縁の下の勇者

黒うさぎ

65.王都の伯爵邸

 


 関門で身元確認を行った後、馬車は貴族区へと入った。


 賑やかだった平民区とは打って変わって城壁の内側には閑静な街並みが広がっていた。


 建ち並んでいるのは平民区にあったような民家の何倍もあろうかという屋敷ばかりだ。


 王都では基本的に王城に近い土地ほど格式の高い場所だとされている。


 したがって単に貴族区といっても平民区に近い土地には爵位が低かったり新興であったりする貴族が多く住んでいる。


 反対に王城の近くには爵位が高いか、古くから王家に仕える貴族家が屋敷を構えている。


 フロスティの実家であるランドン伯爵家の屋敷は王城の近くに存在した。


 公爵、侯爵に次ぐ爵位である伯爵家は、爵位だけ見るのならばせいぜい中位貴族であり王城の近くに屋敷を構えることなどできない。


 だがランドン伯爵家は、今でこそ良好な関係であるものの、かつて敵国であった帝国の進攻を幾度となく防ぎ、防衛の要として王国に多大な貢献をした。


 この功績はより高位の爵位を拝命するのに十分ではあるが、王都から近いとはいえ、辺境に位置する領主にあまり力をつけさせると裏切られた際に対処が困難になる危険性がある。


 それに数百年続く王国の歴史の中ではランドン伯爵家は比較的新興の家であり、古くから王国に仕える高位貴族たちからすると戦争で手柄を立て続けるランドン伯爵家の存在は好ましいものではなかった。


 そんな伯爵家の爵位を上げるようなことをすれば、王国内に馬鹿なことをしでかす高位貴族が現れないとも限らない。


 高位貴族は大きな責任と共にそれに見合うだけの力を持っているため、王家といえどもそう簡単に干渉できるものではない。


 高位貴族の妬みによる行動がが功績を急ぐのか、伯爵家を攻撃するのかはわからないが、もしその事がきっかけで伯爵家が討たれるか、帝国に寝返るようなことになったとしたら、防衛線の崩壊した王国に未来はないだろう。


 上位貴族たちもそのことはわかっているとは思うが、帝国との戦争が終わって数十年の時が経過している現在、平和ボケをしている者がいる可能性を残念ながら否定することはできなかった。


 伯爵家が無くなったからといって現在は友好的な関係にある帝国がすぐさま攻めてくるとは思わないが、そういう話ではないだろう。


 そのような事情もありランドン伯爵家は伯爵どまりではあるが、功績には何らかの形で報いる必要があるため、王家はランドン伯爵家に対して様々な便宜を図ったり、報奨金を授けたりすることで功績と相殺していた。


 ランドン伯爵家の屋敷が王城に近い場所に位置しているのも、過去に便宜を図ってもらった結果だ。


 それで上位貴族が納得するのかとも思うが、今のところ伯爵家と衝突するようなことは起きていない。


 彼らにとって地位というものは、多少の便宜や報奨金よりも大切なものなのだろう。


 幸いにも伯爵家はそのあたりの事情を酌んでいるため王家に対して不信を抱くこともなく、むしろ便宜を図ってもらう内に王家と懇意な関係を築いていた。


 王女がお忍びで訪れていることからもそのことがうかがえる。


 そんな話をフロスティから聞いているうちに、馬車の動きが止まった。


 どうやら着いたようだ。


 御者によって馬車の扉が開かれたので初めにケントが降り、次いでミランダ、フロスティの順で降りた。


「お帰りなさいませ、フロスティお嬢様」


 フロスティが馬車から降りたタイミングを見計らって1人の男性が声をかけてきた。


 灰色の髪を上げ、黒い服装をした老齢の男性の立ち姿は、年齢を感じさせずピンとしていた。


「ただいま、バセス。
 元気そうでよかった。
 先に来た騎士から聞いているとは思うが、今回は王都にいる間この二人も屋敷に滞在することになっている。
 部屋の都合は大丈夫か?」


「すでに客室の準備は整えてあります。
 お初にお目にかかります、ランドン伯爵家の王都邸にて執事長をさせていただいておりますバセスと申します。
 滞在中、何か御用の際は何なりとお申し付けください」


「あっ、ケントです。
 よろしくお願いします」


「ミランダです。
 お世話になります」


 バセスに挨拶されて慌てて返事をするケント。


 執事として当然のことなのかもしれないが、突然畏まった挨拶をされると緊張してしまう。


 一方ミランダは、多少硬さはあるものの、ケントほど緊張している様子はなかった。


 肝が据わっていると思う。


「お嬢様、旦那様は夕食にはお戻りになられる予定です」


 フロスティの父親であり、伯爵家の現当主でもあるランドン伯爵は、お忍びでランドンを訪れていた王女に同行し、そのまま王都に滞在していた。


 自領で王女が盗賊に襲われたのだ。


 王家とは懇意な関係にあるとはいえ、お咎めなしとはいかないのだろう。


 王女と共に王都へ来てから今日まで事後処理に追われているらしい。


「そうか、なら2人の紹介は夕食の時にでもしよう。
 2人とも慣れない旅で疲れただろう。
 夕食まで部屋で休むといい。
 バセス、案内を頼む」


「畏まりました。
 それではケント様、ミランダ様こちらでございます」


 バセスさんに案内された部屋は個室で、華美な装飾品の少ない落ち着いた部屋だった。


 貴族はどうか知らないが、少なくともケントはキラキラした装飾品に囲まれた部屋だと落ち着いて休めそうもないのでこういう部屋はありがたい。


 とりあえずベッドに腰掛けると、あまり疲れていたつもりはなかったが慣れない馬車の旅で気が付かないうちに疲労が蓄積していたのだあろう、襲ってきた睡魔にあらがうことができず、ケントの意識はそこで途絶えた。



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