【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.49

 目が覚める。昨日と同じ、晴れた朝。カーテンの隙間から入る陽ざしはまだ柔らかくて、朝の早い時間だとわかる。
 枕元に置いたスマホで時間を確認したら、いつも学校に行くときの起床時間よりも早かった。
 うーん、どうしよう、もう一回寝ようかなぁ、と思うけど心身共に元気だし、まぁいっかと起きることにした。
 歯を磨いて顔を洗って……といういつもの朝の身支度を終えてリビングへ行ったらママがいて、朝のワイドショーを視ていた。
「あら、早いわね」
「うん、目が覚めちゃった」
「そう。朝ごはん早めにする?」
「みんなと一緒で大丈夫」
「そう」
「あ、今日、お昼いらないかも」
「お出かけ?」
「図書室」
「あら今日も? 熱心ね」
「うん。夏休み中、増えるかも」
「そう。どこかで買って食べるのよね? お小遣い足りなくなったら言ってね」
「はぁい」
 答えながらキッチンへ移動する。冷蔵庫から麦茶が入ったピッチャーを取り出してコップに注いだ。こぽぽぽと鳴る音が涼やかで気持ちいい。
 コップに口を付けながらリビングに戻ったら、テレビでは天気予報が放送されていた。今日も全国的に晴れるらしい。
「今日も暑くなりそうね。日傘忘れずにね」
「うん」
 麦茶を飲みながら、そうだ、靴どうしよう。と思い出した。
 ダイニングテーブルにコップを置いて、玄関へ向かう。シューズボックスの扉を開いて自分の靴を眺めてみる。
 夏に似合うサンダルやミュールもあるけど、図書室で靴音を出したくないし……。うーん、と悩んで、夏っぽい白のスニーカーにしようと決めた。これなら夕べ選んだワンピースやバッグにも合う……んじゃないだろうか。
 頭の中で考えているのと、実際自分が着てみたときの印象が違ったりするから注意が必要だ。
 メイクする前に一回合わせてみようかな……。
 考えながらリビングに戻って麦茶を飲み干し、コップを洗ってから部屋に戻る。
 うーん、なんだか落ち着かない。現地で待ち合わせって言ってたし、少し早めに行っちゃおうかな。それで本読んでたら少しは落ち着くよね。よし、そうしよう。
 図書室が開く時間の少しあとに到着するようにして、夕べ選んだ服をもう一度眺めたりバッグの中身を確認したりした。

* * *

 玄関で靴を履いて、シューズボックスの扉につけられた姿見を見てみる。
 正面、横向き、後ろ向き、足をあげてみて靴との相性、バッグ、髪型も変じゃないか……玄関でくるくる回りながら確認する。
 良いのでは、ないでしょうか。ダメってなってもほかの選択肢にできる手持ちも少ないし、これで納得することにする。
 もし変だったとしても、由上さんだったらハッキリ言ったりしないだろうし……だからこそ気を付けたいんだけど……。
 あまり悩んでも行く勇気がなくなっていくだけだから、もうこれで良しとする。
「行ってきまーす」
「はーい、気を付けて~」
 リビングにいるママからの返事を聞いて、家を出た。エアコンが効いていた部屋とは違う熱風が空を舞う。今日も暑いなぁ。
 パチリと音を立てて日傘をさす。日陰の中は少しマシだけど、風が冷えるわけではない。
 できるだけ汗をかかないようにほどほどの速度で歩いて駅に向かう。
 着いたら連絡したほうがいいよね。どのタイミングにしよう。あんまり早くても待たせてるって気遣ってもらっちゃうかもしれないし……えー、待ち合わせって難しい……。
 津嶋くんとの待ち合わせってどうしてたっけ。緊張はしてたけど、ここまで色々気にしてたかな。そう考えるとちょっと無神経だったな。反省。
 津嶋くんとはクラスが違ってから一緒におでかけすることも少なくなった。津嶋くんは津嶋くんで忙しい……んじゃないかな。
 気にしてくれるのはありがたいけど、申し訳なくなる。私なんかじゃなくて、もっとこう……素敵な人がいると思う。
 改札を入ってホームへ行く。電車が入ってくると、生暖かいけど風が吹いて気持ちいい。車内は冷房で冷えていて、夏の薄着には少し寒いくらい。バッグから薄手のカーディガンを出して羽織る。
 図書室もおんなじ感じだから、用意してきたのだ。
 あ、由上さんにそのこと伝えたほうが良かったかな。男子でも半袖でずっといたら寒いよね。連絡したほうがいいかな。余計なお世話かな。どうしよう。
 悩んでいる間に次の駅に停車した。
 もしかしてまだ寝てるかな。
 スマホを取り出して時間を見て、うーん、と悩んだ。
【図書室、寒いかもなので上着あったほうがいいですよ。】
【もしかしたら肌寒いかもです。羽織るものがあったほうがいいかも?】
【図書室は冷房が効いているので、服装にお気をつけて。】
 いくつかの候補を考えて、またうーん、と悩む。おせっかいかなぁ。
 でも実際に寒かったら大変だし。でもそんなに長くはいないかな。課題やりたいだけっぽかったし……。
 由上さんが図書室にいたら、周りの人、気にするかな。ロフトの席、空いてるといいけど……。案内するとき、細かく伝えたほうがいいかな。ふつうの“図書室”ってロフトないよね。あがる階段見つけづらいかな。案内板でてるわけじゃないし……。
 今日はなんだか色々考えてしまう。そして、作った言葉は形にできずに、誰にも伝えることなく消えていく。そういう言葉が降り積もって、身体のどこかに蓄積されてるみたい。
 いつかそれらを形にすることができるかな。編集者になったら、自分の言葉でなにかを発信できるのだろうか。
 いまは出したい言葉がたくさんあるけど、それを全部使い切ったら……。少しだけ、不安になる。
 パパもよく本や新聞、雑誌を読んでるし、日々勉強だって言ってた。
 まだ編集者になれるかどうかはわからないけど、そうなれたときのために少しでも多くの言葉を知っておきたい。だからいまは、蓄積の時間。
 そんな風に考えていたら学校の最寄り駅に着いた。
 涼しい車内から出ると、また暑さが身に沁みる。寒暖差で体温がコントロールできなくなりそう。
 改札を出て階段をおりて、パチリと日傘を開く。頭の上にかかげて前を向いて
「「あ」」
 声が重なった。
「早いね」
「よ、由上さんも……」
「うん、なんか落ち着かなくて、早くなっちゃった」
「私もです」
 二人でふっと笑って、どちらからともなく歩みを進める。
 視線を落とした先の道に、二人の影が並んでいる。あ。
 慌てたのを察知されないように、由上さんの頭上にそっと傘をさした。
 並んだ二人の影が、日傘に隠れて一つになる。
 すぐ横で、ふと微笑む気配。少しだけ重なった手が、日傘の柄を取った。
「……ありがとう、ございます」
「ん」
 誰かに見られたらどうしよう、って思いながら、“秘密基地”の影の中で一緒に歩く。
「オレ、図書室ちゃんと使うの初めてだわ」
「そうですか。夏休み中に学校にいらしたことは」
「それもないな。部活やってないし」
「そうですよね」
「そのまま入っていいの?」
「門のところで利用申請をします」
「あ、そうなんだ」
「学年とクラスと氏名、あと利用の理由を書いて終わりです」
「へぇ、一人で来てたら知らなくて慌ててたかも」
「入ろうとしたら、軽く呼び止められて書くのを促されるだけですよ」
「そっか」
 そう話しながら歩いていると、校門の前に着いた。
「あそこの窓口で受け付けします」
「うん」
 由上さんは日傘をパチリと畳んで、小脇に挟んだ。
「おはようございます」
 いつものように挨拶をしたら、由上さんもあとに続いた。受付のおじさんは少し眼鏡をずらして私たちの顔を見て、
「はい、おはようございます。こちらにどうぞ」
 受付用紙とボールペンを差し出してくれる。
「ありがとうございます」
 差し出された用紙に必要事項を書いていく。隣で由上さんが見ていると思うと緊張するけど、きっと由上さんはそんなに気にしてないと思う。
 すべて書き終えて、由上さんに場所を譲る。由上さんも同じように用紙にペンを走らせた。
「お願いします」
「はい、お二人とも図書室をご利用ね。どうぞ」
 ありがとうございます、とお礼を言って、校舎へ向かう。
「これでもうオレも一人で受け付けできるわ」
「それは良かったです」
 パチン。
 由上さんが日傘を開いた。
 新緑の桜並木にできた木陰。その中を進む大きなひとつの影は、波間を進む船のようだ。これからなんでもできそうな気持になってくるのも、きっと由上さんのパワーのおかげ。由上さんに出会えたから、いままでは感じられなかった自信が満ちてくる。
 だから、いま私にできることを頑張ろう。
「そういえば、課題どう? 進んでる?」
「はい、もう終わりました」
「えっ? マジで?!」
「はい」
「すげー。けっこうあったでしょ」
「そうですね。でも、時間だけはあったので」
「いやいや、同じ時間過ごしてんじゃん。使い方が上手なんだわ」
「あ、ありがとうございます」
「マジか。そうかなーと思ってたけど、天椙さんやっぱ勉強できんだね」
「それほどでもないですけど……ほかに取り柄もないので……」
「そんなことないでしょ。偉いわ。見習わなきゃ」
「いえ、そんな……」
 照れ照れしてたら玄関先に着いた。由上さんから日傘を受け取って、バッグに入れる。その手で上履きを取り出して靴を履き替えた。
「あ、そっか」
「?」
「いつも上履き置きっぱだったから、持って来るってアタマなかったわ」
「すみません、言えば良かったですね」
「いいのいいの、天椙さんが悪いわけじゃないから」
「あっちに来客用のスリッパがあるので」
「あ、ホント?」
 由上さんを来客用下駄箱に案内して、もう一度下駄箱に戻る。由上さんが自分のスペースに外履きを入れ、廊下にあがった。
「図書室って、静かなほうがいいんだよね」
「そうですね」
「スマホ、音消しておかないと」
 カーゴパンツのポケットからスマホを出して、由上さんがスマホを操作する。
「課題、聞きたいことあったらメッセ送っていい?」
「はい、お役に立てるかわからないですけど」
 廊下を歩きながら会話していたら、すぐ目の前に図書室の扉が見えた。

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