【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.35

 結局、昼休み中はずっと美好さんが一緒にいて、会話の中心は美好さんだった。中学時代の話されても私違う学校だし。知らなかった由上さんの情報を得られたのは、けっこう収穫だったけど……疎外感は否めない。いやでも、これがいままでの私の“普通”なんだよなぁ、って思う。
 由上さんが優しいから私が勘違いしてるだけで、いつもはこんな感じだよ、私って。
 だからこれが普通なんだ。
 お昼休みが終わる前に片付けして次の授業の準備をしていたら、由上さんがこちらを見ていた。
「……な、なにか、付いてますか……?」
 お昼ご飯でなにかやらかしたかと思ったけど、違ってた。
「いや……ごめんね、強引で」
「えっ……」
「美好、自分がいいと思ったこと、突き通すとこあって。もし気乗りしないなら言っちゃっていいから」
「そ、そういうわけでは…なかったんですけど……」
 私の口数が少なかったのに気付いていたよう。迷惑かけたくないとか思っておきながら、気遣きづかわせてしまった。
 気乗りしなかったというわけではなく、なんというか、遠慮? 萎縮? とにかく、由上さんと美好さんの間に私が入っていることが違和感というか異物感というか、最終的に申し訳なくなってしまっただけなので……とか言えない。
「……すみません……」
「えっ、なんで」
「やっぱり、お邪魔だったなと……」
「ちがっ、いやいや、えっと……それはないから、絶対」
 周りには聞こえないように、でも力強く、否定してくれた。
 それだけでもう充分です……。
「ありがとうございます……」
 小さく言ったら
「うん」
 小さくうなずいてくれた。
 その瞬間パッと晴れたモヤモヤは、思い出した会話に引き戻された。
『美好、自分がいいと思ったこと、突き通すとこあって』
 良く知ってるんだな……。
 長いことクラスメイトだったから知っている特徴なのかもしれないけど、なんでか心の中がモヤモヤしてしまう。
 うぅ、そういう風にしか考えられない自分がイヤだ。でも脳が自然とそう考えてしまう。
 由上さんや美好さんみたいな人たちはきっとそういう思考回路じゃないんだろうな。二人だけじゃなく、ほかの人も……。
 そうして自分で勝手に人と比べて落ち込んで卑屈になって……悪循環だなぁって思いながらもやめられなくて……。
「きりーつ」
 いつの間にか始まっていた授業。日直の号令で気付いて席を立つ。
 最近こういうの多い。気を付けなきゃ。
 そんなに考えてしまうなら、いっそ自分から離れてみればいい。
 授業中は誰にも介入されず、隣にずっと由上さんがいる。最初はそれだけでいいって思ってた。いまだって。

 なにかあっても私は蚊帳の外、ただのモブ。そう思っていれば心は平穏で、感情の起伏も起きない。だから……。

 すべての授業が終わって放課後、初音ちゃんがやってきた。
「今日部活ないんだけど、またみんなでどこか行かない?」
 私と、隣に座る由上さんにも声をかける。
「いいよ、三咲来るでしょ?」
「もちろん。じゃなきゃ男子誘わないし」
「あ、オレって男子枠?」
「性別的にはね。それに、そ……由上くんと二人きりでどっか行ったりなんてしないよ。なに言われるかわかんないし」
「まぁそうね。どこ行くか決めてる?」
「うーん、どうしよっかな。駅ビルに入ってるお店で見たいものあるんだよね」
 初音ちゃんはアゴに指を当てて少し首をかしげながら考えて、私のほうを向いた。
「ね、ミイナちゃんはどこ行きたい?」
「ご、ごめんなさい。今日は、ちょっと……」
「え、そうなの?」
「うん…ごめん……」力なく笑って、「じゃあ……」と席を立つ。
「うん、また明日」初音ちゃんが手を振る。
「……また」いつものような笑顔。でもどこか違う由上さんはなにか言いたげだけど、それ以上なにも言わない。
「はい」
 薄い笑顔を張り付けたまま、私は廊下へ向かう。
「蒼和くんたち遊びに行くの?」
「えー、私たちもいい?」
 教室を出る私の背中に誰かの声が届いた。お昼にたくさん聞いた気がするその声の主が誰だか確かめたくなくて、振り向かずにそのまま廊下を歩く。
「あれ、帰る?」
 途中ですれ違った立川くんに言われて、顔を上げた。
「……なんかあった?」
 心配そうに見つめてくる立川くんを見て、同じクラスだったときに相談に乗ってもらってたことを思い出す。でも……。
「ううん? 大丈夫。初音ちゃん待ってるよ」
「あぁ、うん。なんかあったらすぐ言って。いてもいいなら初音も呼ぶし」
「ありがとう。じゃあ」
「うん。気を付けて」
「立川くんたちも」
 お互いに力ない笑顔で手を振って別れる。立川くんはそのまま私の教室のほうへ、私は玄関へ移動した。
 重い足取りでたどり着いた下駄箱の近くで、声をかけられた。
「お、天椙。いま帰り?」
「あ…津嶋くん……」
「お、久々」
 去年の体育祭で一緒に応援団をやった桐生くんも一緒にいる。
「桐生くん。久しぶり」
 クラスが離れてしばらくぶりに喋るけど、相変わらず気さくに接してくれるのは嬉しい。けど、なんでだろう。こういう日に限っていろんな人に会ってしまう。
「先、帰ろっか?」
「いや、誘いに乗ってくれるとは限らないから」
「そうなの?」
 桐生くんに聞かれて、ふと笑う。こんな気分のときでも、思わず笑ったりできるんだ。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、少し疲れてるから、イヤなこと言っちゃうかも」
「そんなの別にいいけど、珍しいね」
「そう?」
「おれにそういうの、あんま言ってくれないから」
「それは……まぁ」
 だって、愚痴聞かせるの悪いじゃん。
 少し言いよどんで、口を開く。「じゃあ……」また、と言おうとしたら
「途中まで一緒に帰んない? クラス違ってから全然交流ないし」
 桐生くんが提案してくれた。そんな風に言ってもらえたら断れなくて。
「う、ん……じゃあ、途中まで」
 念押しするように言ったら、
「大丈夫。おれらこのあと寄り道するから、駅までだよ」
 なにかを察したように津嶋くんが笑った。
「う、うん。なんか、すみません」
 小さく頭を下げた私に、津嶋くんと桐生くんが笑った。
「なんだよ、全然変わってないね」
「だろ? こないだ私服登校してきたときにはとうとう高校デビューしたのかと思ったのに、また制服に戻ってるし」
 桐生くんと津嶋くんが靴を履き替えながら会話を続ける。
 そっか、急にイメチェンするとそういう風に思われるんだ。ちょっと恥ずかしいな。
「制服だったら見つけやすいけど、私服じゃ遠目にはわかんないかもね」
 靴を履き替え終えて、桐生くんが私を遠目に見る。
「確かに……普段よりは視線が気にならなかったかも」
「そういう意味では、ソワ様と一緒かもね」
「えっ」
 桐生くんの言葉に驚いて声をあげてしまう。
「ソワ様ってどこいても目立つじゃん。最初にピンクあの色の髪にされちゃうと、あとから同じ色にしたら真似みたいになるから、いまだに音ノ羽うちでピンク髪なのソワ様だけだし、いま制服ちゃんと着てるの天椙だけでしょ? そういう意味ではさ」
 桐生くんに言われて、確かにそうかも、と思ってしまった。
「制服の中に私服がいると目立つのと一緒か」歩き出す津嶋くんに
「んー、そんなとこ?」桐生くんが同意する。
 自覚はあったけど、やっぱり他人ひとから見ても目立つんだ、私服の中の制服……。
「でも、たまに制服着てる子いるし……」
「そこまでカッチリじゃないじゃん? ブレザーうえだけとか、ボトムスしただけとかさ」
「あー、そうだな。式典のときでも天椙ほどちゃんと着てるやついないな、確かに」
 そういえば、と入学式や始業式のときを思い出す。学校指定の制服のまま着てる人は一部の人だけ。大体の人はアレンジしたり着崩したりしてる。
「まぁでも、制服のほうが天椙らしくていいけどね。見つけやすいし」
「桐生が見つけても意味なくね? おれならまだしも」
「なに、まだしつこくされてんの?」
「し、しつこいってわけでは……」
「もうスッパリ振ってやったらいいんだよ、脈ないですよって」
「そんな言い方ないだろー。なぁ」
「わ、私に聞かれても」
「天椙以外に聞くほうがおかしいでしょ」
 口をとらがらせた津嶋くんを見て、色々な事情を知っているらしい桐生くんがククッと笑う。
「なんだよ」
「いや、よくめげないなと思って」
「ホントだよ。褒めてよ。かなり塩対応されてんだから」
「そ、そんなつもりない」
「天椙から連絡来ることだってないし」
「用もないのにするの悪いかなって」
「いーよ別に。天気いいね、でも、雨降ってんね、でもなんでもさ」
 初音ちゃんに連絡するときだって緊張するのに、ハードル高いよ~。
「新しいクラスは? 相変わらず?」困る私を見かねて、桐生くんが別の話題を振ってくれた。
「お友達できたよ」
「お、いいね」
「うん」
「立川のカノジョだってさ」
「あー、なんだっけ、ひら…なんとかさん」
「枚方さん」
「あー、そんなんそんなん。ソワ様は? 一緒だって立川から聞いたけど」
「う、うん。同じクラス、だけど」
「けど?」
「……同じクラス、だよ」それ以上言えることもなくて、口を閉じた。
「なんだ、なんかあるのかと思ってた」
「な、なんで?」
津嶋こいつがうるさいから、由上が~って」
「別に、そんなに言ってねぇけど」
「だから、仲良くやってんのかと思ってた」
「そ、そういうのじゃないよ。ただ席がたまたま隣になっただけで」
「出た、相良センセの気まぐれ席替え」桐生くんが笑う。「トナリだったらなんかしら話したりするでしょ?」
「う、まぁ……教科書忘れたとき一緒に見たり、失くした消しゴムのかわりに半分くれたりはしたけど……」
 親切に接してくれる、って意味で言ったのに、津嶋くんはあからさまに表情を曇らせた。
 逆に桐生くんはパアッと満面の笑みを浮かべる。「なんだー、仲良しじゃん」
「ちっ、と、隣に座ってるから、だから」
「えー? でも逆ドナリの人だっているんでしょ?」
「そ、それはそう、だね」
 そういえば、逆サイドには男子が座ってて、人見知りなんてしない由上さんはその男子とも喋ったりしてる。
 消しゴムはまだしも、教科書はわざわざ私に借りなくても、その男子から借りれる。なんて考えてもなかった。
「ソワ様もフツーの男子ってことかー」
 そんなこと、初音ちゃんも言ってたなぁって思い出す。けど、受け入れることもできない。
「そういうんじゃないと思うけど……」
「どうかなぁ。あんまり言うと津嶋が怒るから言わないけど」
「怒りはしねーけど」
「拗ねる?」
「いや……いいよ、由上のことは」
「拗ねちゃった」
 津嶋くんの反応を見て、桐生くんが笑った。
「いや、もう駅着いちゃうし」
 津嶋くんが指さした方向に駅舎が見えた。
「ホントだ」
 思ってたよりあっという間だったなって思う。話している間、嫌な気持ち少し忘れてた。
「改札まで送ってくわ」
「大丈夫だよ?」
「いいって」
「心配だから送っていきたいんだって~」
「お前さ」
「いーから、俺ここで待ってっから」
 行け行け、と桐生くんが私たちを手で追いやる。
「ありがとう」
「うん、じゃあな」
「うん、また」
 手を振りあって、駅舎の前で桐生くんと別れた。津嶋くんと二人で階段をのぼり改札へ向かう。
「私服は」
「はいっ」
「由上のため?」
「えっ、や、そういう、わけでは」
 なくもないから、言いよどむ。そのよどみで津嶋くんに察知されたよう。
「別に隠さなくてもいーよ」
 笑って、頭をポンと撫でられた。
「そういうんじゃないんだろうけど、もしなんか、へこむあったらすぐに言って。いつでも待ってるから」
「……悪いし……」
「いいって。もしほかに誰か見つけたら、すぐそっち行くから」
 津嶋くんが笑みを浮かべる。
 そんなこと言って、あの日・・・から半年くらい経ってるのに、まだ私のことかまってくれてるし……。
 階段をのぼりきって、改札脇で立ち止まる。
「なんで……」
 私なの?
 いつも思う。津嶋くんにはもっと明るくて可愛くて、似合う人がいるはずなのに。
「なんでだろーな。おれも良くわかんないけど、なんか気になるんだよ。天椙だってそうなんじゃないの?」
「え……」
 言われて浮かんだのは由上さんの顔。
「まぁおれのはもっと、なんつーの? 女子のそういうのとは違うかもしんないけど。なんでかとか理由もなく好きになること、あるよ、誰だって」
 照れくさそうな態度とぶっきらぼうな声色。駅舎の窓から入る西日に照らされて、少しまぶしそうにゆがむ顔。
 私はこんな風に、由上さんのことを想っているのだろうか。
 なにも言えずにいたら、津嶋くんがふと笑みを浮かべた。
「桐生待たせてるから行くわ」
「あっ、うん」
「じゃあ、気を付けて帰れよ」
「ありがとう。津嶋くんたちも」
「おう」
 私が改札に入ってホームに行くまでの間、津嶋くんが見送ってくれた。
 私は自分が思っているよりも、みんなに好いてもらっているようだ。だからもっと自信を持たなくちゃ。みんなにちゃんと、その気持ちへの感謝を返せるように。
 電車に揺られながら見た夕焼け空は、なぜだかとても心に沁みた。

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