縁の下の勇者
70.後ろ盾
「すみません、紹介が遅れましたね。
彼女は私の護衛兼メイドをしてくれているホーリー。
彼女は鑑定のスキルを所持しているので、私が接触する人物を日ごろから鑑定してもらっているのです。
勝手にステータスを覗いたことはお許しください」
マルティーナに紹介され、一礼するホーリー。
なるほど、鑑定スキルか。
事前に相手のステータスがわかっていれば護衛しやすい場面も多いだろう。
ケントを見る目が厳しかったのは、氷の魔法使いかもしれない割にステータスが低かったからか。
ケントの隠蔽により隠されたステータスを見破ることはできなかったようだが、彼女からしたらケントはフロスティに取り入ってマルティーナに近づく詐欺師にでも見えたのだろう。
それにしてもケントがまだ見たことがないミランダのステータスを覗いたのか。
少し悔しいのと同時に、近衛騎士へと推薦したいと言わせるほどのステータスが気になる。
見たい、見たいが我慢だ。
プライバシーは大事だからね、うん。
そんなことを言っていると、いつになっても見ることができる日が来ない気がしないでもないが、気にしない。
「ホーリーの鑑定したステータスから推察すると、ケントさんは氷の魔法使いではないと考えるのが正直なところです」
少し困ったような顔をするマルティーナ。
親友であるフロスティが自分のためにわざわざ連れてきたケントのことを偽物呼ばわりすることに抵抗があるのかもしれない。
「そんなことはない。
私はこの目で何度もケントの氷魔法を見ている。
そうだケント、ここで何かやって見せてはくれないか?
そうすれば、マルティーナたちも信じるしかあるまい」
「ええっ、ここで?
その……、魔法とか使っても大丈夫なの?」
魔法はこの世界における遠距離攻撃の要だ。
もちろん攻撃するばかりが魔法ではないが、そういう使い方が一般的である。
王城の一室、それも王女の前で魔法を使うなど、現代で言えば「拳銃で撃ってみろ」と言っているのと同じだ。
その銃口が向けられた時に、果たして対処できるだろうか。
「何も部屋を壊せと言っているわけじゃない。
少し見せてもらえれば十分だ。
それくらいなら構わないだろう、マルティーナ?」
「確かにこの目で確認することができれば信じますが……」
マルティーナの言を魔法の使用許可が下りたと解釈したフロスティは一つ頷くと、ケントに視線を向けた。
それと同時に、護衛の騎士2人が身構える。
万が一ケントがマルティーナを攻撃した際に、守るためであろう。
もちろんケントだってそんなことするつもりはないが、彼女たちの立場では仕方あるまい。
「わかりました」
そう言うとケントは皆に見えやすいように手のひらを差し出し、その上に拳大の氷の球体を作り出した。
氷だとわかりやすくするためにある程度空気を含ませてあるので、白く濁った球体がケントの手のひらに収まっている。
突然現れた氷の球体に目を見開くマルティーナ達。
そんなに驚いてもらえると少し気持ちがいい。
「これは……、触ってみてもよろしいですか?」
「どうぞ」
ケントが差し出した氷塊をホーリーが一度受け取り、マルティーナへと手渡す。
「冷たい……。
本当に氷なのですね。
疑うようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした。
ですが一体どうやって?
ホーリーの鑑定ではケントさんは氷魔法のスキルなど持っていなかったはずですが」
マルティーナがそう思うのも当然だろう。
ホーリーが見たケントのスキルは回復魔法と水魔法、隠密の3つのスキルでそれぞれレベルⅠしかなかったのだから。
低レベルで平凡なスキルしか持たないケントが、前代未聞の氷魔法なんて使うのだから疑問に思うのも仕方がない。
「殿下もご承知の通り氷魔法を使用できるものはそうはいないでしょう。
私としてもお教えしたいのですが、これでも冒険者の端くれでして。
無暗に手の内をさらしたくないのです。
冒険者にとって手札の多さはそのまま日々の収入にも繋がる生命線ですから」
いくら力の一端を見せたからといって、全てを教える必要は無いだろう。
ミランダのように行動を共にするような相手ならともかく、この先会うことがあるかもわからない相手に教えることに抵抗を感じるのだ。
もちろん今後の関係次第では教える未来が来る日もあるかもしれないが。
しかしそうはいったところで、王女のお願いを無下にした現実は変わらないわけで。
メイドと護衛の視線が痛い。
自らが仕える主に対するケントの態度が気に入らないのだろう。
「確かに初対面の相手に何でも話せというのは失礼でしたね、すみませんでした。
それから、今更と思われるかもしれませんが、先日は危ないところを助けていただきありがとうございました。
ケントさんのおかげで今もこうして皆さんとお話をすることができます」
もしあの時ケントの助けが入らず、マルティーナが命を落とせばもちろんのこと、怪我を負ったり、盗賊に捕らわれたりするようなことがあれば、ランドン伯爵家は責任をとらされるだろうし、伯爵家に名を連ねるフロスティにも何らかの制裁があったかもしれない。
そうなれば2人の関係は本人たちの意思に関わらず、現在の形は保っていられなかっただろう。
あの時の行いが間接的にではあるが、フロスティを助けることに繋がっていたのかと考えると助太刀してよかったと思う。
「マルティーナ殿下がご無事で何よりです」
「何かお礼をしたいと思うのですが、何かありますか?
私の権限の許す範囲のものであれば何でも用意させていただきます」
「いえ、私は偶然通りかかっただけですのでお気持ちだけで十分です」
マルティーナの立場を考えると何か貰っておいた方が互いに後腐れないのかもしれないが、いきなり何でも好きなものを用意すると突然言われても即答できるほど欲しいものがあるわけでもない。
正面から金品を要求するのも抵抗がある。
「助けていいただいたのにお礼の1つもしないなど、レリエスト王家に名を連ねる者として恥知らずな真似はできません。
これでも王族です、大抵の物ならばご用意できますので遠慮なくおっしゃってください。
すぐに思いつかないというのであれば後日でも構いませんし、金品でも構いません」
「それでは2つ、物ではないのですがお願いがあります。
1つ目は、私の力について他言しないようお願いします。
そして2つ目は、もし私たちが何らかのトラブルに巻き込まれた際にお力添えをしていたらければと思います。
もちろん進んでトラブルに巻き込まれるつもりはありませんし、殿下に不利益にならない場合だけで十分です」
「それくらいのことでしたら構いませんが、本当によろしいのですか?」
「はい、ありがとうございます。
皆がそうとは申しませんが、冒険者というのは自分の力で欲しいものを手に入れたい生き物なのです。
ですからもしもの時に希望があるだけで十分です」
自分の力で手に入れたいというのは本心だが、心情的に自分の行いに対する満足感以上の報酬をもらうのは申し訳なく思ってしまう。
そもそもこの世界の価値ある物に対する知識、常識スキルによらない主観的な知識が不足しているので要求のしようもない。
それならいざというときのために王女という後ろ盾をお願いしておいた方が将来的に役立つだろう。
力で解決できることならおそらく問題ないけれど、権力が絡んでくると自力では解決できないようなことが起こるかもしれない。
そういう時にマルティーナの後ろ盾がきっと活きてくると思う。
もちろんマルティーナに頼るようなことが無いのが望ましいが、伯爵令嬢のフロスティだけでなく王女であるマルティーナとも面識ができたという現実がある。
2人は善良な人物であったので問題なかったが、悪意ある貴族と縁を持つことになる可能性も十分に考えられる。
備えておくに越したことは無い。
「わかりました。
もし何かありましたらご連絡ください。
お力になれることであれば、最大限の支援をさせていただきます」
「ありがとうございます」
それからしばらく、ダンジョンでの話など取り留めのないようなことを話したりしてマルティーナとの対話は終了した。
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