雷霆の英雄と聖王子 〜謀略により追放された口下手な雷は、家族思いで不器用な王子を影から助ける〜

たけのこ

21.これから


「――以上になります」

 リオンと仲違いしてしまった直後と同じく、俺は今ミレーユ様の前で跪いて此度の一件について報告を上げる。
 と言ってもリオンの護衛任務はまだまだ続くし、今回のこれは中間報告の様な物だ。
 明確に聖王の血筋が魔族に、それも原初の魔族という大物に狙われたという大事件が起きたのに何も報告せずに任務続行とはならない。

「よくやりました」

 俺の拙いながらも、真面目に頑張った長文報告に眉一つ動かさずに聞いてくれたミレーユ様はそう言ってお褒めの言葉を下さる。
 まぁ、今回は『こ、これ……必要になるだろ!』とアリサが簡潔に纏めた報告書を作成してくれていた、というのもあるが。
 その際に風邪でも引いたのか顔が赤かったのでそれを指摘し、お礼を言うと共に心配したのだが何故か怒られてしまった……理由は判然としないが、こういう所で最初の護衛任務を失敗したのだから、後でアリサときちんと対話して何がいけなかったのかを教えて貰おう。
 その上で改めて今回協力して貰ったお礼をするべきだろう……勿論アビーと一緒に。

「にしても、ここまで大規模に魔族が動いているとは予想外ですね」

「あぁ――はい、そうですね」

 追放される前から数が少ないハズの魔族の襲撃が多かったとは思っていたが、まさか身内に原初の魔族が潜んでいたなど予想外だった。

「……バルザック殿は?」

「……ウーゴを紹介したバルザックは行方を晦ましています」

「……」

 てっきり自分は知らなかったと、シラを切るなり逆に『不穏な属国が自分を嵌めようとしている』くらいの反撃は覚悟していたんだがな。
 弁明も何もなく、ただ行方を晦ますとは……これは口封じに消されたと見るべきだろうか?

「下手に弁明されるよりも厄介です」

「……それは、確かに」

 相手が居るなら駆け引きも出来る、罠に嵌めて証拠を得る事も出来る……だか潜伏されてしまっては何もする事が出来ない。
 周囲の者たちからは『本当にやったのでは?』という疑惑が残るが、逆に言えばそれだけで済む。
 作戦が失敗したと判断するや否や被害を最小限に抑え、そのままコチラの次の手を封じる最善策とも言える。
 バルザックが行方を晦ました段階で俺達は自分達からアクションを起こす事が出来なくなり、何時またコチラに対して何かを仕掛けてくるかも知れない敵の影に警戒するしかない。
 そう、警戒するしかないのだ。コチラは常に後手に回る――いや、後手を強制される事になる。

「はぁ、頭が痛いですね……発言力のない自分達だけでは国は動かせません」

「……」

 宮廷政治とは複雑怪奇だ……ただ単純に自分達も魔族から狙われているんだぞと言われても、だからといってそれを鵜呑みにして周囲を固めれば『臆病者』と後ろ指を差され王位継承レースで不利になる。
 ましてや魔族の襲撃を提言したのが十三ある聖王国の属国の中で、序列十位――三代前に反逆の罪に問われた下位国ロヤリテート出身の下級妃の派閥からともなれば尚更だ。

「恐らくは、上は自分達の妨害に対する反撃と受け取る者が大半でしょうね」

「……その可能性が高いでしょう」

 いくら後ろ盾である属国の地位が低いとはいえ、リオンは聖王の正統な血を引く男子である。
 腹違いの兄や従兄弟達からの謀略により追い詰められ、逆転を狙って王宮の外へと遺失物を求めて飛び出したのを幸いとして何度も刺客を放っていた。
 それらも魔族と一緒に撃退はしていたが、彼らからしたら自分達が放った刺客を魔族だと言い張っていると受け取るのだろう。
 聖王国の建国神話から考えて、王位継承者が魔族と通じていたなど醜聞程度では済まされない。

「どうしたものでしょうね……狙われていたのがリオン単体ではなく、聖王の血を引く者という事は彼らも標的になり得るというのに」

「……この国は長く続き過ぎました」

 建国当初の魔を討ち、人々を正しく導くという理想は形骸化し、今では強大な権力を求めて日々内部で争っている。
 その結果が対聖王国連合の結成であり、属国達の蠢動であり、そして聖王のお膝元での魔王崇拝者の増加だ。

「……誰かに聞かれたらどうするのです」

「申し訳ございません」

 暗に体制批判した事が分かったのか、呆れた顔のミレーユ様に窘められる。
 だが俺としてはそのせいで大切な友や主人の命が危うくなっているのだから、心穏やかではいられないのは事実だ。

「はぁ、仕方ありませんね……それはそうと、保護した子ども達はどうしているのです?」

「それはアリサが」

「あぁ、彼女は個人的に孤児院を経営していたのでしたね」

「えぇ」

 戦いの後あの場を詳しく調べたところ、悍ましい事実が幾つか判明した。
 それはまだこの世に生を受けたばかり、つまり聖神より賜った加護が肉体に馴染んでいない子ども達をスープを作る様にドロドロに溶かし、加護の力のみを抽出するというものだ。
 抽出した力は魔王の封印を解くために捧げられたり、肉体改造を施した無垢な子どもに注入する事で『後天的な加護の取得』を目論んでいたらしい。
 そんな場所から救い出され、行き場もない子ども達をアリサが放っておく訳がない。

「……唯一の成功例は貴方とアリサで常に見張っておきなさい」

「よろしいので?」

 唯一の成功例とはメイリンという名前らしい、あの難解な命令を独自解釈で勝手に遂行してしまう少女の事だろう。
 彼女は唯一後天的に加護を取得する事の出来た成功例らしい……まぁ、もっとも複数の加護というか、魂というかが混ざり合った結果として情緒面などに不安があるが。
 単純な命令しか聞けないのもそこに問題がありそうだな。

「他に任せられる者がおりません……上が存在を知ればよからぬ事に利用されるでしょうし、それは可哀想でしょう?」

「了解しました」

 という事はリオンの護衛をしながら爆弾のお守りも追加される訳か……主人から信頼されるのは嬉しいが、一気に任務の難易度が跳ね上がった気がする。

「貴方には苦労を掛けますが、どうか以後もリオンの護衛を頼みます」

「無論です」

 それは頼まれなくてもやる。絶対に。

「ではもう行きなさい」

「失礼します」

 疲れが隠し切れない様子のミレーユ様を心配しながらも立ち上がり、そのまま扉へと向かおうとすると背後から声が掛けられる。

「あ、そうそう、言い忘れていました」

「? ……なんでしょう?」

 すぐさま振り返り、内容を聞こうとしたところで苦虫を噛み潰したようなミレーユ様の顔を見てろくな内容ではない事を悟る。

「あー、非常に言い難いのですが……」

「構いません」

「第三王子のリゲルが『そんなに魔族が恐ろしいのならコチラでもリオンに護衛を付けましょう』と陛下に提言したのです」

「……」

 その内容に思わず天を仰ぎ、額に手を当てる。

「詳細は決まっておりませんが、恐らくは貴方達に兄王子達の息の掛かった同僚が合流して来る様になるかと思います」

「それは……」

 何と言っていいのやら……恐らくは最後まで抵抗したのであろうミレーユ様の事を思うと言葉が出て来ない、が――

「重ね重ね申し訳なく思っていますが、どうかリオンを守って下さい」

「無論です」

 ――この問い掛けに対しては、明確に答えを返す事ができる。

「この身に替えましても、必ずや」

「……信頼しています」

 とりあえず何をしでかすか分からない人体実験の産物を抱え、腹の下では俺の邪魔をしたい同僚達と駆け引きをしながら陰からリオン達を魔族から守れば良いだけだ。
 不安はあるが、まぁ……どのみちいつも通り全力を尽くすだけだ――





「――クソがァ!あの野郎ォ!! 残機が一つ減ったァ!!」

 聖王都より少し離れた場所にある森の中で、上半身だけとなった魔術師の男が這いずりながら怒声を上げる。
 下半身が存在しないのに生きている事も有り得ないが、残っている上半身もまるで雷に打たれた後・・・・・・・・・・の様な、放電による樹状の火傷が埋めつくしてる有り様だった。

「随分とやられたな」

 そんな到底人間とは思えない魔術師に対して、この場に現れた新たな男が静かに声を掛けた。

「お前らの寄越した人間共が無能だからだァ!」

 自らを見下ろし、揶揄するようなその言葉に魔術師の怒気は膨れ上がっていく。

「あんな捨て駒を本気で頼る方が悪い……それよりも話を聞かせて貰うぞ」

 そんな魔術師――いや、魔族のウーゴの怒声を何処吹く風と受け流した男は、そのまま上半身だけとなった彼を担いで何処かへと消えていく。

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