完全無欠少女と振り回される世界~誰かこいつを止めてくれ!!~

黒うさぎ

1.プロローグ

 魔王。


 長きに渡り人族と争いを続けてきた魔族の長にして、魔族最強の存在。


 数を力とする人族に対し、個の力で拮抗してきた魔族。


 その魔族を統べる魔王が存在する限り魔族に敗北はなく、人類は数をもって戦場を制することはあっても、圧倒的な個の前に攻め落とすことができないでいた。


 そんな人族魔族共に認める最強の存在である魔王が住む魔王城に1人の少女の姿があった。


「まあ、大きなお城ね。
 王都にある王城とどちらが大きいのかしら?
 それにしても暗いわね、これじゃよく見えないわ」


 そう言うと少女は魔法で光の球をいくつか創り出すと、魔王城の上空へと放った。


 光球が魔王城の上空で停滞することによって、暗雲立ち込める世界ではみることができなかった、荘厳な城の細部にある装飾までしっかり確認することができるようになった。


「思った通り、とっても素敵なお城だわ!」


 少女の言う通り城の造りは立派なものであるが、闇の中にあってこそその存在感を充分に示すのが魔王城というものだ。


 明るく照らされることによって、どこかちぐはぐな印象を与えてしまっていることに少女は気がつかない。


「おい、貴様。
 この城を中心とした一帯には我自ら施した感知結界や防御結界が展開されているというのに、いったいどうやってここまで来た?」


 突然、1人の男が上空に現れた。


 その男を一言で表すならば、圧倒的という他あるまい。


 そこにいるだけで他を寄せ付けない理不尽なまでの存在感。


 並みの兵ではその迫力だけで剣を手に取ることすらできず、膝をついてしまうだろう。


「あら、ここはあなたのお家なのね。
 と~っても大きくて素敵なお城だと思うわ!
 こんなに大きなお城なら中にもきっと楽しいものがたくさんあると思うの。
 入ってみてもいいかしら?」


「戯れ言を。
 貴様が何者かは知らないが、我が城に押し入ろうとするというなら容赦はせん。
 あの世で己の不幸を悔いるがいい」


 男は無尽蔵とも思える魔力から1つの炎の球を創り出した。


 その炎球は少女の創り出した光球と対をなすように、どこまでも深い闇の色を呈していた。


「この炎はありとあらゆるものを燃やし尽くす、灰も残さずな。
 我の結界に引っ掛からなかった理由は気になるがまあよい。
 消えよ」


 その言葉とともに黒炎球が少女の元へと飛来した。


 迅雷の如きスピードで打ち出された黒炎球を前に少女は一歩もその場を動くことなく、業火の中へと姿を消した。


「……ふん、たわいもない。
 我の結界を破れる者かと警戒したが、この程度か。
 城に近づくまで気がつかなかったのはただの偶然だな。
 知らずの内に結界に綻びでもできていたのだろう。
 仕方ない、面倒だが結界の張り直しでもするか」


 結界を張ろうと魔王が魔力を練り始めたその時だった。


 ブォンと一陣の風が吹き抜けた。


 するとどうだろう、大地すらも焼いて燃えていた黒炎が一瞬の内に消えてしまったではないか。


 そして赤く熱せられた地面の中央には先ほどの少女が無傷で立っていた。


 全裸で。


「すごいわ!!
 私、黒い炎なんて始めて見たもの!
 あなたってとっても魔法が上手なのね」


 よく発育した肢体を隠す素振りもなく、目をキラキラさせてはしゃぐ少女。


 その素足は今だ高温の地面に接しているというのに、焼け焦げる気配は全くない。


「本気ではないとはいえ、我の黒炎に焼かれて無傷だと!?
 ……いや、そんなことよりも少しは隠さぬか!
 まったく、人族の女は恥じらいというものがないのか」


 そう言って顔を背ける魔王の頬は少し染まっていたが、光球を背負って滞空しているため、少女からは影になってよく見えなかった。


「あら?
 私の服が無くなっているわ!
 いったいいつの間に」


「今頃気がついたのか!
 先の我の魔法で消し飛んだであろうが」


「そうだったのね。
 ということはつまり、さっきの黒い炎は一瞬で服を脱ぐことができる魔法だったのね。
 すごいわ!
 この魔法があれば着替えも楽チンね」


「そんなわけあるか!
 黒炎に焼かれて服を失うだけですむ貴様がおかしいのだ。
 いいから早く隠せ」


 なかなか己の肢体を隠そうとしない少女にしびれを切らした魔王は、自身の纏っていたマントを投げつけた。


(殺すつもりで魔法を放った相手にいったい何をやっているのだろうか)


 受け取ったマントを嬉しそうに身に纏う少女を見ながら魔王は溜め息をついた。


 敵から受け取った物だというのに一切の警戒もなく身につけるのはあまりに無用心だろう。


 実際、渡したマントにはなんの仕掛けもないが、敵ながら心配になる。


 いや、そもそも彼女は敵なのだろうか。


 これまで敵意のようなものは感じていないし、攻撃もしてこない。


 魔族と人族とは長きに渡り戦いを続けてきたが、魔王個人としては人族とはいえ兵でもない者を好んで殺すような嗜虐的な性癖はない。


 それに辺り一帯をまるで太陽のように燦々と照らす、未だに消えない光球を維持し続ける魔力はなかなかのものだ。


 普通己から離れた魔法を維持し続けるためにはあらかじめ多めに魔力を込めておく必要があるが、消える気配のないこれらの光球にはいったいどれ程の魔力が込められているというのか。


 人族より個々の能力が高い魔族でも、これと同等のことができるのは鍛えられた兵だけだ。


 それに手段はわからないが、我の黒炎を無傷で受けきった。


 そのような芸当ができるのは、魔族でも幹部クラスだけだろう。


 魔族の幹部に匹敵する実力があるかもしれない者とこの場で争うことに見合うだけの利がない。


 仮にこの少女とぶつかれば、魔王城にいる多くのものが巻き添えとなり、抵抗もできないままその命を散らすだけだ。


 そのようなこと、魔族の王として容認できない。


 はぁ、ともう一度溜め息をついた魔王は少女へと語りかけた。


「貴様、名はなんというのだ?」


「私はミエリィっていうの。
 貴方の名前は何かしら?」


 マントしか身に纏っていないというのに、ヒラヒラと動き回るものだから、見えてはいけない部分がチラチラと晒されてしまっている。


 いったいこの少女の両親はどういう教育をしているんだ!


「この場所まで来て我に名を尋ねるのか……。
 はぁ……、我のことは魔王と呼ぶがいい。
 それでミエリィはなぜここに来た。
 我らと戦いに来たわけではないのだろう?」


「私、今日はお散歩をしたい気分だったの。
 それでこっちの方に来れば何か楽しいものがある予感がしたのよ」


「人族領と我が城の間にいったいどれだけの距離があると思っているんだ!
 散歩で来るような距離ではないだろう。
 それに楽しいものだと?
 お前は敵国に何を求めているんだ。
 人族が魔族領を訪れて得られるものなど憎しみの思念か殺意ある攻撃くらいのものだろう」


「いいえ、そんなことはないわ。
 だってこ~んなに素敵なお城を観ることができたし、黒い炎の魔法だって教えてもらえたもの」


 そう言うとミエリィはその手に黒炎を宿してみせた。


「貴様、まさか一度見ただけで我の魔法を模倣したというのか!?
 それにその魔力密度……、ここを更地に変えるつもりか!」


「そんなことしないわ。
 だってこの魔法はこうやって使うんでしょ?」


 ミエリィはなんの躊躇もなく黒炎を自身へと放った。


 瞬く間に炎にのまれるミエリィ。


 そして先ほどのように風が吹いたかと思うと、黒炎は消え空色のドレスを着たミエリィが立っていた。


「ほら、お着替えがこんなに簡単にできるのよ!」


「だからその魔法は着替えるために使う魔法などではない!
 というかその服はどこから出した?
 それに善意で貸してやった我のマントを躊躇なく燃やすなど、貴様に人としての心はないのか!」


「マントなら大丈夫よ。
 ほら」


 ミエリィの手が光を放ったかと思うと、いつの間にかその手には漆黒のマントが握られていた。


 マントはミエリィの手を離れるとふわふわと宙を舞い、魔王の手に収まった。


「物質創造だと!?
 貴様はいったい……」


「そのマントはすっごくかっこいいと思うわ。
 でもこのドレスとは少し合わないと思うの。
 だから返すわ、貸してくれてありがとう!」


「いや、そもそも自分で服を生み出せるのなら我がマントを貸す必要などなかったではないか!」


 悠久の時を生きてきた魔王をもってしても、ミエリィの考えていることは理解できそうになかった。


 ドレスの少女を前に憔悴しきった魔王。


 ここまで疲れた魔王の姿を見たことある者はいったいどれ程いるのだろうか。


 そのとき、なんともいえない空気を引き裂くように、くぅ~と可愛らしい音が魔族の大地に響いた。


「……お腹が空いたわね。
 そろそろ私は帰るわ。
 また遊びに来るわね、じゃあね魔王」


 一方的に再訪の宣言をすると、ミエリィはその場から消えてしまった。


「転移……。
 なんなのだ、あいつは……」


 未だに消えぬ光球が照らす中、魔王の呟きは静かに消えていった。













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