縁の下の勇者

黒うさぎ

8.盲点

 どうやって受付のお姉さんにソロ活動を認めてもらおうか。


(攻撃手段のない俺を魔物や盗賊の前に単独で送りたくないのはわかるんだけど)


 採取系のクエストだけを受けるということにすればどうだろう。


 ……採取しに入った森とかで魔物と遭遇することなんてよくありそうだしな、これだけでは認めてもらえないだろう。


 回復魔法を使えるから、攻撃を受けても回復しながら逃げられますというのは。


 ……攻撃を受ける前提というのが良くないか。
 今のステータスでは一撃で死ぬことだって普通にありそうだし。
 そもそも痛いのは俺だって嫌だ。


 隠密で敵に見つからないようにして、かつ採取系のクエストしか受けないというのはどうか。
 ……案外いけるか?
 俺の隠密の高さを受付のお姉さんに認めさせればソロ活動を許可してくれるかもしれない。


 偽造ステータスの隠密のスキルレベルがⅠしかないからそこから不審がられるかもしれないが、さっき目の前で隠密解除しちゃったから疑い深い人なら既に疑っているだろう。


 よし、これでいこう。
 駄目ならその時考えよう。


「それではこの条件ならどうでしょう。ステータスにもある通り、私は隠密が得意です。依頼を受けるときは常に隠密状態で行動しましょう。そして受ける依頼は採取系のものなど依頼に戦闘が必須ではないもののみを受けることにします。
 この条件なら魔物や盗賊に襲われることもなければ、敵を倒す攻撃力も必要ありませんので単独で活動しても問題ないですよね」


「確かに理屈上ではそうかもしれませんが。しかしケントさんの隠密のスキルレベルはⅠです。これでは本当に弱い相手しか欺くことはできませんよ。
 少なくともランドンの冒険者ギルド関係者の中で欺かれる者は最近冒険者になったばかりの低ランクの方たちくらいでしょう」


「受付のお姉さんも隠密を使った私を見つけることができるということですか」


「……今は受付の仕事をしていますが、私も元は冒険者でした。隠密を使う魔物を相手にしたことだってありますし、今のあなたよりもレベルだってずっと上ですよ」


「ではお姉さんから隠密を使って隠れることができたら単独活動を認めてはいただけませんか。もちろん先ほどの条件で依頼を受けますし、この先ずっと1人でいるつもりは私もありませんので。いずれパーティーを組むその時までしばらくは、ということでどうでしょう」


「わかりました、いいでしょう。ですがもし私に見つかるようならパーティーを組むまで冒険者活動は認めません。他の受付の方にも頼んで一切の依頼を受けさせないようにさせてもらいます」


(うわぁ~、めっちゃ怒っていらっしゃる。挑発しすぎたかな。表情はそんなに変わってないのに圧がすごい、圧が。でも普段クールなのに熱くなりやすいそんなところもかわいいな~、普段知らないけど)


「かまいません。それではいきますよ」


 そういうと勢いよくしゃがみ受付の机の陰に隠れお姉さんの視界から外れる。


 こちらの存在を視認されている状態で隠密を発動しても十分に効果が出るか自信がなかったからだ。


 そして全力の隠密発動!


 直後お姉さんが机越しにこちらを覗き込んできた。


 俺はハイハイでその場を離脱。


 少し離れたところから様子を窺う。


 お姉さんはというと受付から出てきて机の陰を見たり、周囲をきょろきょろしたりして俺のことを探している。


 どうやらうまく隠密ができたようだ。


(この様子なら見つかることはなさそうだな。それにしても認識の外から美人なお姉さんを観察する……。なんて背徳的なんだ!)


 ケントのことをすっかり見失ってしまったお姉さんはすっかり冷静さを失っていた。


 あちこちを穴でも空きそうなほど鋭い眼光でにらみつけている。


 まあ、そちらにケントはいないのだが。


(そろそろいいかな)


 ケントはお姉さんの背後に立つと隠密状態を解除した。


 その瞬間、受付嬢はパッと振り返った。


(さすが元冒険者というだけあるな。隠密解除した瞬間に見つかるとは。魔物相手に戦う勇ましいお姉さんも見てみたかった。儚い)


「どうでしたか。これなら見つからずに依頼を達成することができますよね」


「今のは何なんですか!スキルレベルⅠの隠密を私が見失うはずありません。本当にスキルレベルⅠなのですか!」


「本当ですよ。さっき鑑定石で見ましたよね、私のステータス。鑑定石は隠蔽によるステータス偽造も見破ることができるはずですが」


 常識さんによると隠蔽で鑑定石の鑑定を欺くことはできないらしい。


 もっとも知られていないことだが、鑑定石が偽造を看破することができるのは隠蔽Ⅷまでで隠蔽Ⅸ以降の偽造は見破ることができない。


「では一体どうやって!」


「まあまあ、落ち着いてください。種明かしをするのは構いませんが、その前にしばらくは単独活動をすることを認めていただけませんか」


「…わかりました。もともとパーティーを組まなければならないという決まりはありませんので。ただ冒険者を無駄死にさせるわけにはいきませんから推奨されているというだけです」


(なるほどね。善意で進めてくれていたと思うとなんか罪悪感が…)


「それで、種明かしとは何ですか」


「お姉さんは盲点というものをご存知ですか」


「もう…てん、ですか?」


「はい。何か書くものと汚しても構わない紙をお貸しいただけませんか」


 不思議そうな顔をしながらもお姉さんは受付からペンと紙を持ってきてくれた。


 ケントはそれらを受け取ると紙に10cmくらい間隔をあけて直径2cm程の円を2つ描いた。


「左目を閉じて、右目で左の円を見つめて、紙と目の間隔をだんだんと近づけたり、はなしたりしてみてください。右側の円が完全に見えなくなる瞬間があるはずです」


 怪訝そうな顔をしながらも受付嬢は素直に指示に従い、紙を近づけたり、はなしたりしている。


「あっ、消えた!」


「その位置が盲点です。そこにあるはずのものが見えない、そんな場所ですね。私のことを見失ったのはこの盲点を利用したためです。
 隠密で気配を消しつつ、相手の盲点に入り続けることで消えたと錯覚させるのです。どちらかだけではそれほど効果はないかもしれませんが、2つ合わせるとなかなかのものでしょう」


「そんなことが…」


「この技術を身につけるのは苦労しましたが、それなりの効果はあると思います。これは私の切り札でもあるのでご内密にお願いしますね」


(どぅお~だっ!このそれっぽい言い訳は!我ながらいいセンスしているじゃないか。お姉さんに嘘をつくのは少し気が引けるけど、仕方ない。頼むから納得してくれよ~)


「わかりました。それほどの技術をお持ちなのに疑うようなことを言ってしまい申し訳ありません。もちろんこのことについては他言しないとお約束します」


「ありがとうございます」


(よし!のりきった~!)



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