントが違法奴隷を保護してくる可能性を話してくれていたらしい。


 少女は今、貸し与えられた一室で眠っている。


 食事に関しても体に優しいものを用意してくれることになっているので、少女に関してはひとまず大丈夫だろう。


 これは予想になるが、飢餓によって減少したHPの最大値も、ちゃんとした食事を摂れば元に戻るのではないかと思う。


「それでケント君、事情を説明してもらえるかな」


 現在ケントはランドン伯爵邸の食堂にいた。


 ミランダやフロスティ、伯爵にことの経緯を説明するためだ。


 依頼の最中にエディと出会ったところから、少女を連れ出すまでの過程を順をおって話した。


 伯爵がいるため鑑定については伏せたが、屋敷へ侵入するのに隠密スキルなしでは説明できなかったので、それなりに高レベルの隠密スキルを持っているということにした。


「なるほど。
 それにしても君も無茶をするね。
 腕に自信があるのかもしれないけど、貴族の屋敷に忍び込むなんて、もし見つかればその場で切り伏せられても文句は言えないよ。
 それに君は今、客人として我が家に滞在しているんだ。
 もし君が罪を犯せば我が家にどんな影響があるか想像できないわけではないよね」


 伯爵がケントの目を見て語りかけてくる。


 確かに伯爵の言うことは正しい。


 ケントには大局を観る眼が明らかに不足していると、自分でも思う。


 見ず知らずの少女とお世話になっている伯爵家では、明らかに後者の方が大切なのだろう。


 危険を犯してまで少女を助けて得られるものは、ケントの自己満足くらいなものなのかもしれない。


 だからといって助けられるだけの力があるのに目の前の少女を助けないという選択肢はケントにはない。


 もう一度同じ現場に遭遇したとしても、やはりケントは少女を助けるだろう。


 だが、伯爵の言っていることが正しいことには変わりはない。


 無用にランドン伯爵家の家名を汚すかもしれないリスクを犯したのだ。


 そこは反省せねばなるまい。


「仰る通りです。
 勝手なことをしてしまいすみませんでした」


 ケントは素直に頭を下げた。


「頭をあげなさい。
 私個人としては目の前の人を助けようとする姿勢は好ましいと思うよ。
 ただ、これからもフロスティとの関係を続けていくというなら、娘を危険に巻き込むようなことだけはしないでくれ」


「肝に命じます」


 ミランダとフロスティが見守る中、ケントはもう一度頭を下げた。







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