【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.22

 ベッドの上でんんーと伸びをする。アラームが鳴るまでまだ時間あるけど目覚めすっきり。心が充実しているとこんなに元気になれるんだって新発見。
 朝ごはんを食べて身支度を整えて「行ってきまーす」と家を出る。
 習慣化してる登校時の一連も、心が弾んでいるからなんだか楽しい。
 ウキウキしすぎて早くに駅に着いてしまった。いつもより一本早い電車に揺られて学校の最寄り駅へ近付くと、少しの期待と緊張感が生まれる。理由は明確。由上さんに会えるかもしれないから。
 でも今日から少なくとも一年間は、朝会えなくても教室に行けば挨拶を交わすことができる。同じクラスになれたことの恩恵だ。
 もし一年のときに一緒になってたとしても、恐れ多くて挨拶すらできなかったかもな、と思う。だから今年からで良かったんだ。
 すべての出来事を前向きに捉えられるくらい元気なのって人生で初めてかもしれない。
 漏れ出る笑みを抑えながら電車を降りた。そのまま改札を出て階段をおりる。無意識を装った意識でピンク色を探すけど、電車が違っていたのか見つけることはできない。ふぅと息を吐いた瞬間
「おはよう」
 背後から声をかけられて身体がビクリとすくむ。
「あ、ごめん。驚かせた」
 声のほうを見ると、そこには微笑みをたたえた津嶋くんが立っていた。
「おっ、おはよう」
 驚きと、昨日立川くんから聞いた話がよみがえってつまってしまう。
「クラス離れちゃったな」
「そ、そうだね」
「おれ立川とかと一緒なんだけど、天椙アマスギは? 誰か知り合い一緒だった?」
「うん、一緒だった……」
 浮かんだのは由上さんの顔で、なんでか後ろめたくて、しりすぼみになってしまった。
「ソワさまでしょ?」
「うっ、あ……うん」
 なんで知ってるんだろう。いや、クラス割り表を見てたとしたらそりゃわかってるだろうけど……。
「あとあれでしょ? 立川のカノジョもでしょ」
「あ、うん、そう。……立川くんから聞いたりした?」
「うん。名字“た”と“つ”で、いま席前後なんだよね」
「うん、昨日立川くんも言ってた」
「あ、そう? なんかほかに聞いたりしてる?」
「ううん? クラス一緒で、席が前後になった~……ってだけ、かな」
「あぁ、そう」
「うん」
 本当はほかにも聞いたけど、それは言わないでおく。立川くんが告げ口したみたいになるのイヤだし、自分から言うの恥ずかしいし。
「担任は?」
「相良先生だよ」
「お、去年と一緒かぁ」
「うん」
「また応援団長になったりしてな」
「えー、そんな毎年は困るなぁ」
 すごく自然に笑いあいながら桜並木を二人で歩く。
 もし、あの告白を受け入れていたら、こんな風に毎日一緒に登校したり下校したり、遊びに行ったりしてたのかなぁ、なんて思う。それも良かったのかなぁ、とも。
 それでもやっぱり、ピンク色を見つけると心臓が跳ねる。それがある以上、誰かを好きになることはできないんだ、きっと。
「誰か仲良くなれそうなヤツいた?」
「うん。枚方さん…立川くんの彼女さんと、お友達になったよ」
「マジか、良かったじゃん」
「うん」
 素直に嬉しくて笑みがこぼれる。そんな私を津嶋くんが見つめた。
「二年になっても変わらず制服なんだ?」
「うん。みんなもう私服だね」
 昨日は始業式で【式典参加時には学校指定の制服を着用すること】という校則に従ってみんな制服だったけど、目に入る生徒はもうみんな私服で登校してる。そういえば電車内でも制服見かけなかったし、新一年生も含めて、きっと制服を着ているのは私だけだ。
「たまには私服で来たらいいじゃん」
「うーん、それも考えたんだけど、あんまり持ってないからなぁ」
「着回しすればいいんだよ。遊び行くとき着てくるやつ、全部似合ってて可愛いんだし」
「えっ、あっ、ありがとう……」
「うん。ああいうの着てきたら……いや、やっぱ制服がいっか」
「そ、そう?」
「これ以上ライバル増えてもなぁ」
 津嶋くんの言葉にギョッとする。ライバルって、多分そういう意味で使ってるんだろうけど、いやいやそんな……否定しようとした脳裏に枚方さんの『モテそうなのに』って言葉がよぎる。
 えぇ?! いやっ!? それは、ちょっと、自意識過剰じゃないかな?!
「慌ててる」
 私の脳内を読んだのか表情や態度に出てしまっているのか、津嶋くんが含み笑いをしながら私の顔をのぞきこんできた。
「か、からかって、ます……?」
「ううん? 本心」
 片目を細めニッと笑った津嶋くんは知らない人みたいで、少しだけ心臓が跳ねる。
「ら、らいばるなんて、いない、ですよ」舌がもつれそうになったけどなんとか言い切った。のに、津嶋くんはその会話を止めない。
「え? わかんの? 天椙そういうの疎いでしょ」
「決めつけないでください……」
「へぇ。じゃあ誰がおれのライバルだと思う?」
「えっ、えっ?」
 そんな具体的なことは考えていなくて、思いっきり動揺してしまった。
「ほら」
 なぜか嬉しそうに笑う津嶋くんは少し意地悪だ。
「も、もうその話はやめましょう」
「なんで。そろそろそういうの気付き始めたほうがいいよ」
「そ、そういうの……」
「うん。おれみたいのがみんなヤキモキして、天椙が知らない間にそいつらを手玉に取ってるかも」
「?!」
 思いもよらない言葉に、身体ごと心臓が跳ねた。
「自分が思ってる以上に振り回してるかもよ?」
「そ、そんな……」
 ことあるわけない、という言葉が出てこない。肯定できるほどの経験はないけど、否定したら一生そういう機会が来なくなりそうだ。いや、来なくていいんだけど……。
「小悪魔系天椙だな」
「こっ……初めて言われた……」
「お、また天椙の“初めて”もらった」
 今日の津嶋くんはなんだか……いじわるだ。
「嫌いになった?」
 黙って歩く私に津嶋くんが問いかける。
「なってないけど……」
「ならいいわ。春休みは家族で旅行行ってて無理だったけど、またなんか誘うし、もしかしたらそっちの教室遊び行くかも」
「えっ」
「おれにだって、そっちに会いたい友達くらいいるんだよ」
 あたふたしそうになった私に津嶋くんが言って、大きな手で私の頭をワシャワシャかき混ぜる。
「ちょっ!」
「じゃーな」
 最後に頭をポンポンして、津嶋くんは自分のクラスの下駄箱のほうへ行ってしまった。
 ぐしゃぐしゃの髪のまま、その先をボーゼンと見つめる。
 なんだったの……。
 ただ会って話しただけなのに、なんだかちょっと消耗した。一緒におでかけしてるときとは少し違ってて、なんだろ。男子感が増してるというか……。
「おはよ」
「ひゃっ!」
 背後から聞こえた聞き覚えのある声に驚いて声が出てしまった。
「す、すみません!」
 振り返った勢いで謝った視線の先で、驚き顔の由上さんが立っている。
「いや……謝るのこっちでしょ。ってか驚かせちゃったと思ったら驚かされたからいいけど」
 折り曲げた人差し指を唇に当て、声を押し殺しながら由上さんが笑う。
「す、すみません……」
「いや、ごめんね? びっくりさせて」
「だ、だいじょぶです…こちらこそすみません」
「ううん?……一緒に行く? 教室」
「えっ、あっ、そうですね……いいんでしょうか」
「いいんじゃない? 天椙さんがいいなら」
「それは、はい、ぜひ」
「うん」
 銘々で靴を履き替えて廊下にあがった。
「もしかして今日、早かった?」
「あ、そうですね。早起きしちゃって、いつもより一本早い電車に乗れたので」
「そっか」
「今日は枚方さんは一緒じゃないんですね」
「今日というか、いつも一緒じゃないよ」
「そうなんですか?」
「昨日はたまたまクラス表の前で出くわしたから一緒に行っただけ」
「そうなんですね」
 今日の私と一緒だ。ちょっと邪推した自分が恥ずかしい。
「枚方はむしろ、三咲と待ち合せたりするじゃないかな」
「それもそうですね」
 教室へ続く階段をのぼりながら会話を続ける。なんだか落ち着くなぁってなごんでいたら「ところでさ」少しうかがうような声色で由上さんが言った。
「はい」
 返事と共に由上さんのほうを見たら、由上さんは指に自分の髪を巻き付けていた。その指を動かしてコツコツ頭をつつく。
「そのままでいくの?」
「えっ」なんのことかわからなくて、同じように頭に手をやった。「あっ」
 髪の毛ぼわぼわ。さっき津嶋くんにぐちゃぐちゃにされたままだ。
「なっ、直してきますっ」
 慌てて女子トイレに駆け込んだ。
 鏡を見たら、頭頂部がかなり無造作な感じにもさもさしてる。こんな状態で由上さんに会ってたなんて恥ずかしい。
 せっかくキレイにしてきたのに、津嶋くんのバカ~~~~~。
 手ぐしでとかしてもあまりキレイにならなくて、バッグの中からくしを出す。サッと通すだけでもまとまってくれたのは多分、昨日借りたママのヘアトリートメントのおかげだと思う。
 コスメにこだわるとお金がかかるけど、こういうとき活躍してくれるからみんなちゃんと選んで自分に合うやつ買うんだな、って実感した。
 ママやおねーちゃんがそういう話してるとき、あまり興味なくてスルーしてたけど、今度聞き耳立ててみようかな……。枚方さんとかこういうの詳しそうかも、と考えながらトイレを出たら、少し離れたところで由上さんが佇んでいた。
 えっ、待っててくれてた?!
「すっ、すみません」
 慌てて小走りで駆け寄ると、「ううん?」由上さんが猫の笑顔になる。「なにも言わずに先に行くのもなーって思ってただけだから」
 私に気を遣わせないようにそう言ってくださるその思いやりの心はどこから来るんだろう。
 私の目には由上さんの背後に後光が見える。
 思わず手を合わせそうになってしまうくらい(脳内では合わせてるけど)とてもありがたい存在。
 並んで歩いていいのだろうか……。やっぱり昨日と同じことを思ってしまう。いまの私のこの立ち位置に来たい人、絶対たくさんいるはずなのに。
 だけど、由上さんの近くにいるのはとても居心地が良くて、ドキドキ緊張するけど決して嫌なわけじゃなくて、嬉しくて、ふわふわして、たまにハラハラして……なににも代え難くて誰にも譲りたくなくて。
 ってはいたけど、人間って本当に贅沢になっていくんだなって改めて知った。
 本当になにげない“日常会話”を交わしながら教室へ向かう時間は長いようで短くて、あっという間に見慣れた教室の入り口が見えた。
 中にはクラスメイトが何人かいて、それぞれ朝の時間を過ごしている。
 あぁ、着いちゃったって思っていたら、頭をポンと触られた。驚いて、隣に立つその手の主を見たら、
「上書き保存しといて」
 ふっと笑って、クラスメイトに挨拶をしながら窓際の席に行ってしまった。
 えっ……えっ?!
 なにをされてなにを言われたのか、しばらく理解ができなかった。
 頭と目の前にハテナマークをいっぱい浮かべながら自席に着く。前を向くと、もう由上さんの姿は見えない。
 え……? いまのは一体……?
 身体はバッグから教科書や筆記具を出して机の中に入れたりなんだりという朝の準備を実行してるけど、頭はさっきのことをずっと考えている。
 後頭部で感じた感覚と熱が、いつまで経っても消えなくて……いや、消したくなくて、消えてしまいそうなそれらを残していたくて、ずっと追っているのかもしれない。
「天椙さんおはよ~」
「はっ、はい、おはよう……あ、枚方さん…おはよう」
「うん、おはよう。どしたの? なんかぼんやりしてる」
「え? や? うん? そんなことないよ?」と言いつつも、自分でもわかるくらい明らかに挙動不審だ。
「そ? ならいいけど……」枚方さんはツイと目線を外して教室の奥のほうを見た。そのまま私に顔を近付けて「ソワちゃんとなんかあったのかと思った」弾む小声で私に耳打ちした。
 その瞬間、ボボボボと音が立ったんじゃないかと思うほどに顔全体が熱くなる。
「ありゃ、マジか」
「ちっちっちがくてっ」
 慌てて小声で否定するけど、枚方さんはニヨリと笑う。
「良かったらお昼休みあたりにじっくり聞かせてよ。じゃなくても、今日お昼一緒しよっ」
「う、うんっ」
 思い出した恥ずかしさと誘ってもらえた嬉しさで返事の勢いを間違えたら、枚方さんが嬉しそうに笑った。
「じゃ、あとでね」
 くるりとひるがえって歩を進める枚方さんの身体と一緒に、くるりと毛先が巻かれたツインテールが跳ねた。

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