縁の下の勇者

黒うさぎ

49.契約

「なるほど、事情は分かったよ。
 でもその依頼って魔剣が見つからなかったときはどうなるの?
 まさか見つかるまでずっとなんて言わないよね?」


 美人と一緒のパーティーを組めるのは嬉しいが、さすがに一つの依頼に縛られたまま生きていくのは御免こうむりたい。


 もっともそうなったら自重無しで魔剣を見つけに行くのだが。


「流石にそこまで頼むつもりはない。
 それでは、一ヶ月でどうだ?
 もちろん通常の依頼報酬とは別に、費やした日数の間にお前たちが稼いだであろう収入分も上乗せするぞ。
 これでも伯爵家の娘だからな、自分で自由にできる金もいくらかはある」


 確かに報酬は悪くない、いやむしろ良い。


「仮に依頼を受けるとして、具体的に何階層へ潜るつもりですか?」


「そうだな…、お前たちが魔剣を見つけたのは確か8階層だったな?」


「そうだね」


「なら9階層に潜ろう」


「9階層!」


 今まで静かにしていたミランダが突然声を上げた。


「何か問題があるのか?
 8階層で魔剣を見つけたのなら、それより下層側の方が見つけやすいと思ったんだが。
 9階層は実力的に厳しいか?」


「い、いえ、そういうわけでは。
 ただ、9階層となると泊りがけになりますし、見ての通り我々のパーティーには男もいるので、フロスティ様と共に寝泊まりはさすがに問題があるかと」


「なんだ、こいつ…ケントだったか、ケントが私に手を出すかもしれないと心配しているのか。
 仲間がこう言っているがどうなんだ?
 ケントはダンジョンで私を襲うつもりなのか?」


「まさか、そんな恐れ多いことしないよ」


 まったくなんてことを聞いてくるんだ、この人は。


 自称紳士であるケントがそんなことをするはずあるまい。


 現にミランダにだって手を出していない。


 もちろん同意の上なら、手の一本や二本、出すのも吝かではないが。


 むしろ出したい。


「だそうだ、それなら問題あるまい」


「ですが、軽率な行動はフロスティ様への醜聞の元となりかねません」


「そうは言うが、女性だけのパーティーは数が少ないと聞く。
 今回見送ったところで、私は試練のためにいずれダンジョンへ潜らなければならない。
 それに男がいるかもしれないが、お前たちならミランダもいるしそういった間違いは起きにくいだろう。
 少なくとも男だけのパーティーへ依頼するよりは醜聞もマシなはずだ。
 それでもいろいろ言いうやつ等、放っておけばいい」


「ですが!」


「なんだ、やけに喰いつくじゃないか。
 私が問題ないと言っているのに。
 ん?もしやあれか。
 ケントが私を襲う心配をしているのではなく、私にケントを盗られる心配をしているのか!」


「そ、そんなことではありません!」


 耳まで真っ赤にして抗議するミランダ。


 ああもったいない、そこで肯定していれば、ケントの好感度もうなぎのぼりだったというのに!!


 …まあ、だれがそんなもの欲しいのかという疑問はあるが。


「はっはっは!そうかそうか!
 確かに女として男を盗られないようにするためなら、喰いつくのも理解できる。
 心配しないでいい、今のところケントに対してそういった感情はないからな。
 …今のところは、だが」


「だから違います!!」


 すっかりフロスティに遊ばれているミランダ。


 こんなに感情を乱すミランダは珍しい。


 真っ赤な顔と共に、しっかり記憶しておこう。


「まあ冗談はさておき、私が問題ないと言っているんだ。
 それでいいだろう?」


「うぅ、納得はしかねますが承知しました」


「うん。
 他には何か質問はあるか。
 なければ返事を聞かせて欲しいのだが」


 さて、どうしたものか。


 正直、ケントの力については気持ちの問題であり、死んでも秘密にしなければならないわけではない。


 実際にミランダにも話しているわけだし。


 ただ進んで目立ちたくないというのが本心だ。


「依頼を受けるにあたって1つお願いがあるんだけど」


「なんだ?
 私にできることだったら、協力するぞ」


「冒険者も商売だから、戦法とか他の人に秘密にしておきたいんだ」


「それはそうであろう。
 手の内を全てさらけ出すのは、時として己の命に係わるだろうからな」


「うん、だからダンジョン内でみた俺たちの戦い方について秘密にして欲しいんだけど」


「そんなことか。
 それくらいならもちろん秘密にすると約束しよう。
 …そういえばちょうどいいものを持ってきてあるぞ」


 そういってフロスティは一枚の紙を取り出した。


「それは?」


「ケントはこれを見るのは初めてか。
 確かに貴族や商人以外が使用することは少ないかもしれないな。
 これは『契約記録紙』という魔道具だ。
 この紙を用いて契約された内容は、即座に王都にある法廷へ保管される仕組みになっている。
 もしどちらかが契約に違反した場合、法廷へ訴え出れば証拠として認められるわけだ」


 そんなものがあるのか。


 なかなか便利な魔道具だな。


「契約違反をした場合、罪はどうなるの?」


「普通は、それも含めて契約の内容として決める。
 今回はそうだな、もし私がお前たちのダンジョンでの振る舞いを口外にするようなことがあったら、私の身を差し出そう」


「はあぁ?!」


 大人しくなっていたミランダが再び起動した。


 今日は元気だな。


「私の身は私のものだ。
 私が賭けたところで問題あるまい。
 それに私は自分をそう安く差し出すつもりはないから心配するな」


 そう言って笑うフロスティ。


 ミランダをからかうために言った冗談かと思ったが、どうやらマジなようだ。


 しかし、確かにそれならフロスティが、ケントの力を口外することは無いだろう。


 もし口外にされたら、それはそれでアリだ。


 妄想がはかどる。


「わかった、依頼を受けるよ。
 ミランダもそれでいいかな」


「…ええ」


 完全には納得していないようだが、同意してくれた。


「そうか、それは良かった」


 そういうとフロスティは契約記録紙に依頼内容と契約内容、報酬と罰則などを記入していった。


「そういえば、俺たちが依頼を反故にしたときの罰則はどうするの?」


「普通の依頼ならギルドが判断するだろう。
 内容にもよるだろうが、昇格に影響があるか、降格、場合によっては除籍なんてこともあるだろうな。
 あまりに悪質な場合には国に処分されることもあるだろう」


 それもそうか。


 普段依頼を受けるときは受付で処理しているもんな。


「よし書けたぞ。
 確認してくれ」


 ケントはミランダと共にフロスティが記した内容を確認する。


 問題ないかな。


 ミランダも大丈夫そうだ。


「問題ないよ」


「そうか。
 では2人ともその紙に少しだけ魔力を流してくれ」


 そう言われてケントとミランダは契約記録紙に魔力を流し込んだ。


「うん、では貸してくれ。
 次は私が流す」


 フロスティはケントから紙を受け取ると、魔力を流した。


 その瞬間、契約記録紙が発光し、フロスティの手元から溶けて消えてしまった。


「契約成立だ。
 これからよろしく頼む」


「こちらこそ」


 そう言ってフロスティが差し出した手をケントは握り返した。



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