完全無欠少女と振り回される世界~誰かこいつを止めてくれ!!~

黒うさぎ

17.完全無欠少女、災厄!

「お前、スライムに覆われて何ともないのか?」


 いくらスライムの酸が弱いとはいえ、これだけの時間があればとっくに溶け始めているはずだ。


 いくらなんでも、楽しそうに転げ回っているのはおかしい。


「そんなことないわよ。
 とっても気持ちがよくて、すっごく幸せだわ!」


 スライムに揉みくちゃにされて楽しそうなミエリィ。


 ロイスは漸く悟った。


 こいつは常識の範囲内の生物ではないと。


 心配するだけ無駄であると。


 問題を起こさない限りは、放置しておこう。


 それが良い、俺の精神の平穏を保つ為にも。


「ほどほどにな」


 一言声をかけると、ロイスはミエリィの元を立ち去った。


 ◇


「次の方、通行証の提示を」


 エリックはいつものように学院都市を訪れる人々の確認を行っていた。


 この仕事についてしばらく経つが、不審な人物など滅多にいない。


 流れ作業のように通行証の確認を行って中へと通すだけだ。


 そんな退屈な仕事ではあるが、エリックは今まで手を抜いたことはないし、都市の安全を守るこの仕事をそれなりに誇りに思っていた。


「はい、確認できました。
 良い1日を」


 1人中へと通し、次の人が来るのを待つ。


 そんなときだった。


「おい、あれはなんだ?」


 同僚の1人が空を指差して言った。


 エリックがそちらの方を向くと、確かに何かが空を飛んでいるのが見える。


「鳥か?」


 ほとんど点のようにしか見えないため鳥かと思ったが、よく見るとかなり距離があるように思える。


 それなのに視認できるということは、相当大型の生物なのだろうか。


 丁度通行待ちの人もいなかったので、エリックは懐から外壁上で哨戒する際に用いる単眼鏡を取り出すと飛行物体を見た。


 そして遠くの空を飛ぶ点の正体を把握した瞬間、背筋が冷たくなるのを感じた。


「おい、何か見えたか?」


 同僚が声をかけてくるが返事をすることができない。


 震える手でなんとか単眼鏡を手渡す。


「おう、サンキュー」


 単眼鏡を受け取った同僚は、呑気に礼なんか言いながらレンズをを覗きこんだ。


「!?
 おい、あれって……」


 その瞬間、けたたましく鳴り響いた警報によって同僚の声は遮られた。


 どうやら外壁の上の連中もあれを見つけたらしい。


「どうしてあんなものがこんなところを飛んでいるんだ……」


 この世界には数多くの魔物が存在するが、その中でも特に有名で最強の種。


 竜種。


 たった一体で国を壊滅させることもあるという、まさに生きる災厄といっても過言ではない魔物。


 竜は高い知性を持つとされ基本的に人と争うことはないが、一度竜の逆鱗に触れようものなら待っているのは破滅だけだ。


 そんなものに目をつけられたら人族などひとたまりもないだろう。


 中には単独で竜と渡り合う、化け物のような人間もいるらしいが、そんな奴はこの世界でも数えるほどしかいない。


 世界中から優秀な魔術師の卵たちが集う学院といえども、竜と互角の逸材が現れることは極めて稀だ。


 学院長や各国から派遣されている騎士がいるとはいえ、この学院都市も流石に竜に襲われたら被害は免れないだろう。


 幸いなことに竜の進行方向はこの都市ではないようだ。


 ふぅと安堵のため息をついたが、あることを思いだし再び戦慄した。


「あの方向、今日は学院の生徒が演習に出ていたはずだ……」


 慌ててエリックは指示をあおぎに詰所へと駆け込んだ。


 ◇


 そろそろ終わりにするか。


 演習を始めて二時間あまり。


 いくら相手がスライムとはいえ、魔物と初めて対峙する生徒も少なくない。


 魔法を使うことによる疲労はもちろん、精神的な疲れもあるだろう。


 初回から頑張りすぎるのは良くない。


「集合!
 本日の演習はここまでにする。
 怪我をしたものは……、いないようだな。
 それじゃあ学院へ帰る……ぞ……」


「先生、どうかしましたか?」


 生徒たちの背後上空に1つの影が見えた。


 おい、嘘だろ……。


 何で竜がこんなところを飛んでいやがる!


 漆黒の巨体に一対の翼。


 それに加えて鋭い牙が覗くあの顎。


 直接見るのは初めてだが、間違いない。


 あれは生きる災厄、竜だ!


 それが明らかにこちらへ向かって来ている。


 竜が人を襲わないのは、そもそも人の生活圏内に現れないからだ。


 つまり、人の前に姿を現したということは何か目的があるはず。


 そんなことを考えている間にも竜はぐんぐんと近づいており、ついに生徒たちの背後へ地を揺らしながら着地した。


 グルオオオオオオオオオオオォォォォッ


 大気を震わせる雄叫びに、漸く状況を察した生徒たちは顔を青くさせた。


 くそっ!


 俺1人でこいつらを逃がすだけの時間を稼げるか?


 いや、普通に考えて無理なのはわかっているが、それでもやらなくては。


 俺は生徒たちを庇うように、竜の前へと進み出た。


 懐から短杖を取り出す。


 この短杖には発動する魔法の威力を増強する効果があるが、竜相手には微々たるものだろう。


 短杖を握る手に力が入る。


 額からは嫌な汗が止まらないし、脚だって油断すると震えてしまいそうだ。


 それほどまでの威圧感。


 圧倒的な存在。


 帝国の魔術師団副団長の1人として戦場へは何度も出たが、これ程の恐怖を覚えたことはない。


 だが、今の俺はこいつらの教師だ。


 死んでもこいつらを守らなくては。


「いいかお前ら。
 今から煙幕を張る。
 そうしたら俺があいつの気を引くから、その隙にお前らは学院へ逃げろ。
 なに、心配するな。
 あそこには学院長がいる。
 この世界でも有数の安全地帯だ」


「し、しかし先生は!」


「俺は元々軍人だ。
 こんな修羅場いくらでも潜ってきている。
 お前らが逃げたら俺もすぐにおさらばするさ。
 まだまだお前たちには教えなければならないことが沢山あるからな」


 生徒たちが悲愴な面持ちになる。


 こいつらもわかっているのだろう、俺程度じゃろくに足止めもできずに殺されるであろうことを。


 それでもこいつらには逃げてもらはなければ!


 俺は1つ深く呼吸をした。


 よし、覚悟は決まった。


 ここが人生最後の大舞台だ!


 特大の煙幕を張ろうとありったけの魔力を込めようとしたそのときだった。


「あら、クロじゃない!」


 呑気な少女の声がその場に響いた。



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