【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.42

 約束の日、待ち合わせの時間より大幅に早起きして鏡の前で服を組み合わせる。ようやく決めた服に着替えて、覚えたばかりのメイクも少しして「行ってきまーす」家を出た。
 家族旅行に行くときいつも使っている大きなバッグを持って地元駅前で待っていたら、スマホが鳴った。由上さんから着信だ。
「はい」
『あ、おはよう。道向かいに黒のファミリーカーが停まってるのわかる?』
「あ、はい」
『それにオレら乗ってるから、来てもらっていいかな?』
「は、はい。わかりました」
 ちょうど青になった信号を渡って車に近付いたら、後部座席のドアが開いた。中には由上さんがいる。
 運転しているのは由上さんのお父さん。
 自己紹介をして、挨拶とお礼をお伝えした。由上さんとはあまりタイプが似ていない、どちらかというとがっちりした体形で、でも顔は優しそうな感じ。
 後部座席の後列には立川くんと初音ちゃんが座っていた。
「出すぞ~」
 由上さんのお父さんの号令で車が走り出す。見慣れた街並みが遠ざかっていく。
「これから行くの父方のじーちゃんばーちゃんの家なんだけどさ、オレが中学のころ、その民宿を手伝うのに引っ越してたのね?」
「そうなんですね」
「そう。じーちゃんがケガしちゃって。一家でってわけじゃなかったんだけど、オレは民宿組でさ」
「ご兄弟たくさんいらっしゃるんでしたよね」
「そうそう。上二人の兄貴たちはもう仕事してたから、そのほかでって感じ。で、ケガも治ったしほかに手伝える人が来たしでオレが中学卒業するのと同時に元の家に戻ろうかってなって」
「由上さんもお手伝いしてたんですか?」
「うん。皿洗いとかしてたよ」
「えー、偉いですね。すごい」
「嫌々ね、渋々」
 由上さんは笑うけど、それでもどこか楽しそうで、良い体験だったんだろうなって思った。
「子供のころは後ろの二人も一緒に民宿で泊まったり手伝ったりしてさ。あ、今回は完全に遊びだから、手伝ったりしないでいいから」
「はい」
 ふふっと笑って返事をした。別にお手伝いしてもいいくらいのご褒美もらっちゃってるんだけどな、って思うけど、言えるはずもなく。
 憧れている人と一緒に、その人のお父さんが運転する車に乗って移動しているこの状況がとっても不思議に思えて仕方がなかった。
 車内が楽しかったからか、思っていたより早く、あっという間に目的地に着いた。きっと車内での時間が楽しかったからだ。
 目の前に大きな和風の建物。外観も周囲もキレイに保たれていて、真っ青な青空と一緒に見ると、ポストカードになりそうな風景。
 車から降りると、一人の女性が出迎えてくれた。
「あぁ蒼和ちゃん、いらっしゃい。あら、こちらのお嬢さんは初めましてかしら」
「うん、同級生の、天椙アマスギさん」
「初めまして。天椙光依那ミイナと申します。お世話になります」
「あらあらご丁寧にどうも~。初音ウブネちゃんも三咲くんもゆっくりしていってね」
「「ありがと~、お世話になります」」
 初音ちゃんと立川くんが同時に言った。
 案内された部屋は大きな和室で、寝るときは間にあるふすまを閉めて半分ずつに区切るらしい。
「お祭りは今日の夜だから、それまで好きにしてるといいよ」
 由上さんのお父さんが笑って言った。
 あ、猫の笑顔、の面影。やっぱり親子なんだなーって思う。
 立川くんも初音ちゃんも慣れてるみたいでくつろいでるけど、私はまだ緊張している。っていか、私ここにいていいのかな。
「ミイナちゃん、うちらこっちの部屋つかお~」
「あ、うん」
 初音ちゃんに呼ばれて、荷物を持って移動する。
「ね、浴衣持ってきた?」
「ううん? 着付けできる自信なくて……」
「そっか、言えば良かった。借りられるかな……」
 初音ちゃんがぽつりとつぶやいた言葉に返事しようと思っていたら、
「はいはいみなさん、お昼ご飯ですよ~」
 大きなトレイを持ってキレイな女性がやって来た。
「あ~、ミオちゃん久しぶりー」
「おー、初音、久しぶり。これおろして」
「はいはーい」
 初音ちゃんがサッと立ち上がって、ミオさんが持つトレイから食器類をテーブルへ移動させる。
 あ、私も……と思って動くけど
「あ、お嬢さん大丈夫よ。ここ始めてだろうし、慣れてきたら色々お願いする」
 ミオさんはニコリと笑って、由上さんに向きなおった。
「ほら、蒼和。もうちょっと気ぃ遣いなさい。そんなんじゃすぐフラれるよ」
「はいはい」
 由上さんは膝に手をついて立ち上がる。
「ちょっとミオねぇ、初対面の人に素で接しちゃだめだよ。天椙さんビックリしちゃう」
「え? そう? ごめんねお嬢さん。私ね、蒼和の父親の妹で、大嶌オオシマミオって言います」
「初めまして、天椙光依那と申します」
 正座しておじぎをしたら、
「オレの叔母おばさん」
 由上さんが改めて紹介してくれた。
「おいー、その呼び方やめろって~」
 ミオさんは乗せたものが全部なくなったトレイで由上さんをはたこうとする。
「いいじゃん、シュクボでしょ、叔母さんじゃん」
 由上さんはそれを手で避けながら反論する。
「そうだけどまだそんなトシじゃないっつの」
 ミオさんはプンプン怒ってトレイをひっこめて、廊下を戻って行った。
 確かに若く見えるし、“おばさん”って感じじゃない。
「蒼和、オレ母さんたちのとこ行ってるから、なにかあったら声かけて」
「うん」
「ありがとうございます」
 お礼を言ったら、由上さんのお父さんは「ん」と短く笑って、ミオさんと同じ方向に去って行った。
 由上さんのおじいさんとおばあさんが作ってくださったというお刺身定食がとても美味しくて由上さんと味についての意見交換をしていたら、立川くんにまた“深夜の通販番組”って言われてしまった。

* * *

 夕方までは民宿の近くを散策したり、偶然お会いできた由上さんのお母さんや弟さんたちに挨拶したりした。
 由上さんのご家族は何日か前に到着して別の部屋で過ごしているらしい。
 お父さん、もしかして往復してくれたのかなって思って聞いたら、お仕事の都合で合流が今日になっちゃったから便乗したって由上さんが言ってた。
 やがて陽が落ちてきて、そろそろお祭りに行こうって話になる。
 初音ちゃんが着替えるからって、部屋の仕切りになるふすまを閉めた。
 浴衣、着たかったけど仕方ないか~って思っていたら、ミオさんが女子部屋に現れた。その手には浴衣を持っている。
「じゃーん。みいなちゃん、着替えよ~」
「えっ」
「初音から聞いたの。私のおさがりだけど、浴衣ならそんなにサイズ気にしなくてもいいからさ。嫌じゃなければ着付けもするよ~」
「ぜ、ぜひっ」
「うん。じゃあまず、クーラーガンガンにしよう。けっこう汗かくからね」
 ミオさんは手際よく準備を進めていく。私と初音ちゃんは指示に従って着替えていく。浴衣の下に肌着を着たり浴衣の上に帯を巻いたりして重ね着をするから、確かに暑い。
「今年は女子がわたしだけじゃなくて嬉しいな~」
 浴衣に着替えながら、初音ちゃんはご満悦だ。
「蒼和が女の子連れてくるなんて初めてじゃんね。付き合ってどのくらい経ってるの?」
「つ、付き合ってはないです……!」
「あ、そうなんだ? もったいない、こんな可愛いコ」
「ね! 蒼和ちゃんああ見えて引っ込み思案だからさ」
「あーね。急に髪色派手にして色気づいたから、彼女なのかと思ってたわ」
 着付けを進めながら言うミオさんに、なにも言えなくなってしまう。そういうのじゃないんです、私は由上さんを尊敬していて、とか、身内の方に言う話じゃないし……。
「はい、おしまーい」
 背中で結んだ帯をポンと叩いてミオさんが言った。
「ありがとうございます……!」
「髪もセットしよっか。アップだと大人っぽくなっていいかな。眼鏡は外すと見えなくなっちゃう?」
「そうですね……ほぼなにも」
「じゃあ眼鏡ありきでやるか」
 ミオさんは鼻歌を歌いながら髪をセットしてくれる。初音ちゃんも浴衣を着終えて、出かける準備を始めた。
「はーい、でーきた」
 ヘアセットと同時にメイク直しまでしてもらって、鏡を見たら自分じゃないみたいだった。
「わー、可愛い可愛い! わたし三咲と先に出るからさ、ミイナちゃんは蒼和ちゃんとゆっくりおいでよ」
「お、いいね、そうさすか。おーい、蒼和~」
 ミオさんがふすまを開けて男子部屋へ移動した。
「じゃ、またあとで」
「えっ、えっ」
 二人きりとか緊張する! って初音ちゃんに目で訴えるけど、
「わたしも三咲と二人で回りたいんだよ~」
 って言われて、もうなにも言えなくなった。
「が、がんばる」
「頑張るのは蒼和ちゃんだよ~。じゃあ、気を付けて行ってきてね」
「初音ちゃんも」
 二人で手を振りあって別れた。
 憧れの由上さんと二人、知らない土地で夏祭り……しかも浴衣……うぅ、緊張する……。
 部屋にあった姿見で着崩れていないか確認しながらどう声をかけようか迷っていたら、ふすまを叩く音がした。「天椙さん、いい?」
「はっ、はいっ」
 私の返事を待って、スラリとふすまが開いた。
「そろそろ……」
 由上さんは私を見て一瞬止まる。そして、そっと目線をそらした。
 えっ。へ、変? 似合ってない??
 由上さんの反応に心配がつのる。でもいまさら洋服に着替えるわけにはいかない。
「行こうか。遅くなる前に」
「は、はい」
 男子部屋にいるものだと思っていたミオさんもいなくて、すでに二人きり。
 鼓動が聞こえるんじゃないかってくらいバクバク動いて緊張してる。
 由上さんは先を歩いて、でも歩きにくくてモタモタしている私を気遣ってかゆっくりと玄関へ向かう。
 あ、靴……って思ったけど、
「ミオねぇが、これ履きなって言ってた」
 由上さんが指した先に、可愛らしい下駄が置かれていた。
「は、はい。ありがとうございます」
 浴衣に下駄でおでかけするのなんて子供のころ以来で、ちょっとウキウキする。足が痛くなりそうだけど、それは我慢……!
「すぐ近くだよ」
 外に出ると空はもう薄暗くなっていた。

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