【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.57

 なんとなく図書室に行きづらくなって、家で自習していたら学校指定の登校日が翌日に迫っていた。
 そういえば借りていた本の返却期限もあるし、明日は朝から図書室に寄って本を返して、それで教室行こう。
 そうすれば、多分、由上さんと顔を合わせる時間が減るだろうと考えた。
 なんかこんなこと前にもやったような……。進歩ないなぁ。
 由上さんからの連絡も、私からの連絡もないまま会わなくなると、いままでのことが幻だったんじゃないかと思えてくる。
 日記を読み返すと切なくなるから、と書くだけで終わる日々。由上さんの名前を出さないように意識して書いていたら、いつもの半分にも満たない日記が続いた。 
 私にとっての由上さんは、それほど大きな存在だったんだと気づかされる。
 まずはどうしたいかを決めるべきなのかな。
 由上さんとの関係性において、希望などないのだけど……。
 だって、姿を見られるだけで、声を聴けるだけで、お話できるだけで、一緒の時間を過ごせるだけで……。
 満足できるハードルがどんどんあがっていくたびに、なんだか悪いことをしている気分になる。贅沢なんだよって、わかってるのに、それ以上を求めてしまう。
 私はいったい、どうなりたいんだろう。
 考えても良くわからなくて、でもじっとしていられなくて、明日の支度を始めた。
 明日……由上さんに会ったら、どんな顔すればいいだろう。いや、表情を選べるほどの余裕、きっとない。もう自然に身を任せるしかない……。
 うぅ……会いたいのに、胃が痛い……。これって、どういう感情なんだろう……。
 思わず漏れそうなため息を飲み込んで、バッグのファスナーを閉めた。

* * *

 目覚めてカーテンを開けたら、雲一つない晴天。今日も暑くなりそうだな、と思いながら出かける支度をする。
 予定通り学校の敷地内に入ってすぐ図書室に向かって、カウンターで返却受付を済ませた。教室へ行かなければならない時間まで少し余裕があるけど、長居はできない。
 なんとなく気になって、ロフトいつもの席へあがってみる。
 も、もし、由上さんがいたら……声は出せないから、頭をさげる……よそよそしいかな……声を出さずに『おはようございます』って言ってみる? 伝わるかな。そもそもこちらに気づくかどうか……。あ……。
 様々なシチュエーションを想像しながら階段をあがったら、そこには誰もいなかった。
 顔を合わせづらいからって避けてたくせに、会えないとなるとガッカリしてしまう私、めんどくさいな……。
 ロフトへの階段に座って、小さく息を吐いた。

* * *

 教室に行けばきっと、由上さんはもういるはず。ドキドキしながら廊下を歩いて、決められた集合時間の5分前に教室に着いた。
「あ、おはよー。珍しいね、ギリギリなんて」
 教室に入ってすぐ、初音ちゃんが声をかけてくれた。
「おはよう。うん、ちょっと、用事があって」
「そうなんだ。ね、今日の帰り、時間ある?」
「うん、大丈夫だよ」
「やったー。じゃあ、お茶して帰ろ」
「うん」
 初音ちゃんとの会話が終わって、席に向かう途中で挨拶を交わす。久しぶりに会ったクラスメイトは髪型や髪色が変わっていたり日焼けしていたり……見た目が変わっている人がチラホラ。おぉ、新鮮。
 一年生のときはここまで変化に気づけなかった。それほどに交流をさけていたんだってことにようやく気づいた。
 教室の奥、ふと視線が行った窓際の席で、由上さんと美好さんが楽しそうに話している。
 由上さんが私の視線に気づいて、ふと笑った。
 思いがけない反応に、心臓がドキリと跳ねる。
 そんな由上さんの視線を追って、美好さんが振り向いた。
 えっ。
 一瞬前とは違う、鋭い眼光。
 なんか、にらまれてる……?
 心臓が先ほどとは違う理由で激しく動き出す。視線を逸らすのも失礼かと会釈をしたら、美好さんはなにも見ていなかったかのように由上さんへ向き直った。
 い、いまのって……威嚇……?
 なんとなく、敵意を感じたけどそれは気のせいだと言い聞かせて席に座る。
 睨まれるようなこと……思い当たらなくはない……。でも思い過ごしかもしれないしって姿勢を正したら、相良先生が教室に入ってきた。
「久しぶりの人もそうじゃない人も、おはよう! 元気そうでなによりです!」
 そういう相良先生もお元気そう。
 先生からのお話を聞いたり、宿題で困ったことがないかの聞き取りをされたりしたあと、先生が興味あるからと、みんなの夏休み中の出来事を発表することになった。
 勉強や部活に打ち込む人、趣味を極めようとしている人、長期のお休みを満喫している人……皆それぞれに夏休みを謳歌しているみたい。
 私は夏休み中に決まった将来の目標のために、図書室に通って勉強していることを報告した。もちろん、由上さんと一緒なことは言わない。自ら敵を作るほど、強い人間じゃないんだ。それに、由上さんは内緒にしておきたいかもしれないし。
 みんなの拍手を受けて、お辞儀をしてから着席する。
 あぁ、ドキドキした。
 自分の番が終わったことに胸をなでおろしながら、みんなの発表に耳を傾ける。
 何人かに拍手を送ったあと、先生に名前を呼ばれて、教室の後方にいる美好さんが立ち上がった。
「夏休み中はずっと地元にいました。地元では毎年、大きな神社のあたりで夏祭りがあるので、そこへ行ったり、中学時代の友人たちと遊んだりしてました」
「そっか、美好は学校から離れたとこに住んでるんだったな」
「はい。多分、クラスの中で一番遠いんじゃないかと」
「わざわざ登校日に来るなんて偉い! 発表ともどもありがとう!」
 相良先生が拍手をしてほめると、美好さんはニコリと笑って着席した。
 じゃあ次、と相良先生が報告会を進める中、私の心臓はまた騒がしく動き始める。頭の中には薄暗い公園での出来事が蘇っている。
 やっぱりあの視線、美好さんのだったんじゃ……。
 でもそれを確認する手立てはない。まさか美好さん本人に聞くわけにもいかないし。いや、気づかれてないんじゃないかな。でもじゃあ、朝の鋭い視線はなんだった? もしかして、図書館で一緒に勉強してるの見られてたり……? いや、そもそも由上さんが原因だって決まったわけじゃ……
「じゃあ次、由上~」
「はい」
 頭の中を読まれたかと思ってギクリとした。そんなわけないのわかってるのに。
 由上さんは席を立って、少し考えてから口を開く。
「夏休みはここぞとばかりに家の用事を頼まれるので、家事が上達しました。あとはー……毎年行ってる親の田舎に今年も帰省して……今年は嬉しい変化があったので、毎日充実してます」
 少しうつむいていて表情は見えないけど、声色から少しの照れを感じる。そして、嬉しそうでもある。
「そうか! 夏休みを満喫できているのはいいことだ。由上、ありがとう」
 先生の拍手に続いてみんなも手を叩く。
「嬉しい変化ってなに~?」
 田町くんが楽しそうにした質問に、
「ないしょ」
 由上さんがニヤリと笑った。そのすぐあとに移った視線がこちらを向いた。瞬間、ニヒルだった顔が優しく緩む。
 ひゃあ!
 あまりにもドキッとして、真顔になってしまって慌てて前を向く。
 いまの笑顔って、そういうこと? “嬉しい変化”は、私が帰省に参加したこと? だよね?
 さすがにこれは“思い上がり”じゃないはず。そう思いたい。
 ドキドキしすぎて口から心臓が飛び出そう。それは大げさだとしても、心臓の音が教室に響いてしまいそう。連動した指先がかすかに震えてる。
「みんな、ありがとう!」
 最後の発表が終わって、先生が破顔した。
「楽しく充実した毎日を送ってるようで、先生安心しました。あと少しで夏休みも終わるけど、ケガや病気に気を付けて、宿題も忘れずに、目いっぱい満喫してください。じゃあ、また新学期に!」
 先生が号令をかけて、解散になった。
「ミイナちゃん、行こ~」
「うん」
 少し気になって教室の後方を見たら、由上さんは男女関わらず数名のクラスメイトに囲まれて談笑していた。中心人物となっている由上さんに声をかけることはできない。
 きっとみんな久しぶりだから、お話したいんだよね。
 私もそうだけど、私はそこまで久しぶりじゃないし、勇気を出せば連絡だってできるから、と納得させて教室を出た。
 帰りの挨拶ができなかったのが少し心残りだった。

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