【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapte.16

 注目を浴びているのがわかる。その視線の先は隣の人に向いているのに、だ。
 教室内にいる女子はもちろん、廊下から中を覗いている生徒までいる。
 慣れているのか気にしていないのか、由上さんは立川くんと他愛のない話をしている。
 いつもは教室を出て、どこか一人になれる場所でお昼ご飯にするけど、めったに聞けない由上さんの声を聞いていたくて、自分の席で食べることにした。
(誰も見てないよ、私なんて、ただのモブだし)
 何故か緊張している自分に、脳内で言い聞かせる。この緊張はきっと由上さんが近くにいるからだ、とも思う。
 皆の憧れの的、気になる存在。
 クラスが違うからめったに顔を合わせないし声もなかなか聞けない。美術の時間に遭遇できるけど、交流はないからただ同じ教室に存在してるだけって感じだし……。
 なんかのゲームのURキャラみたい。なんて失礼なことを考えながら、小さなトートバッグからお昼ご飯を取り出す。
 家の近所のスーパーで通学途中に買ってきた惣菜パンと缶ボトルのお茶。
 給食がないうちの学校には食堂と購買部があるけど、どちらも人気で並ぶから食べ始めるまでに時間がかかる。
 1日の昼食代を少しでも浮かせて貯めて趣味の読書のために小説を買いたいから、コンビニより安価なスーパーの総菜パンとドリンクは私の御用達。大手パンメーカー直営の24時間営業で、家から駅までの間にあるからとっても重宝してる。
 今日は8分の1カットのマルゲリータピザと小倉あんのクロワッサン。ちゃんとしたベーカリー製で、味も良い。
 由上さんと立川くんは購買で買ったらしいカツサンドやカレーパン、コロッケパンなどなど、ボリューミーなパンをほおばってる。
 こっそり(おそろい♡)なんて乙女のように(っていうか乙女だけど)考えて、いただきます、無言で合掌し、小さく頭を下げる。
 缶ボトルを開け…開け……ようとするけど、指がすべって開かない。そんなに非力じゃないんだけどな……考えて、思い出す。
 手が乾燥してたから、授業の前にハンドクリーム塗ったんだった。もう一時間以上経つのにまだすべすべだなんて優秀だなぁなんてハンドクリームを褒めたたえつつ、机上に缶を置いて机の横にかけたバッグの中からハンドタオルを探す。確かポーチに入れてたはず……あった。
 お気に入りの桃柄のタオルを取り出すと同時に『パシュッ…カコン』右耳に音が聞こえた。
(えっ?)
 音のほうを見ると、お茶の缶から男子特有の骨ばった指が離れるところだった。
「こりゃ女子には無理だわ。固かった」
 なんてことはないように、由上さんが笑ってる。
 あまりの驚きに
「あっ、あっ、ありが、と、ござます」
 笑えないほどのつっかえぶりでしかお礼を言えない私に由上さんは
「いつでもどーぞ」
 さわやかに笑いかけてくれた。
 周囲の女子から声にならない悲鳴が聞こえる。黄色い声援、とでも表現されるだろうか。
 ため息をつかんばかりに両手の指を組んで瞳を潤ませている人までいる。
 なんて素敵な人なんだろう。そう思うと同時に、嫉妬心を抱かれるほどの存在感すらないモブで良かった、と安心もする。
 由上さんは何事もなかったかのように自分の昼食と立川くんとの会話を再開している。
 私も残り少ない休み時間で昼食を食べ終えようとパンの包みを開けた。ドキドキして、味はよくわからなかった。

 夢のような時間は、昼休憩の終了時刻を告げる予鈴とともに終わってしまった。
 胸がいっぱいでろくに食べられなかったパンと、由上さんが触れただけでピカピカ輝いて見える飲みかけの缶ボトル(中身のお茶までいつもより美味しい気がした)をバッグに戻して、授業の準備をする。

 私にとって奇跡のようなその瞬間は、家に帰る間の道でもお風呂の中でも、眠る前も眠ったあとの夢の中でも、キラキラピカピカの特別な記憶になった。
 中身を飲み終わったあとの缶ボトルがなんとなく捨てられなくて、内側と飲み口を綺麗に洗って、机の上に飾った。
 見るたびにお昼休みのことを思い出してニヤニヤしている私は、トキメキのコスパが良すぎだと思う。

* * *

 あれから一年近く経つけど、お茶の缶ボトルはまだ机の上でキラキラピカピカ光っている(ように見える)。
 眺めて、見つめて思い出して、口の端を緩めながら黒い四角を追加する。

 ■開かないフタを開けてくれる

 由上さんは本当に優しくて、私なんかとは次元が違っていて……。
 だから声をかけてくれるだけでも嬉しかった。
 長い人生のうちのたった三年間を同じ学校で過ごせるだけで幸せだって思えるくらいだった。
 なのにいまじゃチェックリストなんか作っちゃって、ちょっと調子に乗ってるんじゃない? とか思う。
 由上さんが向けてくれる優しさに甘えてるだけだっていうのは自覚してるけど、けどそのもらえる時間が楽しくて…愛しくて……。

 由上さんがなんで私をかまってくれるのかわからないけど、そこに理由があるのかすらわからないけど、もう少しだけ、恩恵を授かってもいいよね……。

光依那ミイナいるー?」
「はぁい」
 ドアの外からの声に返事をして、由上さんとの思い出が詰まったルーズリーフの手帳を閉じ、元の場所に戻した。
 嬉しかったり楽しかったり恥ずかしかったり、たまに傷ついたり……そんな交流がまたできるかなって期待に胸をふくらませながらドアを開けに移動した。

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