【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.32

 席替えしてから二週間。由上さんの隣に座っているのもやっと慣れた。
 由上さんが忘れて来てしまった教科書を一緒に見たり、私が忘れて来てしまった消しゴムの代わりに半分に切った片方の消しゴムを由上さんが提供してくださったり(もちろんそれは宝物の仲間入りをした)、やっと私も漫画や小説で読んでいた“高校生”っぽいことができるようになってきた。
 たまに飛んでくる一部の女子の視線が痛かったけど……気にしないことにした。それが理由で由上さんに冷たくするのも嫌だったし、なにより、相手が由上さんというだけで、私たちは“普通の交流”をしているだけだ。なにも悪いこと、してないもん。
 由上さんのポジティブさがうつってきたのか、最近の私の思考はけっこう前向き。それだけで嬉しい。毎日楽しい。
 一年前だったらもっと違う考え方になってただろうけど、知らないうちに成長できてるみたいだ。
 それでも“親しい”と言えるほどの間柄じゃなくて、普通にクラスメイトとしての交流ができている……つもり。
 それ以上のことはしていない。できない。
 積極的な女子みたいに、休み時間に由上さんに声をかけて一緒にゲームしたりとかおやつ食べたりとか、そういうの、できないんだよね。
 いいなぁ、って思いながら、見ないように過ごすだけ。見ちゃうときっと、良くない感情が芽生えてしまうから。
 いまの席じゃなくなったら、いまみたいな交流もなくなっちゃうんだろうなー。相良先生がいつ席替えしようって言い出すかわかんないし。一年のときは長くて三か月くらい。早いと一か月くらいで替えたりしてた。
 もし短い期間に替わるタイミングだったら、いまの状況を満喫しないとなーって思う。
 ただ隣の席なだけで幸せで満足してしまうから、それ以上自分から頑張ろうってあんまり思えない。私服を褒めてもらえたから満足しちゃったのかも。
 それでも外見は少しくらいどうにかしないとなって思って、スキンケアとヘアケアは続けてる。
 する前よりも少しだけ、お肌の調子が良くなった…ような? 髪のしなやかさが変わった…ような?
 あまり実感はないけど、そういうのは積み重ねが大事ってママが言ってた。私くらいの年齢のころからコツコツやるのが大事なんだって。
 私もいずれいまのママと同じ年齢になるんだし、だったらやっておこうかなーってくらい。
 初音ウブネちゃんもしてるの? って聞いたら「うん、もちろん。でも、やるかどうかは人それぞれだと思うよ?」って笑ってた。

 朝起きて、着替えて電車に乗って学校に行く。
 たまには面倒になるときもあるけど、それでも今日も由上さんに会えるって思ったら心が自然に明るくなる。

 今日は選択授業の日。
 今年は由上さんと一緒の授業を選べなかったけど、第一希望の書道が受けられて嬉しい。
 去年や今年同じクラスな人もチラホラ。挨拶とか会話くらいはするけど、じゃあ授業終わったら一緒にご飯しよ~とはならない。
 というわけで……選択授業が終わってすぐ、一人で食堂に行ってみた。そんなに混んでなくて、窓際の四人席が空いている。
 独り占めするの悪いかなぁ、と思いつつ、他に一人になれそうな場所もなかったから勇気を出して確保した。たまに出る数量限定の定食、美味しそうだなぁってずっと思ってたんだ。
 数名並ぶ列の最後尾に着き、食券を買ってカウンターでさしだす。
 その一連の行動は、先に並んでいた人の見よう見まね。
 初めての経験にドキドキしたけど、特に困ることもなく無事、数量限定定食をゲットできた。
 わぁーい、と内心で小躍りして、確保していた窓際の席に行く。空席もまだあるし、もし混んで来たらすぐに移動できるようにしよ。
 トレイを置いて席に着き、さて食べよう、と思ったら隣の空席に置いていた小さいバッグの中でスマホが震えた。
 画面を見ると、初音ちゃんからのメッセの通知が表示されていた。

 うぶ{あますぎさん、左!左!〕

 左……?

 文字につられて見ると、そこにはスマホを持った由上さんと立川くんと初音ちゃんがいた。三人一緒の選択授業が終わったらしい。
 初音ちゃんが手を振りながらトコトコ近付いてきて、「私たちも一緒にいい?」小首をかしげた。
「もちろん」
 言ってから、“たち”に気付いた。たちって、立川くんと……由上さんも?
 考える間もなく初音ちゃんは由上さんと立川くんにオッケーサインを出して食券を買いに行った。移動中、由上さんが初音ちゃんにスマホを渡しているのが見えた。
 スマホケースに見覚えがあるそれは初音ちゃんのもの。を、由上さんが渡したってことは……え? さっきのメッセ、由上さんが打ったの??
 そうだよね、初音ちゃんがメッセくれるとき、“みいなちゃん”って呼ぶもん。
 わわわ。由上さんからの初メッセだよ~。
 慌ててメッセの画面をスクショする。画面が一瞬暗くなって、画像が保存されたことを教えてくれる。
 思いがけない幸せにホクホクしていたら、由上さんがトレイを持ってやってきた。私の目の前の席にトレイを置いて、そのまま座る。
「ごめんね、先食べててってメッセ送れば良かった。冷めるよね」
 初メッセの嬉しさのあまり忘れていただけなのに、そんな気遣いをしてくれる。
「い、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「お待たせ~」
「ぜんぜん」
 初音ちゃんの席を確保するのに、置いていたバッグを膝の上に移動させた。
「ありがとー。あ、限定定食だ。良くゲットできたね」初音ちゃんが私の隣に座りながら言った。
「書道、ちょっと早めに終わらせてくれて」
「そーなんだ、いいなー。滝上タキガミ先生やさしーもんね」
「うん。書道は準備も後片付けも時間かかるから、なんでも早めにする習慣付けにって」
「わかる~! 部活のときもいつも言ってる」
「そうなんだ」
 おっとりして優しい滝上先生は書道の選択授業はもちろん、初音ちゃんが入っている書道部の顧問でもある女性。
「お待たせ」
 最後に立川くんがやってきて、初音ちゃんの向かいの席に座る。
 四人で「いただきます」して、お昼ご飯を食べ始めた。
 ちょっと勇気がいったけど、食堂でご飯にして良かった~。とはいえ、真正面の席でご飯食べるの、恥ずかしいというか緊張するというか……。
「【限定】うまそうだね。今度早めに食堂これたらそれにしよっかな」
 カツ丼のどんぶりを持って由上さんが言う。
「良ければお肉、分けましょうか?」
 目の前にある“数量限定 中落ちカルビステーキ定食”のお肉に箸をつける前に言ってみる。
「え、マジで? じゃあこっちのと交換ね」
 まだ口つけてないから、と由上さんが卵でとじられたカツを持ち上げようとする。
「あっ、いえ、大丈夫です。そんなに食べられないかも……」
「そう? 端っこの小さいのでも無理そう?」
「あ、それなら……」
 端から二番目の、すこし小ぶりな一切れを取ってくれたので、トレイを差し出してお皿に乗せてもらった。
「お好きなぶん、どうぞ」
「ありがとう」
 由上さんは置いたカツと同じくらいの量、カルビステーキを取ってくれた。多めでもいいのに、リチギなかただなぁ。と思いながら、トレイを引く。
 改めていただきますして、由上さんと同時にステーキを口に運んだ。
「おぉ」
「わ」
「柔らかいね! すごく」
「はい! 噛む力いらないですね!」
「タレ選べるんだよね?」
「はい。これはカルビソースっていうやつです。お野菜もあるので、こってりのがいいかなって」
「確かにこの味だったら、ドレッシングにもいいかも」
「ポン酢もあったんですけど……」
「がっつりいきたいよね」
「そうなんです。サッパリと迷ったんですけど」
「いや、正解」
 食べながら感想を言い合ってたら、立川くんが「また」とつぶやいた。
「また?」初音ちゃんが聞き返す。
「一年ときもそんなんやってなかった? ふたり。やりとりが深夜の通販番組みたいなんだよ」
「え、そーなんだ。仲良しだね」
「えっ」そんな、恐れ多い! と考えて、言うのをためらっていたら
「そうね」
 由上さんはあっさり肯定してしまった。
 あっ、あぅっ。社交辞令だとしても嬉しいし、照れくさい。
 なんと言っていいかわかんなくなって、うつむいたまま「ありがとございます」と小さくつぶやいたら、初音ちゃんには届いてたみたいでニヨニヨされた。
 あぁ、もう。なにこれ、恥ずかしい。
 由上さんからいただいたカツを食べたら、甘辛いおつゆとトロトロの卵がサクサク衣にからまって、んん~!
「おいしい」
 しみじみ言ったら
「でしょ?! 食堂のカツ丼、おすすめなんだよね」由上さんが嬉しそうに笑った。
「もし今度来たら、私も注文してみます」
「うん、そうしてよ。カツをその場で揚げてくれてるからさぁ」
「え~、贅沢!」
「もういいって“通販”」
 立川くんがお箸を振りながら私たちの“感想交換”をさえぎって、初音ちゃんに「お箸振るの行儀わるいよ」とたしなめられていた。
 初音ちゃんと二人のご飯も楽しいけど、四人でのご飯も楽しい。
 前に行ったファミレスほどくだけた雰囲気にはなれなかったけど、それでも心もお腹も満足のお昼ご飯だった。

 ただやっぱり、一部の女子の視線は痛かった。

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