縁の下の勇者
1.プロローグ
冬も近づき午後6時を回った現在、空は完全に闇に染まっている。
地方とはいえ、通学路の近辺は車通りも多くまた、街灯や建物から漏れる明かりによって夜空の星はほとんど見えない。
公共交通が充実しているとは言い難いため、人々は移動に車を利用することが多く、歩行者の大半はこのあたりの学校へ通う学生であった。
現在駅へ向かって走っている少年もまた近くの高校へ通う学生の一人であった。
逸見健斗。
耳に少しかかる黒髪。今年になってようやく日本人男性の平均に競り勝った身長。万年文化部に所属することで形成されたやせ型の体躯。平凡な顔立ちで中学のころから低下しはじめた視力を補うため、レンズ込みで6千円の安い黒ぶちの眼鏡を着用している。服装にも特にこだわりはなく、庶民の味方である大手企業の「ユニシロ」で全身をモノトーンカラーにコーディネートしている。
背中には大きめのリュックを背負い、左手にはナップザックを持っている。
今日もいつも通り部活に参加していたのだが、友達と雑談をしていたところ下校するのが予定より遅くなってしまった。
高校から最寄り駅まで徒歩で20分強かかる。
電車は1時間に1本しかないため、これを逃すと肌寒くなってきた中、待合室のないホームで凍えることになる。
電車が出るまで後15分。
走れば間に合うと信じ、健斗は学校を飛び出した。
(なんで今日に限って荷物が多いかなぁ~!)
健斗は恨めしそうに左手のナップザックを見た。
中には辞書が4冊と空の弁当箱、水筒が入っている。
筋肉の少ない腕は早くも悲鳴を上げていた。
授業は曜日ごとにおおよそ決まっているため、荷物が多いのは今日に限ったことではないのだが、そんなことは焦る健斗には関係ない。
寒かったため厚着で来たことが裏目に出て、既に汗だくである。
こんな状態で駅のホームに1時間もいたらきっと風邪をひいてしまうだろう。
電車を逃してなるものかとスピードを上げようとするが、運動不足による体力のなさと荷物の重さですぐに失速してしまう。
半ばもうろうとしながら執念だけで走っていた健斗は普段は絶対にしないようなミスを犯してしまった。
信号無視である。
いつもなら車が通らなくても赤信号では止まり、無視して渡る他の歩行者を見てひそかに自尊心を満たしていた。
しかし、電車に乗るためペース配分を無視して全力で走っていたため、すぐにばててしまい注意が散漫になっていた。
意識しなくても通いなれた通学路であったため体は駅への道順を辿っていた。
そのため赤信号にもかかわらず、健斗は車道へ飛び出してしまったのだ。
左から迫る光を見て、それが市営のバスであると認識したところで健斗の意識は途絶えた。
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