【完結】好きな人にされたら嬉しい50のコト

小海音かなた

Chapter.11

 翌日。昼休みに屋上でご飯を食べていたら、スカートの中でスマホが震えた。
 おねーちゃんかママかな、と予想しながらスマホを取り出して見ると、見知らぬユーザー名が表示されている。一瞬“?”が浮かんで、すぐに“!”に変わる。
 津嶋くんだ。
 アプリを起動させると、

シマ{三河と北条、今日から参加するって!〕
シマ{メッセグループにも参加させた!〕

 という文面に続いて、笑顔で親指を立てるなにかのアニメキャラクターのスタンプが送られてきた。
 早速声かけてくれたんだ。ありがたいなぁ。
 お弁当箱を片付けて返信…………なんて書こう。悩んでいるうちに、また新しく吹き出しが現れる。

シマ{っていうか、どこでメシ食べてるの?〕
シマ{どこにもいねーしw〕

(屋上、だけど……あんまり知られたくないなぁ……)
 別にここが特別な場所だと思ってるわけじゃないけど、邪魔されるのいやだってわけでもないけど、なんとなく知られたくない。
(別にそれでからかわれたりはしないだろうけど、なんとなく……)
 どう返信しようか……悩んでいるうちに既読が付いて数分経ってしまった。こうしてどんどん気まずくなって、返信遅れちゃうんだよなぁ~……。
 うんうん悩んでスマホをにらみつけていると
「あ、いた」
 近くから声がした。誰かの影が日差しを遮って、誰か来たことを報せる。顔を上げると、そこには笑顔の津嶋くんがいた。
「わ、え、なんで」
「いや、教室にも中庭にも食堂にもいないからさ、上から眺めて探してみようかと思ってあがってきたら、いた」
 津嶋くんはニコニコしながら言って、そのまま私の隣に座った。
(えっ、なんで?……って聞いたらダメだよね……)
「そ、そうですか……」
 肩が触れそうな距離に緊張してしまう。でも避けるわけにもいかず、そのまま座る。
「いつもここでメシ食ってんの?」
「たまに……」
「教室とか食堂行ったらいいのに。暑くない?」
「それは、大丈夫です」
「どっちの大丈夫? 否定?」
「え? あ、暑いの、が。平気、です」
「そっか。でも日焼け止めとかしないと、焼けちゃうかもよ?」
「あ、そ、そうですね」
 なんでそんなにグイグイくるんだろう。
 単純な疑問が緊張を呼んで言葉を詰まらせる。
「そういえばあますぎさんって昼休み、あんま見かけないよね」
「え、あ、そうですか……?」
「もしかして友達いない?」
 うぐ、と喉が鳴って、声が出なくなった。
 核心を突かれたというか、傷ついたというか……デリカシー、という単語が脳裏をよぎる。そのくらい言われるのは普通で、私が弱くて傷つきやすいだけだろうか。
「ちょっと、表情固いって」
 津嶋くんが笑いながら私のほっぺをつまもうとした。のを、とっさに避けてしまった。
 津嶋くんは少し意外そうな顔をして、その手を空中にとどめる。「ごめん」
「あ、す、すみません……」
 顔にどんどん苦笑がにじみそうになったとき、誰かの視線を感じた。目線を向けると、津嶋くんを通り越した先に、こちらを見るピンク色の髪の人。
(よっ、由上さん……!)
 距離があって視線が交わっているかまではわからないけど、誰かはすぐにわかる。屋上に来たばかりのときにはいなかったはずなのに、いつの間に……。
 何人かで遊んでいるらしく、由上さんの周りには人がいる。
「ん?」
 私の視線に気付いた津嶋くんが振り返ると、「あれ、ソワ様じゃん」小さくつぶやいた。
 由上さんは津嶋くんを確認するように見て、表情を出さないまま顔をそむけた――ような気がした。
(あぁ、視力……)
 眼鏡をかけていたとて遠くのものがぼやけて見えにくい“乱視”を恨む。
 私がいるのに気付いてくれたかなぁ。話しかけに来てくれないかなぁ……。これまでの関係にちょっと自惚れを加えてみるけど、由上さんは数人とボール遊びをしてる。女子は……いないっぽい。いや、いても別に、そんな……ねぇ。
 自問自答をしていたら津嶋くんがこちらを見た。
「知り合い? ソワ様」
「…ううん?」なんでかわからないけど、私は小さな嘘をついた。「……っていうか、様づけで呼んでるの?」
「一部の女子がね。あれ、知らないか」
「うーん、あんまり……」
「興味ない?」
「うーん……」(由上さんにはあるけど、それをいま言ってもなぁ……)「そうだね……」
「そっか。良かった」
「?」
「いや、みんなソワ様ソワ様って言うからさ、あますぎさんもだったらどうしよーって」
「あぁ……そんなんじゃないよ」
 思いのほかそっけなくなってしまった声の温度とは裏腹に、脳内で分析が始まる。
 由上さんは私にとってそういう対象じゃなくて、もっとこう……うまい表現が見つけられないけど……尊敬、みたいな。恋心なんて生々しいものじゃなくて、近付きがたい、遠い存在。私にとっての由上さんは、その表現が一番似合うし、だからそんな……。
「あますぎさんってさ、普段なにしてるの?」
「えっ? えっと……」思考を遮られて、慌てて質問に答えようとする。「普段……普段、とは」
「普段は普段。学校帰ってからとか、休みの日とか」
「あー…、家にいますね」
「休みの日に誰かと遊んだりしないの?」
「そう、ですね……」
(友達いない? とか聞いておいて、その質問は酷じゃない?)
 と思いつつも、言えない。小・中学のとき友達だった子は何人かいたけど、高校に入ってから疎遠になってしまった。休日に出かけるとしたら、一人で、か、家族と。
 思い返して悲しくなってきた。私なんでこの学校を選んだんだっけ。
「じゃあさ、今度の日曜」津嶋くんの言葉を遮るように、なにかが飛んできて足元に落ちた。
 何回か小さく跳ねて、地面に転がる野球のボール。
 どこから? と不思議に思って辺りを見回すと、由上さんがこちらに向かって進んできていた。
「ごめん、当たった?」
「い、いえ…大丈夫、です」
 突然のことに心臓が跳ねる。こんなに近くで由上さんを見るのは久しぶりだ。
 ボールを拾って立ち上がり、そっと差し出す。
「ありがと」
 漫画だったら“キラーン”とオノマトペが付きそうな笑顔で、由上さんがそれを受け取った。
 やっぱり、少女漫画の主人公みたい。そう思った瞬間、チャイムが鳴った。昼休みが終わる。
「戻んないと」
「そうですね」
 由上さんのさりげない誘導に、脇に置いていた荷物を取ろうとして津嶋くんと目が合った。
「一緒に教室戻るか」
「え、あ、えっと……」
 小さなトートバッグを抱えて、少し困る。一緒に戻る間、なにを話したらいいかわからないという考えからの戸惑いだけど、その理由を素直に話すのは良くないと躊躇する。
蒼和ソワー、行こー」
 遠くから呼ぶ声に聞き覚えがあった。
「あれ、天椙アマスギさんじゃん。津嶋も」
 歩み寄ってきたのは、立川くんだった。近くに来てようやくわかる。
(あ、立川くんと一緒に遊んでたんだ)
 他にいた数名は、由上さんと立川くん共通のお友達だったみたい。
「おう」
 津嶋くんはそっけなく立川くんに返事する。
「なんだ、じゃあみんなで一緒に教室戻ろうよ」
 立川くんの提案に、内心ほっとする。由上さんと遊んでいた数人は先に戻ったようで、屋上にはもう私たち四人しかいない。
「うん」
 ようやく自然に笑みが浮かんだ。先導するように歩く立川くんに続いて、みんなで屋上をあとにした。
 教室に戻る間、立川くんは私や津嶋くんにも話しかけながら、由上さんと並んで歩く。
(なんて優しい……ありがたや……)
 心の中でおがみつつ、由上さんと立川くんのあとに着いていく。
 津嶋くんは少し不満そうな雰囲気を醸し出しているけど、特になにか言ったりしない。立川くんの問いかけに答えたり、由上さんと少し話したりしてる。
 廊下を歩いているときでも、周囲の視線が由上さんに集まっているのがわかる。
 同級生、上級生問わず、やはり一目おかれているよう。
 こんなにいつも見られていて、疲れたりしないのかな。
 両の耳には以前と変わらずデザイン違いのピアスが揺れてる。
 細くて、でもしっかりした背中を見つめる。髪の大半はピンクだけど襟足や内側の髪は黒くて、地毛は私とおんなじように黒いんだーって、当たり前のことなんだけどなんだか感動した。
 いままでの体験がリセットされたみたいに新鮮な感覚が次々に沸き上がる。もう関わることはないかなって思ってたし、会話ができるとも思ってなかったから、今日は屋上に行って正解な日だった。
 久しぶりに日記に由上さんとのエピソードが書けるってウキウキしながら、校舎の三階にある教室まで歩いて、隣のクラスの前で由上さんと別れる。
「それじゃ」
 立川くんに挨拶をした流れで、私にも視線をくれた。ペコリとお辞儀して応える。
「うん」
 少し困ったような笑顔でうなずいて、由上さんは自分のクラスに戻った。私たちも教室内に入る。
「じゃあまた、放課後」
「はい」
 津嶋くんの言葉にうなずいて、立川くんと一緒に窓際の自席に戻る。
「二人でメシ食ってたの?」
「ううん? 終わったあたりで偶然会った」
「偶然?」
「う、ん……多分?」
 メッセの内容からだとなぜだか探されてたみたいだけど、思い過ごしだったらイヤだし言わないことにした。
「立川くんたちは? いつ来たのか気付かなかった」
「あぁ、蒼和がね。メシ終わって腹ごなししたいから屋上行こうって」
「そうなんだ」
 夏休みに入る前の数週間、屋上に度々来てくれたことを思い出した。いやいやまさかそんな。たまたまだよ、たまたま。……会えて、嬉しかったけど……。
 次の授業の準備をしながら、隣のクラスで同じようにしてるだろう由上さんを想う。
 こないだまで一緒にご飯食べてたの、嘘みたいだな。
 そうだよ、相合傘で一緒に帰ったりしてさ。
 あのときもなにを喋っていいかわからなかったけど、居心地は悪くなかった。
 雨の匂いと音が、あのときの体験と結びついて記憶されている。

 私にもう少し勇気があったら、いまもたまに、一緒にお昼ご飯を食べたり一緒に帰ったり、何気ない日常の中に由上さんがいてくれたのかな。
 これから頑張ったら、そうなれる日が来るかな。
 そんなことを考えながら、先生が来たのを確認して「きりーつ」号令をかけた。

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