完全無欠少女と振り回される世界~誰かこいつを止めてくれ!!~

黒うさぎ

34.完全無欠少女、ウィリムス王!

 
 俺は1つ深呼吸をしてから、執務室のドアを叩いた。


「入れ」


 部屋の主から入室の許可がでる。


 執務室は王城の中とは思えないほど、質素なものだった。


 父上は大国の王であるにも関わらず、見た目よりも機能性を重視するきらいがある。


 人の目に触れる謁見の間など一部の場所を除き、私的なスペースには最低限の物しか置かない。


 もっともその一つ一つは国随一の職人たちが腕を振るって作った最高級品であるため、国王としての威厳を損なうことはない。


 父上のこういった部分も賢王と呼ばれる理由の1つなのだろう。


「失礼致します」


「……なぜソリスがここにいる?
 お前が学院から帰ってきたという報告はうけていないが」


 資料から顔を上げた父上は入室者の姿を確認すると眉をひそめた。


「至急父上にご報告したいことがあり、急ぎ帰国した次第です」


 いきなりミエリィの転移の話などしても信じてもらえるとは思えない。


 心象の良いことではないが、ぼかして話す他ない。


「学院で何かあったのか?」


 父上は俺の態度に訝しんでいるようだったが、至急の報告があるという俺の主張を優先してくれた。


「報告の前に一つ確認したいことが。
 魔王から停戦の申し込みがあったというのは事実で間違いないでしょうか」


「ああ。
 魔王にどのような目論見があるのかは知らんが、お陰で我が国を含め人族連合会議に籍を置く全ての国が困惑しておる。
 これが人族を揺さぶるための策だとしたら、まんまと我々は魔王の策にはまったわけだ」


 父上は自嘲するように言葉を紡いだ。


 その表情は心なしかやつれているようであり、王としての心労もあるのだろう。


「実はその魔王についてなのですが、魔王と接触する手段があります」


「何?」


 鋭い視線が俺を突き刺す。


 実の親子とはいえ、思わず後ずさってしまいそうになるほどの迫力だ。


 だが、態々ミエリィに連れてきてもらったのだ。


 こんなことで尻込みしている場合ではない。


 俺は腹に力を入れた。


「正確に申しますと、魔王と交友のある人物が魔王との橋渡しをする旨を申し出てくれました」


「魔王と交友のある人物だと?
 それは人族なのか?」


「はい。
 ローランド魔術学院にて私の同期であるミエリィ・マイリングです」


「ミエリィ・マイリング……。
 確か非常に優秀な魔術師がローランド魔術学院へ入学してきたという報告は受けたが、それがそのような名前だったな。
 まさかとは思うが、いくら優秀であるとはいえ、所詮は学生に過ぎない者が魔王と交友があると本気で言っている訳ではあるまいな」


「ミエリィは優秀という言葉では収まらない、桁外れた人物です。
 それこそ魔王に匹敵、いえ魔王をも凌ぐほどの実力を秘めています」


「魔王を凌ぐだと?
 何を馬鹿げたことを。
 人族の仇敵にして不倒の存在、それが魔王だ。
 これまでどれ程の英傑や軍隊が魔王の前に散っていったか。
 一個人で魔王に敵う者などいるはずあるまい」


 父上の反応は当然だ。


 俺だってミエリィに出会う前ならば、こんな与太話信じなかっただろう。


 しかし、今はそんな与太話に聞こえることでも父上に信じさせなければならない。


「いいえ、これは事実です。
 そうですね……。
 では父上、私はどのようにこの王城へと帰ってきたと思いますか?」


「そんなもの馬車以外にあるまい。
 まさか歩いてきたなどと言うわけではあるまいな」


「どちらも違います。
 私はミエリィの転移魔法でここまで運んでもらったのです。
 学院から王城まで文字通り一瞬で」


「ソリス、お前は余を馬鹿にしているのか。
 転移魔法だと?
 そのような大魔法を学生風情が使えるはずなかろう。
 それも学院からこのウィリムスの城まで転移したと。
 そのようなこと我が国の魔術師団長でも不可能だ。
 それどころか、たとえ魔王でもできるかどうか」


「その不可能を可能にするのがミエリィです。
 彼女の凄さは転移魔法だけではありません。
 拳圧だけで学院都市の外壁を破壊するだけの身体能力を持ち、黒竜を友にするような傑物です。
 そんな彼女ならば魔王と交友があろうとも不思議ではないでしょう」


「そのようなことできるはずがない。
 第一そのような武勇伝があるならば、余のところに報告が来るはずだ」


「彼女の成すことは人の想像を越えることばかりですから。
 端から見ているだけだと天災と区別ができないレベルなので、実際にミエリィの実力を把握している人は案外少ないのかもしれません。
 ですが、これらのことは私自身この目で見た紛れもない事実ですし、彼女と接した者なら誰であろうと彼女の力を認めざるをえないでしょう」


 父上はしばしの間思考を巡らせていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……ミエリィとやらの実力が本物だとするならば、だ。
 その力を余の前で証明することはできるということだな」


 やはりそうなるか。


 確かに父上の前で実力を示すことができれば、話はスムーズに進むだろう。


 ミエリィならば頼めば協力してくれるとは思うが。


「今、ミエリィには私の私室で待機してもらっています。
 頼めばその力を見せてくれることでしょう。
 ですがその前に1つ約束して頂きたいことがあります」


「約束だと?
 なんだ、申してみよ」


 さあ、ここからが本番だ。


「彼女の実力を認めて頂いた場合でも、彼女の自由を縛ることはしないで頂きたく存じます」


「それは国に取り込むなということか」


「はい。
 彼女は、ミエリィは自由であるからこそミエリィなのです。
 もし約束をしていただけないと仰るのなら、残念ですが今回の話は無かったということにしなくてはなりません」


 王に対しあまりにも不遜な発言。


 いくら私的な場であり、俺が王子であるということを考慮しても、して良い類いの会話運びではない。


 だがしかし、それでもこの条件だけは認めさせなければならない。


「余を前にして言うようになったではないか、ソリス。
 だがなぜそこまでその少女に肩入れをする?
 仮にお前のいう通りの実力者であるならば、ウィリムスに迎え入れることがどれだけ国のためになるのかということをお前だってわかっておるだろう」


 確かに父上の仰る通りだろう。


 国の為に最善を尽くすのであれば、如何にミエリィをウィリムス王国に取り込むかを最優先に考えるのが王族として正しい姿だ。


 ミエリィがウィリムス王国のものになれば、魔族との敵対関係が続いたとしても大きな戦力となるし、魔族との争いが終わったとしても人族諸国内における絶対的な地位を確立できるだろう。


 だがそれでも俺はミエリィを国に縛りたくはない。


 俺は彼女の笑顔が好きだ。


 日溜まりのような、温かな笑顔が好きだ。


 彼女ならばたとえ国に縛られたとしても変わらず笑顔を見せてくれるかもしれない。


 だがそれは俺の望む形ではない。


 俺は自由なミエリィが好きなのだ。


 何事にも縛られず、何者にも縛られず。


 皆を振り回して生きる、そんな彼女だからこそ俺は。


 実際のところ、国程度がミエリィを縛ることなどできないだろう。


 だからこれは俺のエゴにすぎない。


 だがそれでも俺は誓ったのだ、ミエリィを護ると。


「私はミエリィ・マイリングに惹かれてしまったのです。
 それ以上の理由はありません」


「はっはっは!
 好いた女の為だと申すか。
 お前は兄弟と己を比較し、自身を卑下してその事実を淡々と受け入れておった。
 王族としても最低限のことしかしない。
 人としても王族としても面白味に欠ける奴だと多少心配していたが、好いた女のために一皮剥けたか。
 親としては喜ばしいことだが、親である以前に余は王である。
 全ては国のために。
 仮にミエリィとやらが本当にそれ程の逸材ならば、私情を抜きにしてウィリムス王国へと迎え入れなければならぬ。
 お前が何と言おうがな。
 だが、お前がその娘を娶るというのであれば、話は別だ。
 それはお前の言う縛るという行為ではあるが、好いた女と結ばれるのだ、お前も否とは言うまい」


「正直、私程度の男がミエリィのお眼鏡に適うとは思えないというのが現状です。
 もし彼女を妻に迎え入れることができるのであれば、それは私にとって喜ばしいことでしょう。
 ですがそれは私個人の感情です。
 王子としてではありません。
 仮に彼女が私の気持ちを受け入れてくれるのならば、私は彼女の意見を尊重します。
 彼女が王族に籍を置きたくないというのであれば、私は廃嫡していただいてでも彼女に寄り添うつもりです」


「……廃嫡だと?
 ソリス、貴様正気か」


「それが、平凡な私の彼女に示せる最大限の覚悟です」


 沈黙が執務室を支配する。


 睨み合うようにして父上と視線を交えるのは胃が痛いが、ここで折れるわけにはいかない。


 張り詰めた空気はしかし、ニィッと左の口角を上げた父上の笑みによって終わりを迎えた。


「お前にそこまで言わせるとは興味が湧いた。
 よかろう、ミエリィ・マイリングに余計な手出しはしないと誓おうではないか。
 しかし、それはミエリィがお前の言うところの#自由__・__#で有る限りという条件付きだ。
 他国へ取り込まれるような事態になるならば、その限りではない」


「寛大なご配慮、ありがとうございます」


 俺は王国の作法に則り、頭を下げた。






  

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